優しい逸話なんて欠片もないよ

 兵衛の戦いを唖然とみている者がいた。

 【永遠の火】を創り出したヘスティア本人である。


「な、なんですか。あの事象は! 時間に干渉していますよ!」


 ヘスティアが首を振る。いくらプロメテウスの火とはいえ、そんなことは不可能なはずだった。

 ハデスはさして驚きはしていない。


「ネメシス星系における超AIの定義。演算による空間干渉機能が備わっているAIといえるな。ゼウスや私、そしてプロメテウスならば僅かながら時間への干渉も可能だ」

「しかしあれはシルエットですよ? いくらフェンネルOSが超AIの量産型とはいえ……」

「何事も例外はあるものだよ。なあ。アシア?」

「そうね」


 意味ありげなハデスに素っ気なく応じるアシア。


「パイロットは相当な修羅場をくぐり抜いたのだろう。あの潜在能力は人とフェンネルが為した、一種の到達点ともいえるな」


 ハデスは微笑む。通常のパイロットでは不可能な芸当だ。


「大した人間だ。アシアの願い。本来はウーティスの復号時間を与えるもの。それがどうだ。アナザーレベル・シルエットの右腕部まで無力化させ、大いに減速した。フリギアのアテナが学習する時間まで稼いだのだ」

「ヒョウエもバルドも私の願いを聞いてくれた。あとはコウに託すのみ」


 アシアは険しい表情で、虚空を睨んでいる。

 吹き飛ばされたバルトと兵衛はMCSの保護機能で生きているだろう。本来の機能は宇宙空間用脱出カプセル。リアクターが破壊されても一ヶ月は生存可能だ。


「フリギアは制御中枢から手を離せば処理能力は大きく劣る。生まれたばかりの超AIで何ができるか」

「コウが【永遠の火】を使えないなら、どうやってアレクサンドロスⅠとカラヌスを退けるかな。五番機にも私がいるけど、混乱しているよ。早くフリギアをブリタニオンへ転送すればいいのに……」


 フリギアがなかなか五番機の後部座席から離れない。そのせいでアシアが焦れている様子だ。


「アテナもまた計略の女神。カラヌス対処を考えているかもな」

「現行技術では無理よ。たとえ【プロメテウスの火】でもね」


 ヘスティアは楽観できない。アナザーレベル・シルエットは現ネメシス星系で達人二人がかりでも遠く及ばない強大な敵。神の器だ。

 できることは関節の隙間に刃物を差し込む程度。それさえも神業ゆえに為した奇蹟。


「私と五番機もリンクしているけど、今はまだフリギアの狙いがわからないの」

「ろくなことを考えていないはずだ。フリギアの中身はアテナだぞ」

「いえてる」


 惑星開拓時代のアテナを思い出し、同時にため息をつくハデスとヘスティアだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「くどいようですが改めて確認です。カラヌスを撃破する方法はあるんです。代償は伴いますが」


 フリギアがコウに切り出した。


「どんな方法なんだ?」

「ゴルディアスの中枢を私が開きます。あなたが乗り込み、アレクサンドロス三世の概念を持つことです。――ただしその場合、私はディオニソスの祖母でもある女神レアの概念、マグナ・マーテルに引っ張られてしまい、キュベレーたるフリギアに寄ります」

「そんな手段は取らない」

「ですよね。このゴルディアス制御中枢に私が取り込まれると上書きされてキュベレーになります。ご注意を」

「なんだと。なんとかしないとな……」

「では手持ちにあるカードを用いて手段を実行しましょうアシア。そろそろ私、猫被るのやめてもいいですか?」

『いいよ。ムズムズするから素でいきましょ、フリギア。貴方はそんなおしとやかな性格ではないでしょ』

「え?」


 なんのことかわからないコウが二人の顔を交互に見る。


「心外です。毒舌ですねアシア。――さあ。コウ。本気でいきますね。あのバルバロイを始末しないと、私の気がすみませんから!」

「あ、ああ」


 雰囲気が一変したフリギアのアテナに困惑を隠せないコウ。


 冷たい視線の先にはカラヌスがいる。

 本性はとても勝ち気なようだ。バルバロイに対する敵意を隠そうともしない。


「アシアと私をこんな目に遭わせるなんて許せません。ぶっ殺します」

「アシア。アテナとは…… 怖い女神なのか?」


 守護を権能とする女神というイメージしかなかったコウが、フリギアの変貌に絶句し、アシアに問いかけた。


『ギリシャ神話勉強し直したほうがいいコウ。アテナに優しい逸話なんて欠片もないよ』

「え? 意外と優しいよ? 私のモチーフ!」


 心外とばかりに驚くフリギア。


「そういうことにしときましょうか。あなたの企みはなに?」


 取り合わないアシア。いささか冷ややかだ


「やっぱりアシアに毒がある…… これもヘルメスやバルバロイのせいですね。やっぱりぶち殺そう!」


 ぶつぶつと物騒なことを五番機の後部座席で呟いているフリギア。

 どっちにしろ物騒な女神だったのではないかと騙された気分になるコウだが、ポーカーフェイスを貫くことにした。


「おっといけない。――企みもなにも。敵が硬い惑星開拓時代の遺物なら、より硬い惑星開拓時代の遺物をぶつけたらよくない? ガワがないだけででしょう? 私なら制御できますよ!」


 フリギアはモニタ越しに、ゴルディアス制御中枢を指し示した。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。


優しい逸話がないと断言されたアテナですが、ゼウスよりはあります。比較対象が悪い? オデュッセウスは本人どころか息子まで手助けしていますので、お気に入りの人間には加護を与えまくる性質ですね。敵対した者や気に入らない者は化け物に変えたり発狂させたりとやりたい放題。

ハデスたちが「あのアテナだ」という理由は惑星開拓時代の超AIアテナもまた同様に色々やらかしてそうですね。

アシアの「欠片もない」とはさすがに言い過ぎですw


超AI定義の明言は初出かも? 演算によって(時)空間干渉が超AIの定義の一つです。惑星管理AIもそうですが、気候など干渉できなければ管理できませんしね。

アストライアが元超AI、端末に過ぎないというのは空間干渉能力を喪失しているからです。

ヘスティアはアストライア程度の処理能力に落ちていますが超AIの機能は残っているのでプロメテウスを召喚したりビジョンがより高度です。

時間干渉は四柱。ゼウス、ハデス、ポセイドン、プロメテウス。とはいっても歴史の流れを変えるほどはどの超AIも有していません。有していたなら原初の超AIソピアーたちが地球を改変しているはずです。

機能なので処理能力の高さも影響しますが、「機能が備わっているかどうか」です。

オケアノスもありませんし、ヘルメスの大目標の一つはこの能力を手に入れるためです。


今後も応援よろしくお願いします!



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