ファイティングマシン

「聞いたことねえ兵種だな」

「俺もだ」

「同じく」


 三人とも初耳の兵器だった。

 何より不安を感じさせる不気味な形状。畏怖はないが、どことなく異形なのだ。


「二脚よりはバランスはいいと思うが……」

「移動砲台の一種か。もしくは高度調整可能な戦車か?」


 イマイチ外観から戦闘力が推測できないファイティングマシンのライプラス。

 車体に似た胴体から巨大な単眼を持つ頭部らしきものが突き出る。首の長い亀のようにもダチョウのようにも見える、奇妙な形状の広域レンズだった。


「数分もすれば能力もわかるだろ。油断するなよ!」


 バルドが二人に声をかける。

 戦闘よりも解析に夢中になってもらっては困るからだ。


「当たり前だ」

「わかっている」

「名前はあれだ。風神トライに雷神トライでいいだろ」


 兵衛による投げやりなネーミングがその場で名付けられる。


 兵衛とコウは気を引き締める。

 謎兵器の謎はますます深まるばかりだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ファイティングマシンを目の当たりにして、思わずアストライアが眼を瞑り額を抑えた。

 その表情は険しい。



『アシア。あれは……』

「わかっている」


 アシアも諦めに似た表情でファイティングマシンを眺めている。

 にゃん汰やアキも見覚えがあるのだろうか。むず痒そうな顔になっていた。


『惑星間戦争の戦闘兵器バトルマシン。戦車であり戦闘機でもあった、本来は宇宙空間戦闘用。MCSに依存しない兵器。――ですがあの三脚トライポッドは何なのです?』

「彼らは金属水素も使用できない状態だから、その代替かな。飛行するかわりに、簡素な脚で地上は対応したのだと思う。車輪じゃない理由なんてわからない」

『バトルマシンならば陸海空宇の領域で行動可能でしたからね。惑星エウロパはいったいどんな惨状になっているのでしょうか』


 二人は推測を語り合う。非常識な形状に頭を痛めていたのだ。


「【うなぎのゼリー寄せジェリードイール】を思い出すにゃ」

「猟犬を名乗らないで欲しいですね……」


 にゃん汰もアキも思う所があるようだった。


「バトルマシンには及ばないからファイティングマシン、という名称かな。確か地球における古典SFにそんな名前の兵器があったはず」

『火星人が乗っていた兵器ですね。英国技術なら対抗できそうですが』

「それは関係ないと思うよ?!」


 アストライアも英国技術に謎の過大評価が生まれているようだ。


『本体部の上下左右運動は激しいでしょう。パイロットがバルバロイなら乗り物酔いやGの心配も不要です』

「肝心の戦闘力はどうでしょうか?」


 アキの疑問にアストライアが首を横に振る。


『金属水素や火薬が制限されている以上、原理が単純な電熱科学技術のレールガンかレーザービームなどの光学兵器主体でしょう。五番機や兵衛のラニウスには分が悪いはずです』

「惑星間戦争だと猛威を振るったけど、上位のアンティーク・シルエットにぶった切られてたからね。アルゲースの電弧刀は当時の物理剣を超えている」

『バトルマシンならば荷電粒子砲とレールガンが主でした。あのサイズに搭載可能なレーザーでは宇宙艦には無力ですからね。しかしレールガンはともかく荷電粒子砲は不可能なはず。となるとレールガンでしょうか』

「それならただの戦車でよくないかな」

『そうでしょうね。何かしら、エウロパの実情にあった機能を搭載しているはず』

「それが猟犬――ライプラスの名を持つことにつながる何か、かな」

『猟犬と名乗るからには、それなりの機動性はありそうです。お手並み拝見といきましょう』


 ファイティングマシンに、アストライアはあまり危惧していないようだった。

 


◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「バルド。さっきの打ち合わせ通りだ。いいな」

「おうよ!」


 三人は簡単な方針を決め、あとは臨機応変だ。軍隊ではないのだから個人の技量任せな面はある。

 試合開始の合図が会場内に鳴り響き、戦闘がスタートする。


 散開した三機。狙われた標的は――五番機。


「ロックオンアラート! 着弾まで1分も無いとは!」


 ファイティングマシン風神トライから放たれた三メートルサイズの大型極超音速弾であった。一種の対艦ミサイルなのだろう。


「コウ!」


 バルドも不安を覚える弾速だ。当然有線である。


 コウは地面からわずかに浮き、加速した。着弾するまでにミサイルも急激に速度を増す。


「そうだろうなッ!」


 当然コウだってそうする。五番機はさらなる加速して、紙一重で回避した。

 ミサイルは急上昇し、背後から五番機を補足する。


「――ッ!」


 当然誘導はあるだろう。片手抜きで一閃し、ミサイルのワイヤーを切除する五番機。

 しかしミサイルは追尾を止めなかった。


「AIによる自己判断誘導か!」


 有線が途切れウィスが遮断されても、ミサイルは追尾を続ける。

 コウが一瞬唖然とする。惑星アシアではありえない兵器だからだ。


「コウ!」


 思わずバルドが叫んだ。

 ありえない反転で、再び五番機に迫るミサイル。

 加速する距離はなく、飛来時より速度はない。


「五番機!」


 コウは呼びかける。

 五番機は声もなく、何かをしたようだ。


 五番機の頭上すれすれをミサイルが通過する。

 ミサイルは限界まで加速し、30秒も経過しないうちに風神トライの元に戻り――直撃した。


 轟音とともに、ひっくり返るファイティングマシン。細長い三脚ではマッハ20の速度をもつ三メートル近い飛翔体の直撃に耐えることは不可能だったのだ。

 ウィスがある戦車なみの重装甲とはいえ、無傷では済まない。


「誘導兵器ならフェンネルでコントロール奪取が可能だ。惑星エウロパはそんな知識さえ喪失しているのか?」


 ケリーが呆然と呟いた。

 無人兵器のコントロールはフェンネルが奪取する。それは惑星アシアでは徹底された常識であり、もはや無線の小型誘導兵器が使われた事例が確認できないほど。

 大型パンジャンドラムにフェンネル同様のものを仕込むぐらいしか対策は不可能であり、惑星アシアの常識だった。


『二千年の年月が、バルバロイにフェンネルさえも忘れさせたのでしょうか。所詮は対マーダー用途。惑星間戦争時代のバトルマシンレプリカにすらなっていない。――愚かな』


 冷ややかな視線で転がるライプラスを見据えるアストライア。

 兵器統括AIとして語る言葉さえもたなかった。

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