地下闘技場決勝戦

「ほい。これでおしめぇだ。お疲れさん。よく耐えたな」


 兵衛の指導に二人とも四つん這いになっていた。息を吸うのが精一杯で、返事もろくにできない。


「ありがとうございました」


 ドリオスが正座して、ふかふかと頭を下げる。もはや執念ともいえる領域だと関心する兵衛。


「おう。おめえさん素質あるよ。孫の修司にそっくりだ。その振り方がな」


 兵衛はにこりともせずに言う。白髪の紅眼の美青年は修司には似ても似つかない。せいぜい背丈ぐらいだ。


「光栄です」

「わかっていると思うが、その素質をどう征かすかはお前さん次第だ。武芸も芸のうちってな。自ら研鑽し、磨き上げるか。戦場で実用に耐えるもんにするかだ」

「後者ならあなたには勝てないでしょう?」

「おそらくな」


 初めて兵衛は嬉しそうに笑った。


「研鑽しますよ。バルド様に鍛えて貰います」

「とうにバルド君を超えていると思うがね? まあいい。そろそろオイコスの迎えがくる。邪魔したな」


 それだけいって、兵衛はバルドが借りている宿舎から姿を消した。


「その体のこと…… ばれなかったんですかねえ」


 バルドには不明だ。そんなことを考える余地すら与えられなかった稽古だったからだ。


「何を見ていたんですか? バレバレですよ。おそらく。だからこの体から修司という人間の技術を引き出すように指導してくれたんだ。人間は何を考えているかさっぱりわからないね」


 ドリオス――ヘルメスが苦笑した。掛け値無しに真摯な指導だった。それはもう拉致して連れて帰りたいほどに。


「うへえ。俺たちは敵なのにな。お人好しなのか」

「わからないね。修司という人間が培ったものが喪失することを恐れたかもしれないし、孫への未練かもしれない。しかしボクにとってこれは貴重な財産だ。これほどまでに繊細なものがあるとは心が躍るね」

「ヘルメス様らしいや」

「ドリオスだよバルド様」


 邪悪に笑うヘルメス。


「へえ! すまねえドリオス!」


 これぐらいで殺されたりはしないが、やはりヘルメスは恐ろしい。


「それでいいですよバルド様。油断は禁物。常在戦場ですから」


 手を振ってバルドを許すヘルメス。


「これからバルド様には転移者の剣士も探してもらわねばなりませんし。しばらく戻って来ないのでしょう?」

「へい。わかりました!」


 それぐらいならましな条件だろう。トライレームから剣士を探して引き抜いて来いと言われたらどうしようか本気で恐れていたバルドだった。


「さてこの培った技術をどうシルエットに反映させるか。ヴァーシャとの構築談義も盛り上がりそうだ。音楽よりよっぽどね」


 ヘルメスは愉悦を隠そうともせずに、笑った。

 直後、腹筋が吊って無言になり、のうたうち回る。肉体というものはどうにもままならないものだと実感するヘルメスだった。

  

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆



決勝が始まろうとしていた。

 コウは五番機に搭乗しパライストラの控え室に赴くと、すでに兵衛とバルドが到着していた。


「バルド。戦えるか?」


 心配はしていないがコンディションは確認するコウ。

 剣の稽古、それも激しいものなら二の腕や腹筋、腰に来る者が多いことは知っている。

 コウも兵衛たちとたびたび特訓することになっているので、その点を心配した。


「死んでるが、戦わないと殺されるからな」


 ぶっきらぼうに答えるバルド。当然相手はヴァーシャやヘルメスだ。不戦敗など許されるはずもない。


「弟子が筋肉痛でのたうち回っている。俺ァなんとかなっているが」

「そりゃ歳だってことだよバルド君。明後日ぐらいに動けなくなるな」


 にやりと笑う兵衛。ヘルメスの肉体はしばらく過酷な稽古などしていないに違いない。さぞや筋肉痛だろう。

 バルドの筋肉痛は後からくるタイプだ。社会人を指導しているとよくあることだった。


「カストルのしごきに耐えたそうだからなバルド君は。いうほど辛くはないだろうさ」

「カストルのしごきより、別の意味で辛かったからな!」


 兵衛の指導は、細かかった。本人に最適とする所作ができるまで、何度も反復練習がひたすら繰り返される。

 カストルは打ち合いによる実戦形式だった。打ち所が悪くて死亡者は多数だったが、どちらがましだったかバルドにはわからない。


「ん? お前ら装備を変えたか?」

「ちょいと調整しただけだ。兵衛さんはフラフナグズ用装備に換装している」

「以前は使えなかったんだがなあ。コウ君がラニウスを調整してくれてな」

「お前らの母艦は移動する工廠だっけか。便利だな……」


 武者修行中のバルドには当然ながらヴァーシャの支援はない。

 ボガディーリ・コロヴァトを供与してもらっている分贅沢はいえない。十分優遇されているといっても過言ではないだろう。


「決勝相手は風神雷神に謎兵器か。なんだよ謎兵器って」


 文中にしかない兵器の存在に、バルドは苛立ちを隠せない。


「猟犬の名前を冠せられていることぐらいしかわからなかったな」

「猟犬たぁ厄介だな。風神雷神も装備を変えてくるんだろ? 前回と同じようにはいかねえな」


 前回は超反応の特性を利用した所見殺しに近い。

 バルバロイも対策を練ってくるだろう。


『今回は賭けになる情報が少ないと多数クレームがきたので、入場したあと五分経過してからのスタートとなります。変更も受け付けます』

「そりゃそうだろうな。謎マシーンってだけの兵器に金なんざ張れるかよ」


 バルドがギャンブラーの声を代弁する。これだけの字面でギャンブルしろというほうが無茶だ。


 三機は控え室から地下闘技場内に進む。


 敵チームの姿も現した。


 碧緑色の風神、白色の雷神が修理を終えて再び彼らの前に立ちはだかる。

 コウが目視したところの分析では追加腕部の兵装が変更されているようだ。風神は追加両腕部とも剣と槍を装備しており、大口径バトルライフルを装備していた。雷神は同様に追加腕部は二刀流で、大型のレールガンランチャーらしきものを携行している。


「まずます仏像めいてきやがったな。接近戦を意識してやがる」


 兵衛が笑ってしまうほどである。暗器が通用しなかったことはバルバロイにとっても衝撃的な出来事だったのだろう。


「仕込み武器は捨て、携行武器の単体の威力を上げてきたな。暗器を捨てて斬撃も速くなっている」

「はん。あの程度の口径だと装甲筋肉相手には通じねえ」


 三機は飛び道具に強いという特徴を持つ装甲筋肉採用機である。


『いよいよ謎兵器の登場です!』


 風神雷神の背後から、謎兵器が二機、姿を現した。風神と雷神同様のカラーリングだった。


 一見車両に見えるが位置は高く、大型のテウタテスよりもさらに高い位置にある。

 

 その車体下部から、紐状のものが伸びていた。


「触手か?」


 漠然と触手を連想するバルド。


「いや。トライポッド……三脚型だな。ありゃ」


 会場内にバーンの解説が鳴り響く。


『風神雷神に加えて、初登場するこの兵器こそ惑星エウロパの猟犬【ライプラス】! 兵種は 【ファイティングマシン】です! 賭けの受け付けを五分だけ延長します!』


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


兵衛とヘルメスの化かし合いも無事終了しました。バルドは完全に巻き添え事故です。


そして謎兵器! 詳細は次回!

それだけなら不親切なので、オマージュ元は「宇宙戦争」という古典SFの火星人が搭乗したメカです。

今回搭乗した謎兵器はより脚が直立っぽく、なおかつ胴体が車両や飛行機よりですね。


『このライトノベルがすごい!2023」の投票が開始されました。

今回はいずみノベルズも参考レーベルに掲載されており、「ネメシス戦域の強襲巨兵」もノミネートされています!

一人五作品まで投票できるので、選考する際入れていただければ幸いです! 


今後とも応援よろしくお願いします!

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