暗黙の了解
決勝トーナメント二回戦が始まろうとしている。
とはいっても予選リーグを勝ち抜いた者はコウたち三人のみ。バーンが手配した相手と対戦することになっている。
『イェルド。みんなの代表だからって無理しちゃ駄目よ。危ないと思ったらすぐに降参しなさい』
「このワーカーをもってしても、それほどの相手なのですか?」
『そうだよ。ウーティスはこの絶望的な状況でアシアを救出した英雄。残り二人もアシア大戦の最前線で実戦をくぐりぬけた猛者揃い。胸を借りる気持ちでいきなさい。あなたは今回に限ってはチャレンジャーです!』
「はい!」
現行のシルエットがこの惑星開拓時代に製造されたワーカーと勝負になるはずがないとは思うイェルドだったが、ヘスティアの言葉で思い直す。
ヘスティアが本気で心配している。それほどの手練れだ。
三機のシルエット相手にイェルドのワーカー一機のみ。
「おや?」
目の前に頭部が初期型のラニウスが進め出た。
残り二機は黙って下がっている。
「三対一でも構いませんよ」
イェルドは思わず呼びかけた。一騎打ちではさすがに勝負にならないだろうと踏んだのだ。
「暗黙の了解ってヤツだ。三対一はさすがに、な。剣士の矜持みたいなもんさ。順番は……実戦経験順ってところか」
コウが回答する。後ろ二人は無言だ。自然とそうなった。
「剣士の矜持、ですか。なるほど。でもそれで不利になったら元も子もないかと」
戦闘で矜持は何かの役に立つのだろうか、とさえ思う。
孤児達は縋るものもなく、死んでいった。
イェルドはいまだにあの時感じた無力感を覚えている。
コウの頬が緩んだ。イェルドの言いたいこともわかるのだ。
「不利かどうかはやってみないとわからないさ」
コウが言い終えた時、試合開始の合図が鳴り響く。
ワーカーがライフルを構え、照準を定めようとしたときにはすでに視界の中に五番機はいなかった。
イェルドはレーダーに目をやると、五番機に移動した形跡はない。
高度計がすかさず表示され、空を示す。
「上か!」
垂直に飛ぶとは思わなかったイェルドが搭乗するワーカーは上空に視界を向ける。
しかし空にも五番機の姿はなかった。
「どこだ?」
高度計に再び目をやると、地表にいる。五番機が急速接近していることがわかる。
しかし戦闘用ではないワーカーのレーダー。座標のズレが大きい。位置修正が間に合っていないのだ。
正面を見据えても、視界にはいない。
「もう近付いているのか」
アラームが鳴り響く。ワーカーのちょうど10時の方向から高速に3時の方向に移動していた。スラロームのように近付いてきている。
「そういうことか! ワーカーでは無くぼくを欺いたと!」
五番機は地を這う戦闘機のように、うつ伏せのような姿勢で高速移動をしていたのだ。
「兵は詭道なり、ってね」
コウはイェルドの驚愕を楽しむかのように薄く笑う。
「はん。コウのヤツてめえの戦い方に似てきたんじゃねえか」
バルドもこの展開には痛快だったようだ。軽口を兵衛に叩く。
「二天一流は教えていないんだがな」
場慣れゆえの応用であろう。兵衛はコウの成長を内心喜んでいた。
「
ようやくワーカーは荷電粒子砲を発砲する。
着弾地点にはすでに五番機はいない。腕部の動きが五番機についていけなかったのだ。装甲筋肉のシルエットならいざしらず、構造ではワーカー同様。
銃で狙いを付け照準に定めて放つという
「しかし、装甲の差がッ!」
イェルドは荷電粒子砲を手放さない。パワーカッターに装備を変更する時間はない。
地を這うような低空飛行で加速する五番機。ようやく荷電粒子砲のビームを直撃させることができたが、電磁装甲が反応し威力が削がれる。
「なッ」
睨み付けるように頭部をワーカーに向け迫る五番機に、減速する気配はない。
左肩部をワーカーに向けると、ワーカーの両脚に突進し体当たりした。
超音速に達した体当たり。その程度でワーカーは傷つきはしないが、衝撃までは殺せない。
足元をすくわれ、前のめりに転倒するワーカー。作業用シルエットであるがゆえに、起き上がるためには時間がかかる。作業用機械に即時立ち上がりの機能など必要ないのだ。
「しまった」
コウの意図に気付いた時はもう遅い。
背面部に刀の切っ先が突きつけられていた。背部はリアクターにもっとも近い部位。戦闘用シルエットでも明確な弱点である。
勝負は決したのだ。
「二脚は不安定だよな」
コウがイェルドに笑いかける。
「……降参です。装甲がいくら厚くても。重量があっても――接地面積が限られる二本足で踏ん張ることなどできません」
少年の瞳には、コウに対する尊敬の念が浮かんでいた。
『勝負あり! 勝者はエンプティです!』
試合終了の合図とともに、バーンの声が会場内に響き渡った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「勉強になりました。バーン様」
敗者らしく大人しくトラクタービームで牽引されるワーカー。
イェルドは試合前にヘスティアの言葉である胸を借りるつもりで、という言葉の意味をしみじみと噛みしめていた。
『彼はずっと構築していたからね。装甲筋肉採用シルエットは剣術機ともいうべき設計なの。体幹、安定性を重視している。自機の利点を活かし、ワーカーの欠点を突いたといったところ。さすがアシアの騎士ね』
「ふがいなく申し訳ありません」
『大丈夫だよ。あんな奇襲が可能なパイロットなどそういません。今この場でいる人間はそれこそ彼と残り二人ぐらいなもの。あとは百人斬りの彼かな』
「ヴァーシャさんですか」
ヴァーシャは礼儀正しく、少年たちも好感を抱いていた。
ストーンズは幹部階級ほど礼儀正しいものが多い。傭兵など外部に属する人間は人間社会を追放された者が多いので荒くれ者だらけだ。バルドなどその代表であろう。
「彼も招待に応じてくれたわ。世紀のエキシビションマッチが成立ね! でも問題が一つ発生したわ。あとで話すね」
「はい。わかりました」
このシェルター内におけるヘスティアの権限は絶大。彼女のいう問題とは外交的なものだろう。
ヘスティアと通信を遮断し、イェルドは天を仰いで声もなく笑いながら呟いた。
「あーあ。やっぱり悔しいなあ」
――強くなろう。ヘスティアや他のオイコスのために。
強い決意で誓うのだった。
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