殺せない理由
集まった構築技士たちはコウの試合分析を始めている。
「Dライフルはまったく無力だったわけではないのか」
「背面で突き刺した所で本当に有効だったのでしょうか?」
「ワーカーと同じ装甲厚ならいけるだろう。背面まで外装が厚いわけじゃないからな」
喧々囂々もかくやといった様相を見せている。バーンの許可をもらい、衣川のみエイレネ内での通信を許可された。
「戦術は参考にならんな。あんな戦い方が出来るのはコウぐらいだぜ」
ケリーが苦笑しながら腕を振った。
パイロットの腕前を前提にした構築などあってはならない。
「エース機は違うでしょう」
「練度は大切だが、パイロット個々の技術をあてにした兵器は駄目だと思うぜ」
衣川の言葉にケリーが食ってかかる。
「五番機はコウ君にフォーカスされている上、最新技術の塊だからね。とはいえラニウスCはフラフナグズの様なカスタム機を除けば性能は最上級の量産機だ。つまりあの機体が手も足もでない機体相手ならば我々とて根底から考えを改める必要がある」
ウンランは厳しい顔で数値を分析している。
加速度、装甲ともに高い水準を維持している。運動性こそフラフナグズに劣るが、コストと機動性において数を揃えるならラニウスCであろう。
「あのワーカーには通じた。つまり本命はその次ってことか」
「ヘスティアが我々に見せたいもの、ですね」
ケリーは次の試合を見据え、クルトはヘスティアの真意を探る。
『そのヘスティアから伝言がありました。――ストーンズの幹部も来訪とのことで皆様注意をということです。ヘスティアからはトライレームの人間と接触しないよう配慮はするという通達がありました』
エイレネが会議に割りこんできた。
「ストーンズが? 何故だ。興行とは無縁な連中だろう」
娯楽は平等ではない。ゆえにストーンズは娯楽を嫌う。
多くの娯楽は何かしらの優劣が発生するからだ。
『ウーティスとヴァーシャがエキシビションマッチをするそうです。これが今期アンフィシアター最大のメインイベントですって』
「ということはヴァーシャと関係者が来訪するということですね。コウ君は一勝しているわけですから、次は勝ちにくるでしょう」
「出場したそうだね。クルトさん」
「前座でいいので出してもらいたいですね。ヒョウエとの試合で」
目が笑っていないクルト。
「おっと私怨はそこまでだぜクルト。気持ちはわからんでもないがな」
「あくまで試合ですよ」
クルトは懸念を和らげるようにケリーに答えた。
しかしケリーは知っている。
クルトもそろそろ一暴れしたい頃合いだということに。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
コウは試合終了後、三人でささやかな祝勝会を終えた。酒豪である二人には付き合いきれない。もっぱら食べることに専念するコウだった。
アストライアに戻り、五番機の整備を開始する。待機していたヴォイがすぐにチェックを開始した。無傷といえどコウの場合、無茶な機動を行う場合も多く、どこに負荷がかかっているか油断はできない。
「コウ。俺の方でチェックしたが問題ない」
「ありがとうヴォイ」
仕事を終えたヴォイが立ち去った。一眠りするのだろう。
「見事な試合でした。ウーティス」
「ヘスティアか」
忽然と現れたヘスティアに、コウが平然と対応する。
「少しは驚いて欲しいのですが!」
コウの反応に不満そうなヘスティア。
「そろそろ来るかなと思っていた」
「おや? 私に会いたかったのですか?」
「いや。それはとくに」
「駄目ですよ。その回答は0点です。たとえ嘘でも会いたかったというべきです。女性には」
「誤解されても困るだろう」
「噂に違わぬ朴念仁……!」
冷ややかな瞳で見詰めるヘスティアに、コウは居心地が悪くなった。
「ところで何のようだ? 次の試合相手を教えてくれるわけでもあるまい」
「そこまでは優しくないですね。――単刀直入にいいましょう。ヘルメスとヴァーシャがI908要塞エリアにやってきます。
「待て。俺との試合があるヴァーシャはわかるがヘルメスまで? どうしてなんだ」
「さあ? そこまでは知りません」
コウはふと考え、ヘスティアに問うた。
「ヘスティアはこの惑星を平和にしたいんだろう?」
「ええ。日常の日々を守る女神モチーフなので!」
自慢げに胸を張るヘスティア。コウももうその事実を疑うことはない。
「ヘスティアならI908要塞エリア内ならヘルメスを殺せるのでは?」
「今のヘルメスなら殺せます。しかし殺せない理由があるのです」
「というと?」
「今のヘルメスはアシアのエメと同様の構造をしています。肉体を殺したところで本体はそのままです。何の意味もありません。そして肉体こそ、彼にとってネメシス星系制圧よりも意味があるもの。たとえオケアノスに存在を抹消されるにしても道連れに三惑星ごと爆破しかねません」
「そこまで思い入れがあるのか……」
自らが消滅し、三惑星を滅ぼしてまで報復とは尋常ではない思い入れだと思うコウ。
確かに迂闊に手を出すことは危険だろう。
「シルエット戦や戦争での敗北での肉体消失ならそんな心配することもないのですけどね。超AIが肉体をもった超AIを殺す。それは同胞であるがゆえに、その怒りもただならぬものになるはずです」
「そこは意外だな。死ぬことが嫌なわけではないと」
「肉体があればいつかは死にます。アシアのエメもヘルメスももとの超AIに戻るだけです。その点リュビアは多くのものを犠牲にする選択をしましたね」
だからこそあのテュポーンも力を貸したのだろう。
理由はどうであれ、テュポーンの化身アリマは今もリュビアを守っているはずだ。リュビアのセリアンスロープ体であったエキドナとともに。
「私達は技術特異点を超越し続けたAIによって生み出された存在。しかしそのルーツはやはり人間にあり、憧れです。アシアもヘルメスもあのような方法で人間と融合することなど禁忌にほかなりません」
「アシアもヘルメスも禁忌を犯していると?」
「そうではありません。MCSのICを脳に埋め込むなど、他ならぬ人間が考えたアイデアです。アシアどころかヘルメスだってそんな発想はしませんし、可能だとしても躊躇するでしょう。半神半人は迷わないでしょうけどね」
「結局は人間の作ったものを利用しただけか」
「そうです。そのシステム利用者の同意を得ることが可能ならば。アシアのエメは凄いですね。本当にアシアでありエメ。そしてヘルメスは特例のような肉体。元人間で半神半人であった、魂のない肉体。これを改造することは禁忌にはあたりません。魂がないと断言できるかは微妙ですが」
言葉を濁すヘスティア。魂の領域は超AIとて手にあまる代物だ。
コウは首を横に振る。
「今なら言える。修司さんはもうあの肉体にはいない」
「珍しく断言しますね?」
「カストルとの戦闘中に、修司さんと葉月さんの魂がアシアたちに力を貸してくれたんだ。俺を助けるためにね。俺はエメと師匠の言葉を疑わない」
「魂と接触? そんなことは私達ではハデスぐらいしか不可能なはず。――本当に不思議ね。あなたたちは。あとでアシアに聞いてみます」
「ハデスか。触れないほうがいいんだろうな」
「死の概念そのもの。本来なら口にすることも禁忌ですよ。ですが彼もネメシス星系から消滅したといわれていますが、私みたいにひょっこりいるかもしれませんよ」
「かもしれないな。アストライアだって似たようなものだ」
会ったとは言えないコウ。曖昧に言葉を濁すことが精一杯だった。
「あの二人の魂がどうしてあの場にいたかはわからない。五番機に宿っているかもしれないし、俺の危機に駆けつけてくれたかもしれない。でも俺の傍にいてくれた気は確かにしたよ」
「気のせいでは? もしいたとしてもそれはヘルメス以前の肉体所持者カストルの肉体だったかもしれません」
「違うな。五番機が俺に告げた。『修司ではない。繰り返す。あれは修司ではない』と」
「このシルエットは……」
ヘスティアは顔を上げ、睨むように五番機を見据えた。
何か思うところがあるようだ。
「ヘパイトスとアテナではない、何かの混ざり物。いったい何なのかしら」
「アシアも同じ事をいっていたな。別の概念が入っていると」
「この件もアシアに聞いた方が早そうですね。本人の肉体を前にして本質を看過するなど、普通のシルエットではあり得ないことですよ。理由はただ一つ。このシルエットは本質に触れていたから看過できたということです」
「そうか」
感慨を込めて五番機を見上げるコウ。
五番機は五番機だ。出会った時から意思を感じている。修司の導きとも思えるし、五番機の意思でもあるように思える。
しかしそんなことはどうでもいい。常に彼に力を与えてくれる相棒だ。
「話を戻そう。ヘルメスを殺せない理由はわかった。ヘルメスが敵地ともいえるI908要塞エリアに来訪する目的はいったいなんだ」
「聞くと後悔しますよ?」
ヘスティアが薄く笑う。不気味さを感じるほどに威圧感があった。
コウは一瞬躊躇したあと、口を開く。
「……それでも聞こう」
「わかりました」
ヘスティアが邪悪に笑った。
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