ヘスティアの試練
海中を進む巨大な軍艦。ネメシス星系唯一の【パンジャンドラムキャリアー】エイレネである。艦種を機動工廠プラットホームには戻していない。
エイレネ内部にある戦闘指揮所の構築技士たちだ。艦長席にはアベルが座っていた。
「バーン殿に誘導されてここまできましたが、水中からの入港は安全ですな」
『トラクタービームで誘導されているから楽ねー』
アベルは名だたるA級構築技士たちに譲ろうとしたのだが、メンバー全員に断固として固辞されてしまったのだ。事実上の拒否である。
仕方なく仮面を被ってマルジンと名乗ることにしている。
「あの建造物…… 巨大すぎる何か。あれはいったいなんでしょう? あれが港とは思えませんが」
海中に映し出された巨大な建造物に、アベルが眉をひそめる。
『誘導先はあの場所ね。宇宙居留地船【ブリタニオン】じゃない! ラグランジュポイントに存在する超巨大スペースコロニーだよ! 私だって入ったことはない。なんで惑星アシアの
エイレネは即座に巨大建造物の正体を看過する。
「つまりコウ君やヒョウエさんを呼び出し我々を招待したバーンなる者は、このI908要塞エリアはアシアに匹敵する超AIの可能性があるということだね」
ウンランがバーンの正体を推測する。これほどの建造物を管理する存在は限定されるはずだ。エイレネならば絞り込んでいるだろう。
『バーンという名前にブリタニオン。これは古代ギリシャに連なる建築物。祭神は――オリンポス十二神であった炉床の女神ヘスティアだと思う】
「であった? 過去形ですか」
疑問に思ったクルトがエイレネに確認する。
『オリンポス十二神に倣って作成された超AIですよ。そののちギリシャ神話同様、その座をディオニソスに譲ったのね。その後行方不明になったと聞いているんだけど。って。誘導先、【ブリタニオン】内部になっているよアベル! どうしよう。いっちゃう?』
「面白そうですね。問題ありません。行きましょう」
『そうね!』
二人のやりとりについていけないA級構築技士たち。ケリーだけは愉快そうに笑うだけだ。
「行っとけ行っとけ。俺達はオリンポス十二神レベルの超AIの懐にいるんだ。どのみち何をしたって相手の思うがままさ」
「ケリー氏の言う通りですね。我々は特等席に案内されたとみるべきでしょう。懐に入れて貰えるんですから」
ケリーとアベルの会話に、生真面目なクルトとウンランが渋面を作る。この二人――否、。三人はノリで物事を進めすぎるのだ。
『バーンの招待状には構築技士に見せたいものがある、と。そして指定艦は私。シンパシー的なものかな? ヘスティアとエイレネは平和の象徴。ローマ神話ではウェスタとパークスは国の礎ともされる中心的女神だった』
「ヘスティアにコスプレ趣味はないでしょうな」
『アベルー。今それ言う?』
普段二人がどんな会話をしているか、まったく読めない他の構築技師達であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
構築技士たちはエイレネ艦内からワーカーとレイヴンの戦いを視聴している。
バーンによる中継生放送だ。
「I908要塞エリアは謎だらけだが…… 一番の謎はあのワーカーだ! なんだありゃ! 荷電粒子砲が撃てるほどのエネルギーを確保できるワーカー? エイレネ! 何か知らないのか!」
ケリーの常識を覆すワーカーの戦闘力だった。外観は今のネメシス星系に存在するワーカーとほぼ同じにも関わらず、桁違いの性能を誇っている。
『おそらくだけど、あのワーカーは惑星開拓時代のもの、姉さんに聞けば何かわかるけど、通信が遮断されているね』
悔しげなエイレネ。何せ姉妹艦とすら連絡が取れないのだ。
「コウたちが惑星リュビアで戦った幻想兵器並みの装甲か?」
ケリーが唸る。彼の友人であるスカンクよりも古いシルエットなのだろう。
『惑星開拓時代――今は喪われた歴史。最初期のワーカーかな。私はかなり後に作られたから、本当に年代物だよ』
「ワーカーでも荷電粒子砲が撃てたんですね」
コウが惑星リュビアが持ち帰った光学部品の数々は、艦載砲としての荷電粒子砲は再現可能となった。
しかしシルエットサイズは困難を極め、道筋は立っていない。
「あれとどう戦う? いや、バーンが見せたいものは本当にあのワーカーなんだろうか」
ウンランがつぶさに観察する。
確かにワーカーの戦闘力は絶大だ。しかし、惑星開拓時代のワーカーを見せたいだけとはどうしても思えなかったのだ。
「あのワーカー以上のものがあると? 地下試合とはいえ競技だぞ?」
「骨董品どころかオーパーツだからね。あれが群れをなせるほどあるとも思えない。何かあるはずなんだ」
ケリーは眼前のワーカー以上のものが存在するとは思いたくない。
現在の技術では太刀打ちできないものだからだ。
ウンランの視点は違う。あのワーカーが脅威とは言え、競技程度にしか使われていないという事実に着目している。
もしあのワーカーが百機あれば、多くの要塞エリアを手中の納めることも可能だろう。つまり競技場でしか活躍させることができないのだ。
「何があるのでしょう。その先は…… コウ君とヒョウエさんの活躍次第というところでしょうか」
クルトも同様だ。クルトの視点もまた違う。
一対一で倒せるか。剣で倒せるか、だ。レイヴンの善戦をみるにフラフナグズとの絶望的な戦力差はないと見ている。
「しかし悔しい。私も仮面を被ってコウ君たちの前に立ちはだかりたいぐらいですよ」
苦笑まじりにぼやくクルト。そういうクルトの目は笑っていなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
コウたちもまたアストライア艦内の試合を観戦し、分析している。
決着がついたところだった。
「あのレイヴン。破産寸前になるのでは」
I908要塞エリアの物価を聞いているアキが、思わず憐憫の瞳を向ける。
大破したレイヴンの修理は莫大な額だろう。
「それが決勝リーグでは、機体修理費用は補填されるらしい。収支的にはちょいとプラスになる程度だったかな」
「じゃああのレイヴンより、コウたちにパンジャンドラムを放ったチームのほうが大損ということですか?」
「そうなる」
コウの回答に、憐憫の対象がパンジャンドラムチームへ移るアキ。
「パンジャンドラムなんか使うから……」
「一か八かにしても無謀すぎるにゃ」
にゃん汰も同意する。対艦ミサイルでも用意すればよかったのだ。
「アレはどうでもいいとして、あのワーカーにゃ。装甲筋肉自体が荷電粒子砲対策になっているから、今から新たな追加装甲を構築しても厳しいかにゃ?」
「レイヴンであそこまで肉薄可能なら、五番機なら追加装甲がない高機動型でも斬り倒すことも容易でしょう。ワーカー装甲に対してもDライフルも通常兵器よりは有効なはずです」
にゃん汰とアキの二人もまた、五番機を基準で考える。
次の対戦相手はコウたちなのだ。
「それでも念には念を入れてCX型のような追加装甲を構築するかにゃ?」
CX型はウーティスとして偽装した五番機の対アンティーク用装備だ。
「いや、必要ない。むしろそういう特殊装備を作ってはいけない気がするんだよ」
コウが頭を振り否定する。新たに追加装甲を構築するという発想に強い違和感を覚えたのだ。
「卑怯な気がする?」
アシアのエメが真意を測りかねている。
「そうではないな。新たな装備を構築することで勝率を上げることは可能だろう。だけど、あのワーカーは俺達が挑戦するべき目標として設定されている気がする」
『完全に勝てない相手なら興行として成立しません。機動工廠プラットホームとコウの権限を知っているヘスティアにとって、コウと五番機しか勝てない相手を設定する理由はありませんね』
「俺が持つ環境しか勝てないようなものなら、最初から賭試合なんかに参加させないと思うんだ。今回のチームもヘスティアにとって想定外だったらしいし」
『ヒョウエはともかくバルドですからね。私も想定外でした』
「そこは私も思った」
ブルーや他のクルーも同様の感想だったようだ。
バルドとの割り切りはうまく説明しづらいものがある。別に憎み合っているわけではないからコウにとってはありだったのだが、他のクルーにとっては苦渋を飲まされた敵という印象しかないようだ。
「そんな流れだったからな」
コウはそう弁明することがやっとのことであった。
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