パワーカッター

  地下闘技場にシルエットによる試合開始の合図が鳴り響く。

 予選を勝ち抜いたカザークにシュライク。そして超高性能量産機であるレイヴン。

 対するはイェルドが搭乗する橙色のワーカー。


「え?」


 試合が始まった瞬間、飛行したワーカーが荷電粒子砲によってシュライクを撃破した。

 初めて見る観客も多く、絶句する。

 バルドのような常連はにやりと笑うだけだった。


「シルエットサイズの荷電粒子砲かよ。アンティーク・シルエットか。あのワーカーは」


 兵衛もまじまじと見ている。荷電粒子砲搭載のアンティーク・シルエットとは戦った経験はあるが、目の前のライフルほどコンパクトではなかった。


「あれはワーカーが装備していい武器じゃねえな」


 バルドも同意する。作業機を超える戦闘力だ。

 彼らの眼前でカザークさえも幾度か被弾したのち、荷電粒子ビームに撃ち抜かれて撃墜されている。


 残るはレイヴンのみ。荷電粒子砲の直撃を受けても耐えていた。


「レイヴンは耐えるぜ。装甲筋肉採用機は耐弾性能が桁違いだからな。まあ当然だ」


 かつてレイヴンの上位機であるコルバスを愛用していたバルドがつまらなさそうに呟いた。

 会場の観客は、その突出した防御力にざわめきたつ。


「さすがに荷電粒子砲でもあの装甲は抜けないか。電磁装甲と装甲筋肉による合わせ技。装甲筋肉は対射撃用の防御力向上効果を見込んでのことだからな」


 レイヴンとほぼ同型機であるヤタガラスをTAKABAも生産している。当時機能不全に陥っていたクルト・マシネンバウ社の代替生産に近い。


「シルエット用の装甲筋肉を考案した奴はさぞかし光学兵器が嫌いなんだろうよ」


 コウが考案したとはいえない兵衛が思わず苦笑いを浮かべる。


「荷電粒子砲ってのは水鉄砲に例えられる。粒子による運動エネルギーと超高温が合わさった兵器だからな。威力も桁違いだ。電磁装甲と装甲筋肉は、沸騰した湯船みたいなもんでな。内側に行く圧力をプラズマによって拡散させるって寸法だ」

「俺もあのワーカーにあうまでは荷電粒子砲を受けたことはなかったぜ。財布が痛かった。それまでに稼いだ賞金が飛んだからな」

「非公開の新型シルエットを修理できるってのがバーンの恐ろしいところだな」

「何者なんだろうな。俺達の間でも噂で持ちきりだ」


 俺達とはアルゴフォース内部の話である。ヘルメスですら正体を掴めていない。


「レイヴンが仕掛けたか」


 レイヴンがサーベルに持ち替え、突進する。ワーカーは冷静に距離を取り、迎撃態勢に移っている。

 勝負はまだわからない。レイヴンは高性能機たる面目躍如だった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 アストライアの戦闘指揮所で、クルーは試合を見守っている。


「アナザーレベル・シルエットではないと思うが、構造的には近いのかな」

『開拓時代の技術で製造されたワーカーですから。あの飛行も重力を軽減し、わずかな推力で飛べるようになっています。木星型惑星対策の装備ですね』


 アストライアが解説する。


『私は関与したことがないシルエットですか、惑星間戦争時代にも極少数のワーカーは残っていました。アストライア本体が装甲などの強度を下げ、生産性を高めました。コスト重視のワーカーに設計を重ねていって現在に至るのです』

「作業用には過度な戦闘力。木星型惑星に行く必要もない、か」

『ワーカーが荷電粒子砲を持つ必要なんてありませんからね。護身用といえど過剰な威力です。当然開拓時代にはあの程度の威力は最低限必要だったのでしょう』


 コウは思わず唸る。

 三十五世紀水準の科学は想像がつかない。人間同然の超AIだってそうだ。


「装甲はアナザーレベル・シルエットほどではないだろうな」

『そこは間違いありませんね。当時水準の作業用外装に過ぎません』


 コウが画面をみて、口元が緩む。


「どうしたのコウ? 楽しそう」

「ワーカーのパイロットがね。おそらくオイコスだと思うんだが、訓練された動きだなと」

「そういえばそうだね。距離も適正に取っているし、焦って無駄弾を撃つこともない」

「ヘスティアのためなんだろうな、と思ってね」

「一種のカリスマなのかしら? ――でも私にだってアシアの騎士がいるし!」


 自慢げに笑うアシアのエメ。


「なんで対抗するんだ!」

「パイロクロア大陸にきてから、あちこちでアシアに見捨てられただの、誰も私達を助けてくれないとか聞いてたらね! 私だって少しは落ち込むんだよ……」

「救われることを願う、か……」


 アシア人の姿勢には疑問を抱いているコウ。ただ強大な暴力の前には為す術もない。

 人はアシアに祈り、絶望していったのだ。彼女たちが神話の神々をモチーフにした存在がゆえに。


「ヘスティアは強い。大人は自分でなんとかしろ。弱者から救っていくと断言した。何かを選び取るために迷いがない」

「そうなんだろう、な……」


 アイデースに聞いたヘスティアの過去を思う。

 彼女は強い意志で事を為そうとしていることがはっきりとわかる。


『ヘスティアの許可を貰いました。現在の宿舎を引き払い、コウとヒョウエのラニウスはこちらで整備することになります』

「助かる」

『自由気ままな単身赴任は終了ということです』

「どこでそんな言葉を覚えたんだ! アストライアは!」


 言葉に若干批判めいた辛辣さがあることは否めない。

 多くの人間がコウの身を案じていたのだ。


「そろそろ決着がつきそうだよ!」


 アシアのエメがコウへ、試合に注視するように促す。


「次の対戦相手はどちらか……」


 格闘特化のレイヴンと惑星開拓時代の超技術によって開発されたワーカーの、近接戦闘が始まった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 サーベルを構え突進するレイヴン。相当の被弾はしたが装甲は抜かれておらず、動作に問題はない。


 対するワーカーも、近接武器を展開した。

 その武器に、バルド以外のものが唖然とする。


「は?」


 兵衛が唖然とした。バルドは一度対戦しているので、その、 、 武器を知っている。

 兵衛にも見覚えがある不思議な形状をしている、平べったい板状のもの。

 チェーンソーに似ているのだ。


「ありゃなんだ。電ノコ……高周波パワーカッターか!」


 見覚えのある形状。持ち運び式の充電式ノコギリに近い。鋼材用のパワーカッターは高周波を用いる工具も存在していた。

電ノコを構える姿はさながらホラー映画の主人公を連想させる。


「高周波ブレードの一種だな。作業用だろうが……」

「間違いねえな。作業用の動力工具だろうな。何せワーカーだ」

「シルエット用の高周波ブレードは受けには使えないってのにな。脆くてすぐに刀身が逝っちまう」

「開拓時代の現場作業用ならレーザーでの溶断も難しいだろう。見た目はチェーンソーでも構成する材質の次元がまったく違うんだろうな」


 加速し振り下ろされるサーベル。パワーカッターで受け止めるワーカーはそのまま刀身を切断した。


「バカが。刃を重ねちゃいけねえのは剣士の基本だろうが」

「本当にな。俺の部下なら一喝してらぁ」


 刃と刃を撃ち合わせるという愚行に憤る二人。

 防御で刀を使う時はあるが、受け止める時も刃ではなく刀を横に寝かした状態である平地ひらじ――鎬地しのぎじを用いる。刀を用いた受け流しで鎬が削れるほどの激しい戦いという意味で、しのぎを削るという言葉が発生したのだ。


 勝負は決した。

 無造作に振り下ろされパワーカッターが、思わず耳を塞ぎたくなるような不愉快な金属音を場内に響かせる。あっという間にレイヴンの肩から右腕部を奪い去った。

 止めを刺すべく流れるような動作でパワーカッターを振り上げるワーカー。

 試合終了の合図が鳴り、レイヴンはトラクタービームによって場外へ消えていった。

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