映像(絵)にならない宇宙戦争

「おはよー! イェルド。よく眠れたかな?」


 イェルドは今まで使ったことがない、快適なベッドで一夜を過ごした。

 目を覚まし朝食を摂りにいったところ、ヘスティアと遭遇した。


「どうしたんですか! その格好は!」


 ヘスティアの雰囲気ががらりと変わっていた。

 顔立ちはそのままながらも、髪色が赤髪から黒髪に。ウェーブがかった髪型はぱっつんストレートに。

 何より服装が異様だった。雰囲気としては転移者由来のものだろうとなんとなくわかる。


「これね。ブレザーっていうの! ネクタイいいでしょ!」


 ネクタイという謎の長い布を手に持ち、イェルドに見せつけるヘスティア。


「いえ。その格好の理由というか。昨日のお姿でも十分お美しいのに!」

「もう! イェルドったら! 言葉が上手ね! 私をおだてても今はレーションしかないよ?」

「そうではなく!」


 朗らかに笑うヘスティア。


「まああの姿だと私がヘスティアだってすぐばれるからさ。変装の一種。みんなの前ではバーンって呼んでね」

「わかりました」


 イェルドには高名なヘスティアが正体を隠す理由がよくわからない。


「色々あるの! あなたの服はテーブルに置いてあるから!」

「え? ありがとうございます?」


 ヘスティアに指定された部屋に行き、朝食を食べ終えるとブレザーなる服に着替えさせられるイェルド。

 ネクタイがどうしても結べない。地球の文化はよく理解できない。

 

「これ面倒だよねー。私が結んであげる!」

「ヘスティア様にご迷惑を……」

「いいからいいから」


 ヘスティアは器用にウィンザーノット式でイェルドのネクタイを結びつける。姉のような優しさに内心感動に打ち震えるイェルド。

 死ぬ気でネクタイの結び方を覚えようと誓う。

 後日。同じような孤児たちにワンタッチネクタイが支給され、彼が愕然とするとはこの時点では知る由もなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「早速で悪いけどイェルド。危険な任務についてもらう。最初の住人にこんなことをお願いするなんて気が引けるんだけどね……」

「なんでもやりますよ。ヘスティア様の敵を全員倒せばいいのですか?」

「違うよ?! そんな物騒な任務ではないから安心して」


 イェルドの返答にむしろ驚くヘスティア。


「ついてきて」


 ヘスティアに連れられた先は、巨大な人工島だった。


「このなかに保存用として開拓時代の兵器が置いてある。そのなかから一つ君に預ける」

「開拓時代って! 惑星開拓時代、神話の時代じゃないですか! そんな時代の兵器などぼくなんかに!」

「そうねー。持ち逃げされたら困るかな? でもキミはそんなことしないよね」

「誓ってしません!」

「だよね! じゃあ説明するね!」


 ヘスティアに連れられて人工島地下に入るイェルド。

 エレベーターに乗り目的の区画に到着した。


 奇妙な形状のものがたくさん並んでいる。

 橙色のワーカーだけは多かった。


「これらの兵器はシルエット誕生前に使われた戦闘兵器。戦車や戦闘機みたいな区分は難しいね。宇宙も海底もいけるから」

「この二メートルもない球体もですか?」


 漆黒の球体が鎮座している。兵器には見えない。


「ああ。うん。それが現在でいう装甲車の類いかな」

「装甲車! 人乗れるんですね。武器もないです」

「人間は余裕だよ。兵器としての被弾面積は最小。かつ光学兵器に対抗するために丸い玉。反重力ではなく重力を遮断して軽減、磁気とプラズマで推進するの。武器はプラズマを発生させ指向性を持たせてぶっ放すだけだね。雷発生装置だと思っていいよ」

「なんだかよくわからないけど、とんでもない兵器ですよ…… あの針みたいなものも兵器ですか?」


 もう一つは六メートルサイズの針としか言えない円錐の物体だった。オブジェにしか見えず、兵器にはまずみえない。球体もそうだが、こちらにも砲口らしきものはなかった。


「あれが戦闘機にあたるのかな? レーザー対策であんな形状だね。弱点は側面だけどくるっと方向転換可能だから」

「回転したらまず側面取れないんじゃ」

「そうだよ。だから無音の宇宙に、あの黒い球と銀色の針が音のない世界で目に見えない周波数のレーザーを撃ち合う。それが開拓時代におけるシルエット登場前の戦闘兵器。レーザーまで弾くからもう熱で溶解させるか物質を光速近くまで加速させる光子魚雷ぐらいしかった。光子魚雷は主に宇宙戦艦で使用されていたよ」

「宇宙ですか。昔は宇宙まで戦場だったんですね」

「現在はオケアノスによって禁止だね。すぐ宇宙で迷子になるし。秒速20キロを超える速度で飛び回る戦闘兵器を見失わないようにするために生まれた技術がトラクタービームなの」

「そんな速度で戦場を飛び回っていたらあっという間に母艦から離れそうですね」

「宇宙艦に紐付けるためね。衛星にちなんでオービットウェポンと呼称されていたよ。宇宙艦の周りを衛星のようにぐるぐる飛び回るからね。今思えばシュールだったな」

「戦争にロマンを求めるわけではありませんが…… 映像にはなりませんね」


 球と針だけが宇宙艦の回りを飛び回り、無音の世界で不可視のレーザーを撃ち合う宇宙戦争。

 イェルドの指摘通り映像向きではないだろう。


「そうなんだよねー。映画で宇宙戦争を完全再現しても興行的にヒットしなかったねー。ムダを排することは大切だけど限度があるだろうってアフロディーテちゃんやアポロン君、ムーサちゃんはヘパイトス君に猛抗議してたな」


 もう一柱だけヘパイトスのシンプルさを追求した兵器設計思想に猛抗議していた超AIがいたが、ヘスティアが名前を出すことはなかった。


「なんていうか。機能美なんでしょうが…… 無機質過ぎてワーカーのほうがいいなって」


 針と球に命は預けたくないなと思うイェルドであった。


「それな! 当時から言われてたんだよね。シルエットが広まった理由の一つだと思っている。デコれるからね。実際宇宙戦闘ではフェンネルによってレーザーも可視化されるし音もつく。やはり人間には必要な要素なんだよね」

「でもこれらの兵器に対してシルエットなんて勝ち目がないのでは? とくに宇宙では」


 丸い玉と針型兵器に、人型兵器が勝てるとは思えなかい。

 形状の被弾面積が段違いであるし、効率を追求しすぎた戦争兵器には勝ち目があるとは思えなかった。


「そうでもないよ。ワーカーには搭載していないけど、当時はWDMという凝縮したプラズマで球と針をぶった切るって手段があって、案外強かったんだ。アテナちゃんやハデス君が愛用してたね」

「WDM?」

「赤色矮星の中心ぐらいほどの超高温と超圧力をかけると物質は金属のままプラズマ状態を維持する物質の相、かな。プラズマと金属の中間体だね。合金もWDMになるんだよ。宇宙は真空なので熱が逃げないから威力は絶大だね」

「超高熱と金属の質量を持つプラズマみたいなもの……?」

「赤色矮星ネメシスの表面温度を優に超える温度だよ。数万度の金属塊。開拓時代ではシルエットだけがこの装備を扱えた。記録だと惑星間戦争時代にも惑星リュビアで大怪獣相手に使われた形跡があるんだけど、私は寝てたからなぁ」

「大怪獣ってなんですか!」

「ああ! ごめん。それは知らないほうがいいの!」

「わかりました。聞きません」


 慌てるヘスティア。つい口走ってしまったのだろう。気になる響きではあるが、質問は自粛した。

 ヘスティアの説明を受けながら歩くイェルド。目的のものに到着したらしいヘスティアが歩みを止める。


「これ!」

「おお! 普通だ!」


 驚きの声をあげるイェルド。針型や球状兵器に見慣れると斬新に映る。

 目の前にある物体。それは装甲車らしき箱状のものだった。

 この箱状のものだけは、複数あるようで似たような形状の乗り物が並んでいる。


「タイヤは昨日突貫して取り付けた飾りだから気にしないで。これは兵員輸送車。イェルドにはパイロクロア大陸を巡り孤児たちの意思を確認して、ここへ連れてきて欲しい。負傷者、年齢、性別は問わない。キミが助けたいと思った人を連れてきて」

「孤児を集める?」

「ここで保護するの。武装勢力に襲われたりした場合や緊急時は強引につれてきてもいいよ。あとでちゃんと返せばいい。その子達の教育次第で、この場所にある輸送車を使ってもっとみんなを保護できる」

「はい! たくさん助けます! ヘスティア様は慈愛に満ちた女神ですね」

「そうじゃない。そうじゃないけど…… 私は無力なAIだよ。だけどね。助けたい人は助けるつもり。大目標は戦争の被害者そのものを救済かな。孤児はその代表。兵士だって戦いたくない人たちもいるでしょう。でも今は余裕がないから子供を優先するだけ」


 ヘスティアがため息をついた。自身が全能ならすぐにすべての者を救えるだろう。しかし炉床の女神をモチーフにした超AIにそんな権能はないのだ。

 

「欠点はMCSではないことかな。対話形式で運転可能だから、問題はないと思う。一人でも多くの困っている子供を連れてきてあげて。誰を助けるべきか。選別まで任せることは心苦しいけど、自分の境遇を思い出して。その経験を基準にして」


 イェルドははっとした。確かにあの時の自分と同じような境遇なら助けたいだろう。子供でも頼れる大人がいる場合は、彼らに任せたほうがいい。保護者のもとに帰りたいなら、降ろせばいいだけなのだ。


「できるところ、からですね。お任せください! 一人でも多くの子供たちを連れてきます!」


 罠だとは思わなかった。餓死寸前の彼は救われ、大役を担ったのだ。


「これなら子供次第で三十人程度搭乗できるはず。空っぽだからね。居心地は悪いけど、かっ飛ばして帰ってきて」

「はい!」

「うん。頼んだよイェルド。でも決して無茶はしないでね!」

「わかりました」


 この装甲車も外部から人間をトラクタービームで乗車可能。地上でマッハ3以上の速度を出せ空中も水中も移動し、戦車砲に傷一つ付かないなど超兵器である。

 現行兵器とは比較にならない桁外れの性能を誇っていたが、今のイェルドは知る由もなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 あの日を境に家族オイコスは増え、イェルドは今ワーカーに搭乗し地下試合に挑んでいる。

 地下試合におけるヘスティアの狙い。――願いを知っているからだ。


「早く出てくれよ。このワーカー程度軽くねじ伏せる猛者がさ。そうでなければ奴ら相手に戦争だなんて無理なんだから」


 彼は今日も地下闘技場の敵として、挑戦者に立ちはだかる。

 ヘスティアが望むだけの力を持つ者たちが、いずれこの場所に辿り着く日まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る