威嚇射撃

 ローラーダッシュで進むワーカー。速度は彼の知っているワーカーの非ではない。

 イェルドはシルエットの訓練を受けたことはあるが、座っているだけというのは初めての経験だった。


「百キロ以上出ている?」


 シルエットのローラーダッシュは歩行者安全のためだと言われている。

 施設内だと八十キロ以上の速度を出すことはまずない。万が一転倒した場合、大変な事故になるからだ。


『速度感ないよね。三百キロぐらいかな』

「そんなに?!」

『早くI908要塞エリアに戻らないとね。君がお腹が空いて倒れちゃう前に。コックピット内にも生成した水があるから飲むといいよ』


 改めて指摘され、顔が真っ赤になるイェルド。

 レーションが尽きて、草などいつまでも食べていられない。時間の問題だった。


『おっと。レーダーに敵機発見。たぶんこいつらもならず者の類いだね。戦闘も面倒臭いから、迂回しちゃおう』


 レーダーに目を通すと、輝点で敵機が表示されている。


「二百キロ以上先ですよ? これワーカーですよね?」

『うん。ただのワーカー。I908要塞エリアにある母艦とリアルタイム接続しているから、半径500キロ程度の動きなら把握可能だよ』

「バーン…… あなたは何者ですか?」

『何者でもない、といいたいけど。この表現はウーティスになっちゃうね。まったくあいつのせいで目覚めたんだから』

「ウーティス? 尊厳戦争で死んだ英雄ですね」

『あはは。あいつは生きているよ。あんなの茶番に過ぎないから。イェルドの夢を壊してごめんね!』

「そうですか……」


 そう返事をすることが精一杯だったイェルド。

 バーンは尊厳戦争の英雄をあいつ呼ばわりできるほどに、格が高い人物なのだろう。


「武装集団らしき部隊。うようよいるな。また僕達の防衛ドームみたいに、獲物を探しているのか」


 パイロクロア大陸では不思議でもない。アンダーグラウンドフォースがそのまま略奪集団にまで堕ちるなど、よくある話だ。


『そうよね。放置しすぎるってのも癪かぁ』


 バーンも武装勢力には思うところがあるようだった。


「といってもワーカーですし。先を急ぎましょう」


 カラーリングは奇妙でも、よくあるワーカー。掘り出し物なら30ミナもあれば買えるシルエットである。

 型落ちとはいえ武装集団が用いる戦闘用シルエット相手に敵うわけがなかった。


『避けて通ることもできるけどかなり遠回りになるね。そのライフルで威嚇射撃しちゃえ』

「あまり威力があるようなライフルには見えないですが……」


 この奇妙なワーカーが持つライフルは、砲口が大きいとは言えない。


『そうね。だから威嚇よ。警戒して移動してくれたらいいだけだから! 撃ち逃げしよう!』

「わかりました。とはいっても周囲に敵はいませんが」

『三十キロ先にいるでしょ? 飛行してそこにどーんと一発撃ちなさい』

「飛行できるんですか? このワーカー!」

『余裕余裕』


 どうやらこのワーカー、見た目は知っているワーカーにも関わらず中身は別物のようだ。

 イェルドは思いきって操作し、飛行に移る。


「うわぁ!」


 ワーカーは離陸したかと思うと、あっという間に高度をあげた。このような機動性を持つとは想像できなかったイェルド。


「でも見下ろす形なら狙い撃てる…… って照準距離半端ないぞ。このワーカー」


 何から何まで次元が違う性能。


「えい!」


 武装勢力の指揮官らしきアルマジロとその周辺にいるベアに向かって計三発発砲する。

 武器も別次元だと思ったのだ。


 その予感は見事に的中し、レールガン砲弾とは比較にならない粒子ビームがアルマジロを襲う。

 大爆発が起き、アルマジロの上半身部分が吹っ飛び、ベアは跡形もなく飛び散った。


 遅れて響く轟音を、イェルドが搭乗するワーカーのマイクが拾うことはない。

 耳を塞ぎたくなるような、壮絶な爆発であった。


「敵襲か?」

「どこからだ? まずい。逃げろ!」


 謎の襲撃に狼狽える武装勢力は、蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。


「威嚇って言いましたよね?」


 もはや狙撃ともいいがたい。必殺の攻撃である。

 ワーカーのMCS内には微妙に気まずい雰囲気となった。


『……威嚇にはなったよね! おっけー!』


 どうやらバーンにも想定外の結果だったようだ。


「おっけー! じゃないですよ。一撃で爆散しているんですが……」

『連中も荷電粒子砲が飛んでくるとは思っていなかったようね! ざまあみなさい!』


 勝ち誇った声で宣言するバーン。


「え? 荷電粒子砲って……」


 ネメシス星系でもおとぎ話で聞いたような、伝説の兵装だ。


『そのライフルで射撃可能な荷電粒子は光速には近くないし小口径だから。そんなに威力はないよ。この距離ならブラッグピークで減衰なんて問題も起きないから安全に牽制できるね』


 光速に近くはないといっても発射から着弾までの誤差はほとんどない。


「牽制? 装甲の厚いアルマジロの上半身が吹き飛んでいるんですけど……」


 初めて人を殺してしまったイェルドだが、実感はない。おもちゃのように吹き飛んでいた。


『この時代に製造されたシルエットは柔らかいよねー』

「そういう問題じゃないですよ!」


 平然としているバーンに目眩を覚える。

 携行可能な荷電粒子砲など火器などアシア大戦でも聞いたことがない。

 しかしイェルド自身、武装勢力に同情はない。むしろ亡くなった知人の顔が脳裏をよぎる。

 むしろ晴れやかな気分になった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 イェルドを乗せたワーカーは武装集団を退け、威嚇射撃から一時間後にはI908要塞エリアに入場できた。

 シェルター内は頑丈に閉ざされており、内部は全面改装中といった様相を呈している。


「うわぁ」

『この中は絶対安全。そしてようこそ。住人第一号君!』

「ぼくが初めての住人なのですか?」

『そうよー。物騒なサイボーグはいるけど私はアレを人間扱いしていないしね』

「サイボーグ……?」


 聞き慣れない単語を口のなかで反芻するイェルド。

 ワーカーは市街地中央の管制タワーに到着した。


 眼下にはにこにこと笑っている、美しい女性がいる。

 穏やかな顔付きの女性は明るい赤胴色。燃えるような赤髪レディシュに目を引く。そして服装は古代人のようなドーリス式のキトーンを身にまとっている。


 ワーカーから下りたイェルドは、彼女に対して深々と頭を下げた。


「助けていただきありがとうございました。バーン様」

「ちゃんとお礼がいえて偉い! よくきたね。歓迎するよ。でも私、ちょっと寝過ぎててね。あまり今の時代に詳しくないんだ」

「やはりバーン様はアシアのような超AI……?」


 生きている人間にしか見えないが、これはアシアが投影するビジョンと同じ類いのものなのだろう。直接は見たことはないが察しはついた。


「そうだね。バーンは偽名。本当の名前はヘスティアっていうんだ。知ってる?」

「超AIのヘスティア!」


 ギリシャ神話はネメシス星系の必須科目といっていい。その名はイェルドも知っている。


「実在したんですね! 十二神は開拓時代にすべて破壊されたと聞いたことがあります!」

「私は元十二神だから助かったようなもんだね。あとそれほど大げさに驚かれると照れるなぁ」


 恥ずかしそうに、嬉しそうに頬をかくヘスティア。

 モチーフとなった女神の名を知られていることが嬉しいらしい。


「よし。君。イェルド君。まずはご飯を食べよう。色々手伝ってくれると嬉しいな!」

「この命、御身に捧げます」


 眼前の女性がヘスティアであることを疑わないイェルド。

 ヘスティアは慈悲深い女神と聞いている。アシアに見捨てられた地、パイロクロア大陸で慈悲の手を差し伸べるとすれば彼女ぐらいだろう。


「大げさ大げさ! 命は大事だよ!」


 それだけいって、ふと考え込む。


「そうだね。命は大事。君にはこのパイロクロア大陸を駆け巡ってもらって、自分と同じような境遇の子供をこの場所につれてきて欲しいんだ」

「ぼくのような人間の力を借りなくても……」

「それは誤解! 私はこの要塞エリア内ではとても強い権能を発揮できるけど、外ではさっぱり。MCSと同じで何かを為すには人間の意思が大事なんだよ。人間が存在してこそ、超AIなんだから」

「なるほど。わかりました!」

「でも君はまずご飯ね。レーションしかなくてごめんね」

「とんでもありません!」


初めての住人であるイェルドは質素な食事ながらも歓待された。

 そして翌日、大事件が起きるのだった。


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