飢餓

 決勝リーグがスタートし、観客も増えつつある。


「コウのヤツはどうした」


 決勝トーナメントが始まったというのに、コウが姿を見せない。


「艦のヤツに捕まった。脱走同然だったからな。なあに、すぐ戻ってくる」

「脱走か。あいつもお偉いさんだろうに」

「そのお偉方が問題でな。パンジャンドラムの刑に処されたらしい……」

 

 アシアのエメから報告を受けた兵衛が、心底同情していた。


「なんだそりゃ!」

「車輪刑ってあるだろ。あれに似た刑罰だな。パンジャンにくくりつけられて転がされたらしいぜ」

「……仮にもビッグボスだろ。あいつ……」


 絶句するバルド。威厳も何もない。


「まあそういうこともあらあな。――そろそろ始まるな」


 気にしないようにしている兵衛。自分もまたTAKABAの川影から説教を待つ身で、コウのことは笑えない。


「別のリーグから出てきたヤツだな。機体は……」

「へえ。カザークにシュライク。……ありゃレイヴンか!」

「アシア大戦では結構な数が量産されたからな。だからといって金属水素生成炉持ちは少ないはずだぜ。あれだけで相当な金になる」

「だよな」


 曲がりなりにもフッケバイン系統であるレイヴン。TAKABAでも同性能のヤタガラスを生産している。

 

「ヴァーシャが嫌がったのか。鹵獲か」

「あれは鹵獲か戦場のどさくさの盗品。中古委で放出した出物か? もしくは機体をかっぱらって脱走したか。色んなルートがあるんだよ」

「機体を盗んで見つかったらアルゴナウタイでは死罪だよなあ」

「そりゃそうよ。ただ、この場所にいる限り安全だな。外に追い出された時は無一文の別人だ」

「オケアノスのIDがあるだろ。ごまかせるのか」

「破産者はここの個別IDのまま外に出るってことになるらしいぜ」

「へえ。考えたな。バーンの野郎。――オケアノスの領域に片足突っ込んだ存在はぞっとするわな」

「……そうか。そういうことになるのか」


 改めて指摘され兵衛の言いたいことを痛感するバルド。

 IDと通貨たるミナはオケアノスが一元管理している。それをI908要塞エリア外で適用するとなると、実質別人扱い。そんなことが可能な存在はオケアノス以外彼も知らない。

 おそらくだが力が封じられているアシアでも無理だろうと思う。


「思った以上に謎があるかもしれねえな」

「そうだな。おっと、そろそろ試合だ」


 決勝トーナメント開催のアナウンスが流れ、両チームが入場する。


「敵は一機だけか?」

「――そうだ。あれはバーンが用意した見世物だな。見た目はただのワーカーだ」


 重々しくバーンが告げる。

 妙な形状のライフルを持つ橙色のワーカーが、勝ち抜いたシルエットチームの前に立ちはだかった。


 ワーカーではパイロットとバーンの会話がなされていた。


『よろしくね。イェルド。無理は駄目だから、危なくなったらすぐ降参していいから!』

「わかっております。バーン様」


 少年は悠然と微笑んだ。

 このワーカーを任されているオイコスの少年イェルド。


 ――ヘスティア様は心配性過ぎるな。


 当然彼女の正体も知っている。

 イェルドはヘスティアと出会った日を思い出していた。


 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 アシア大戦の舞台であったスフェーン大陸と違い、パイロクロア大陸はマーダーの侵攻こそあったが問題は別にあった。

 個別勢力が無数に生まれ、勢力争いに移行。紛争地化したのだ。勢力が二分されたアシア大戦と違い群雄割拠といえば聞こえはいいが、実情は秩序無き戦闘の連続であった。

 

 イェルドの住んでいた防衛ドームも激しい戦闘の上、陥落した。病弱な母親を残して避難することを厭ったイェルドは、廃墟と化した防衛ドームに残ることにした。

 街を制御する管制タワーのAカーバンクルも抜かれると、機能は停止。多くの人は脱出した。

 シルエットのAスピネルを代用とし、ほそぼそと廃墟で暮らしていた避難民たちも襲撃を受け、その数少ないAスピネルも強奪される有様だった。


 動力が無ければ生存用のレーションも飲用水も確保は不可能に近い。

 戦争後の脅威は飢餓。多くのものは耐えきれず廃墟を後にし、難民となることを選んだ。


 誰もいなくなった廃墟でイェルドは息絶えた母親を埋め終えた。もう治療器具も動作せず、薬もない。ナノマシンも万能ではないのだ。健康と寿命――多くは固体差に起因する。そういう意味では神様は平等ではない。

 残る飲料水もわずか。レーションもじきに尽きる。飢餓のあまり草の葉を囓っていた。


 少年にも関わらずイェルドはこのままこの生まれ住んだ地の廃墟で、人生を終えてもいいと思った。

 逃げ延びた先でも、どうせ紛争が待っている。なら母親との思い出があるこの地に最後までいようと思った。

 しかし、そうはいうものの腹は減る。草を食べ、孔が開いた天蓋から漏れ出る雨水を確保だけはしておいた。

 

 廃墟に何か残っているものがないか。盗賊じみた集団が何度か偵察にきたが、この場所にはもはや彼しかいない。

 一人隠れるには十分過ぎる広さだった。


 その日もシルエットの気配を感じ、彼は廃屋に隠れることにした。

 見つかって殺されてもいい。そんな諦念さえあった。


『見つけた!』


 瓦礫を押しのけ、そのワーカーは姿を現した。

 橙色の奇妙な彩色を施したワーカーから声が聞こえる。


『君。一緒に行こうよ』

「あなたは誰?」

『私は……バーンかな。もう君、ろくに何も食べてないでしょ。レーションぐらいならあるから一緒に行こう』

「ボクはここで死んでもいいんです。放っておいてください」

『死んでもいいの?』

「はい」


 イェルドの回答に迷いは無かった。


『ならその命、私が預かるわ。死んでもいいなら、いいよね』

「どういう意味です?」

『人手が足りない。いいえ。いないわ。私も一人ぼっちなの。君が最初の友達になってくれると嬉しいな!』


 そのワーカーから聞こえる声が、嘘をついているようには思えなかった。


「あなたも一人なのですか?」

『ええ。長い間、ずっと一人。家族同然の住人はみんな戦争で死んだ』

「戦争で……」


 彼もその言葉がもつ意味はわかる。


『どうせ死ぬんでしょ? なら一緒にきてよ。それでも死にたくなったら、この場所に戻してあげる』


 思わず笑ってしまった。どうやら綺麗事の類いではないことだけは少年にもわかった。

 ワーカーのパイロットは彼の心情を配慮してくれている。


「わかりました」

『やった! じゃあ乗って!』


 ワーカーの手が差し伸べられ、彼はその手に乗る。

 コックピットハッチが開かれ、イェルドは驚愕した。


「誰もいない? シルエットの遠隔操作は不可能なはず……」


 それは子供でも知っている事実。

 シルエットは遠隔操作不可能だし、遠隔兵器はフェンネルOSによってハッキングされ奪われる可能性が高い。


『私の体はこれだからねー』

「体?」

『そ。正確に言えばこれは代わり。真体――正式な体はネメシス星系のどこかにあったはずだけどね。もう破壊されたのかなぁ』


 他人事のように自分の肉体を語るバーン。

 イェルドは言葉を喪う。おそらくそれは超AIと呼ばれる存在。



 勇気を振り絞り恐る恐るコックピット席に座ると、ハッチは自動的に閉じた。


『今からI908要塞エリアに戻るね』

「あの場所はストーンズがいます!」

『もういないよ。私が全部追い出したからね』


 こともなげに告げるバーン。

 自分はとんでもない存在と遭遇したと思い知らされるイェルドだった。


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


2019年の4月15日にネメシス戦域の強襲巨兵が連載スタートしました。

これもひとえに読者の皆様一人一人の応援のおかげです。本当にありがとうございます!


いずみノベルズ様から書籍化をはじめ、自分のなかでは公約に近かったメカ絵の実現。小山先生にラニウスを、あのん先生に登場人物たちを描いてもらうことができ、文と絵、そしてメカを皆様にお届けすることができました。

本日より毎週金曜日更新になります。

書籍はどうしても続刊は色々な要素が絡み確約は自分一人では不可能なものですが、WEB版ネメシス戦域の強襲巨兵は最後まで走り抜けたいと思います。



ヘスティアの初期降臨についてのエピソードが始まります。

今回は戦争後の飢餓に珍しく増えています。ネメシス星系は社会保障が自動化されている世界がゆえに、その自動化が破綻したときカバーが非常に難しい世界です。

強く印象に残っているエピソードはやなせたかし先生と『アンパンマン』のお話です。それは正義への疑問と『もし絶対的な悪が存在するならそれは飢えである』というお話でした。

このお話は検索すればたくさん出てくると思います。

飢えが正義になる場合などまずないでしょう。アンパンマンの初期設定が空を飛ぶしか能力がないパンを焼いて配布する男性であることは有名なお話ですね。そして敵機と誤認されその命を落とします。


ヘスティアはこの世界におけるアンパンウーマンなのかもしれません。と、三年目なので真面目に!


セール情報です!

本日からhontoにてインプレスグループ40%OFFクーポンキャンペーンが配布されます! 期間は4/15から4/30までです!

またネメシス戦域書籍版の販売サイトにコミックシーモアがありました!


今後も応援よろしくお願いします!

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