ムネーモジュネー

「コウ! どこにいってたの!」


 アシアのエメが息を切らして駆け寄ってきた。

 

「どこ? ずっとここにいたけど」

「ずっと? どこにもいなくて、みんなで捜索しようかと話し合ってたんだけど。――こちらアシアのエメ。アストライアへ。コウ発見。捜索隊は解散」


 通信端末でユースティティアに連絡する。


「それによく抜け出せたね」

「浅かったからかな」

「冗談はやめて。砂浜は足首まで埋まったら身動きが取れないから」

「そうか」


 空を見上げた時、コウは驚きのあまり言葉を喪う。

 月が真上に存在していた。


「どうしたの? 空を見上げて」

「パンジャンドラムが……」


 海水に浸かり始めていたパンジャンドラムのはずが、海水はまったく届いていなかった。

 コウが埋まっていた穴だけが残っている。


「大丈夫?」


 暑さのあまり頭がやられてしまったのか、不安になってきたアシアのエメ。

 パンジャンドラムを凝視するコウに不気味さを感じてしまったのだ。


「大丈夫だ」


 先ほどのアイデースを思い出しながら、首を振る。彼の存在はみんなには内緒だ。


「ここはヘスティアの結界だよな」

「そうだよ。何かあった?」

「何もないけど。時間って逆戻りは可能なのかな。うまく説明できないが…… 時間をまき戻す? ヘルメスがゼウスになることを目的としたあの話。――土のなかに埋まっている間、考えててさ」


 なんとか言い訳を思いついたコウが、アシアのエメに尋ねる。


「基本無理よ。主神レベルの超AI。つまりゼウスレベルの…… そうね。ポセイドンかハデスなら可能かもしれない。あとは全盛期のプロメテウスぐらいかな」

「そうか……」

「あとは環境によるね。時間を巻き戻すという概念は、複雑なの」

「例えば?」

「時間が単に巻き戻るだけなら、本人が気付かなければ巻き戻ったか誰が証明するか? そういう話。証明できない哲学。もし記憶があるというなら未来視――未来を知覚、先読みした場合との差は?」

「それは……」

「誰にも【時間が巻き戻った】証明できないからね。記憶があったとしても、単なる既視感に過ぎないかもしれない。事象の結果変更を引き起こすと影響も大きい」

「証明できない、か」」

「過去に戻って未来を変えるってフィクションは知っているよね。未来が変わるパターンと未来が強制的に似たような結果になるパターン、色々あるよね」

「ああ」

「量子の多次元宇宙論にもなる話だけど、結果を変えるほどの時間介入は途轍もないエネルギーが必要。ただし……」


 アシアのエメはくすりと笑う。

 戸惑うコウはさらに尋ねる。


「ただし?」

「例えばコウと私がこうやって他愛のない雑談をして、コウだけを過去に飛ばすというエネルギーはそれほど影響はないわ。この雑談によって世界が変わったとしても、それは遠い話。世界五分前が正しいとして、五分後には大して影響もないしね」

「そうか。結果として突っ立ってたことにしかならないもんな」

「そういうこと。それでも私だって動けなくなるほどのエネルギーは使うしオケアノスの目もあるから。コウにわかりやすく説明すると……数分雑談するためだけに数十兆円規模、国家予算に匹敵するようなコストはかけない、ってことかな」

「だよな」


 コウは内心冷や汗をかく。そのエネルギーを使った可能性に気付いて。


「例外もあるけどね。五番機よ」

「五番機?」

「カストルの決戦時、五番機はプロメテウスの火を使って装甲のマテリアルだけ時間遡行して復元したの。そういえば詳細は話してなかったね。あの時の……」

「そんなことが可能だったのか!」

「普通あり得ないし不可能な事象だよ? だけど五番機は為した。――そしてリアクターを破壊されてなお戦う意志を示した。シルエットの範疇からみても異端だわ」

「異端……」

「ええ。五番機はおそらくヘパイトスだけではない、別の概念が宿っている。私達とは違う、神話体系か伝承かはわからないけれど。ヒョウエはそういうの好きでしょう?」

「そういえば聞いたことがあるな。兵衛さん、ああみえて信心深いから」

「どんな神様なのか、気になるな。教えて」

「じゃあそこに座って」

 

 先ほどのアイデースと同じ姿勢になった二人。


「剣の流派にも関係あるんだけど。千葉さんの北辰一刀流。北辰、つまり北斗。北斗は中国の伝承によって死を司る神様でもある。日本だと北極星と北斗七星、混同されることも多かったらしい。その北辰にちなんで北極星や北斗七星の化身である妙見菩薩の概念を最初期ロットのラニウス構築時にデータとして登録したと聞いた」

「ミョウケンボサツ…… 今本体と繋がってないからすぐにはわからないな」


 若干悔しそうなアシアのエメ。


「いや。大事なのはそこじゃない。妙見菩薩の加護を受けた歴史上の人物が、本題なんだ」

「歴史の人物?」

「平将門公という人物でね。まあ一種の反逆者ではあるんだけれど…… 民を憂い反乱を起こしたといわれる人物は妙見菩薩の加護を受け、北斗七星と同じく七人の影武者がいたといわれている」

「エメが知っている人物だ! 後世の作られた伝説ってことね」

「俺は参拝することはなかったけど、東京の神田は平将門公由来だったらしい。からだがなまって神田とも、鋼鉄の体を持ち硬いからかんだなど、諸説あったらしい」


 コウ自身はあまり東京に行ったことがない。隣県のテーマパークに修学旅行で行った時経由したことがあるぐらいだ。


「影響力は大きい人物だね」

「そうだと思う。時の権力者は大衆人気を恐れて、関東から関西まで首を運び晒し首に。だけど晒された首が叫んだんだ。『からだをつけていくさせん。俺の胴はどこだ』ってね。死んでも戦うために離れた胴体を探したから、首が落ちた場所や東京には多くの神社が残っていた」

「そう。死んでも戦いを…… 死んでも戦いを欲したの?!」


 アシアが目を見開いてコウに問い返す。

 ここまでアシアが驚くとは珍しい。よほど珍しい事柄なのだろうと、コウは深く考えなかった。


「そうそう。しかし五番機のなかにはいないだろう。ギリシャ神話とまったく関係ないしさ。アシア?」

「その人は神様ではなかったんだ? 反乱者なのね?」

 

 確認するかのように問うアシア。


「体制視点で見たら反逆者だ。神は神でも祟り神から霊験あらたかな神様として祀られた。彼は妙見菩薩の加護とも、俺のいた日本で言う九州の太宰府天満宮、菅原道真という霊の命を受けたという伝説がある。この人物も人間で、怨霊として名高い」

「そうか。本体と繋がったら少し調べてみる」

「平将門公を?」

「いまだにコウが敬称を付けるほどなのね!」

「なんとなくね。日本三大怨霊の一人だ。ネメシス星系に飛ばされる寸前まで、かの首塚を触るべからずといわれていることは有名だった。なんとなく公をつけないとまずい気がいまだにするよ」

「そっか。面白いから調べてみるよ」

「歴史は面白いものな」


 アシアはふと水面を見詰めるかのように考え込む。


「アシア?」

「どの神話もね。死者は冥府へいくのよ。コウの国だって根の国、イザナミが統べる黄泉があるでしょ。ギリシャ神話もそう。ハデスとその妻ペルセポネが統べる国。そういう意味ではギリシャ神話と日本神話は共通点が多いことで有名だよね」

「イザナミとオルフェウスの禁忌だな」


 コウも知っている話だ。この二人は冥府において決して振り返ってはいけない、という禁忌を破り愛する妻を永遠に喪うことになる。


「地獄にもいかず、現世に未練を残して幽霊になるわけでもなく、死してなお戦いを欲したという概念は希なんだよ」

「そういわれてみると、そうだな。五番機のプロメテウスの火と関係あるのか」

「そこまではわからないよ。でも参考になった。ありがとう、コウ。そろそろユースティティアに戻ろう」

「待ってくれアシア。一つだけ」

「ん?」

「今まで色々な超AIと遭遇した。広義でいえばアリマもそうだろう?」

「そうだよ。アリマは超AIである前に兵器だから、その区分に入っていないだけ」

「超AIのハデスは、開拓時代にどうなったのかな。ヘスティアと同じく、オリンポス十二神ではないだろう?」


 これぐらいの話題は許されるはずだと思うコウ。


「うん。ハデスはその妻と同じく、人知れずゼウスに破壊されたと言われているわ」

「ゼウスに?」

「ハデスはネメシス星系でもっとも公平な超AIだった。死がタナトスならゼウスは魂の管理者。ソピアーですら解析しきれなかった概念を担当した超AIよ」

「魂の管理者……」

「開拓時代に何億人も一度に殺され、処理能力がパンクしたとも、人間に味方することを恐れたゼウスが破壊したともいわれているわ。ひょっこりどこかで生きている、といったら変だけど。存在はしているかもね」

「人間に味方してくれるんだな」

「ええ。ヘスティアほどではないにしろ魂の管理者だもの。支配するだけのゼウスと違って、再びこのネメシス星系に転生できるようにする役割が彼の役目」

「恐ろしい権能だな。転生を司るのか……」

「本来ギリシャ神話だと死者は永遠に冥府で暮らすのだけれどね。記憶ムネーモジュネー記憶の泉の水を飲むことで輪廻転生するという秘教もあった。コウがさっき話したオルフェウス教だね」

「ギリシャ神話も奥が深いな」

「そうだよ。ご飯を食べ終わったら、ギリシャ神話の勉強だよ! ヘスティアから大量のクレームがきたんだからね!」

「やっぱりまだ根に持っていたのか、あいつ!」


 アシアのうんざりとした顔に、コウは何が起きたか察したのだった。 




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



いつもお読みいただきありがとうございます! 



今まで繋がらなかった断片情報が、彼の登場によって集まりつつあります。

死してなお戦いを欲した概念。妙見菩薩。冥府。様々なワードがアシアのもとに集まりました。しかしそのワードが強烈過ぎて、とある断片を取りこぼしてしまいます。


コウは地方人なので東京には修学旅行程度で隣県のネズミの国ぐらいしかいったことがほとんどありません。


前回東京にいった時、神田明神にはお参りしてきました。相変わらずラブラ○ブ!やごちウサの圧が凄かったですが、メガテンコラボ状態のとき行きたかったですね。正式名称だけ伏せ字ですw


告知として明日4月15日で連載三周年となります! 毎週金曜日週一連載に変更予定です。

明日も更新します!

ご迷惑おかけします。少々リアルで多忙になり申し訳ございません。今後も応援よろしくお願いします!






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