紛い物
観客席は歓声に包まれ、三機のシルエットは場外へ移動する。
「物足りねえなぁ」
ぼやく兵衛にバルドも苦笑する。同じ思いだからだ。
「ウサギ枠ってことだ。猛獣枠はあるんだろうなァ」
「あるぜ。あいつらがな」
「バルバロイか。対策を考えないとな」
コウがプロメテウスからの情報を思い出す。
完全に機械化されたサイボーグ。そしてそれらのみが操縦可能なスプリアス・シルエット――バルバロイの言葉でテウタテスだ。
「考えてもしゃーないぜ。シルエットとは見た目も違う。二回りは大きいな」
「的じゃねえか」
「そうでもない。運動性は高いし装甲は厚い。あとはな。アベレーション・シルエット。いや、お前らのクアトロ・シルエットに近いな」
「なんだと……」
バルドの言葉に、今まで以上の衝撃を受けるコウ。
「腕が四本とかありえるか? 無理だろ。どうやったらファンネルが動くんだよ?」
「腕が四本?! 無理だろそりゃ!」
「動いてんだよなあ、それが」
コウの脳裏にプロメテウスの言葉が蘇る。
紛い物――〔スプリアス・シルエット〕をね。フェンネルOSは搭載されていない、無骨な十二メートルサイズのシルエットに似た何か。
「そいつらの試合はみれねえのか!」
「試合までは無理だな。バーン直轄で通常試合には出場しない」
「興行用人材か」
脳まで機械化しているのでオケアノスからは人間扱いされていないというバルバロイ。
しかしのせいでヘスティアの管理下になってしまった。
「どうメタを張るかだが…… やることは変わらないか。近付いて斬るしかない」
「そりゃそうだ」
「俺達はわざわざ変更するほどの武装は使っていないからな」
「このメンツではよほどの凄腕を集めないとな。ヴァーシャの百人抜きよりハードルは高そうだぜ」
「そうかもな」
コウも思う。例えば兵衛とバルド。そして自分では無くヴァーシャだとしたら?
確かに自分でも有象無象相手の百人抜きを選ぶかもしれない。
「そうですね。兵衛。そしてコウ君」
兵衛の体が思わず震える。
地獄の底から聞こえるような怨嗟の声。
「ク、クルトさん? どうして!」
クルトはきっと青筋を浮かべているのだろう。手に取るようにわかる兵衛だ。
「我々エイレネに搭乗してはI908要塞エリアに向かっているのです。バーン殿の好意で通信を繋げてもらいました。ええ。試合は拝見させていただきましたよ」
好意ではなく悪意の間違いだろうとコウは思う。
明らかにクルトは怒っている。除け者にされたからだ。
言外に、どうして自分に声をかけなかったのか責めている。
しか別の言葉に引っかかる。
「我々とは……」
「キヌカワを除くA級構築技士ですよ。バーン殿に招待されましてね。――このような催しものがあるとはどうして報告しないのです。補講は覚悟しなさいコウ君」
返す言葉もなく無言のままのコウ。クルトは本気である。
「今回の本戦とやらにはもう参加できそうにないですが、闇試合は私も参加します。では」
一方的に通告され、通信が途切れた。
「……お前らも色々あるんだな」
バルドに同情された。
「そういやニソスの報告書はまだだったな、コウ君」
「いや闇試合なんて実際に体験しないと書きようがないじゃないですか…… 今回が初試合ですよ」
弱々しく抗議するコウ。
「しかしバーンがA級構築技士を呼んだとするとまずいな」
バルドは別の懸念が浮かんだようだ。
「どういう意味だ?」
「ヴァーシャの旦那も向かっているかもしれねえ。最悪……もっと上のお方も」
バルドが畏まる相手など一人しかいない。
「さすがにそれはないだろう。ないと信じたい」
「バーンめ。何を企んでやがるんだ!」
今更ながら兵衛はバーンの手際の良さに恐怖する。
「そろそろユースティティアも到着するか」
――みんな怒っているかな。
コウはそれだけが気がかりだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
宿舎に戻るとヴォイとヘスティアがいた。
ヴォイがつぶらな瞳で丸まっている。
「おい! ヴォイ! どうした。ヘスティアに何かされたのか!」
「失礼なことを言わないでください! 伝言をお預かりしたので。お伝えしたら震えて怯えだしたのですよー」
ヘスティアが邪気に満ちた無邪気な笑みを浮かべている。コウにはそうとしか思えなかった。
「今度は何を企んでいる!」
つい先ほどまでパンジャンドラムと戦わされたばかりのコウが警戒する。
「企んでいるなんてそんな。エンプティ様にはアシアのエメ様とフェアリー・ブルー様からの伝言ですよ?」
「な……んだと……」
「勝利おめでとうございます、とのことです! 彼女たちは今日からグラビア撮影に入ったようですね」
「グラビア撮影?!」
何も知らなかったコウが驚愕する。計画はあった。しかし――
「もう終わりだ。覚悟を決めようぜコウ。アキやにゃん汰も撮影に入ったらしい……」
ヴォイは無邪気な瞳のままコウに語りかける。何かを悟ったようだ。
彼女たち。それはアキとにゃん汰をブルーによって巻き添えを受けたのだ。そしてブルー当人はコウを理由に強制的な撮影だったに違いない。
「ヴォイ。戻って来い! 殺されたりはしないはずだ!」
「私の伝言がよほど聞いたようですね!」
「どんな内ようだったんだ!」
「アキ様からの伝言です。熊鍋って臭みがあるから美味しいですよ? です」
「落ち着けヴォイ。アキはお前を実際に食うほど飢えては居ないはずだ!」
「コウ。お前は知らないんだ。喰いたいぐらい怒っているってこった。激怒したアキは怖いんだ……」
ぷるぷると震えるヴォイに、コウはアキの知らない面を垣間見た気がした。
「合流時刻と場所のデータは送っておきました。――忠告ですが、遅刻や逃亡はしないほうが身のためだと思いますよ?」
「わ、わかった……」
「はい。では再会が楽しみですね!」
そういってヘスティアは消えた。
その場に残されたコウと震えるヴォイはただ呆然とするのみであった。
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