ローカルカレンシー

ヘスティアはコウと同じ内容を三人に伝え終えた。


「地殻津波、ブラックホールによって覚醒したヘスティア。そしてストーンズの侵攻を受けている現状に気付き、パイロクロア大陸の惨状、孤児や避難民保護のためお金ミナが必要だったということかな」

「三惑星そのものがこんな非常事態になっていると思わず。正直な話リュビアに関しては関わりたくないですね」


 アシアのエメはヘスティアの説明を反芻した。

 彼女の狙いは理解する。しかし、その手法はあまりにも遠回りではないか、と。


「地獄の沙汰も金次第。人間が生活水準を落とす時。それは強制的な環境変化に伴うもの。それこそ長引く天災や戦争などでしょうね」


 ヘスティアはため息をついた。ビジョンでもため息ぐらいするのだ。

 神の名を冠する超AIといえど、争いを無くすこともできなければ、すべての人類を幸福させることなどできないのだ。

 超AIの役割はネメシス星系の運営だ。そのためなら邪魔する人間の排除を試みる超AIとているだろう。


「かのギリシャ神話十二神級の超AIならもっととんでもないスケールで何か出来そうな気もするのですが」


 フユキが当然の疑問を口にする。


「それはないですよー。超AIは基本、モチーフにしたギリシャ神話の神々に縛られます。その権能もです。とくに逸話がないヘスティアなんて何もできないのですよー」

「相当怒ってらっしゃるようですね。コウには再教育を施します」

「私からも一言いっておくね……」


 ヘスティアから延々と恨み言を聞かされた二人が、約束した。言葉にしたのではない。

 現在ヘスティアはエメとフユキ基準で会話しているが、その裏では高速通信による怨嗟の声ともいうべき恨み言を延々聞かされ――受信していた二人だった。


「そこはお願いしますね。――オンパロスストーンは知っていてヘスティアを知らないとか偏っているどころじゃありません。ちゃっかりオーディンは知ってるのに!」


 ひとしきり怒りを二人にぶつけたあと、ヘスティアは気が済んだのか話題を変える。


「ではI908要塞エリアのオープニングセレモニーの話をしましょう」

「事業計画の提出ありがとうございます。ざっと拝見させていただきました。――表の闘技場であるアンフィシアター開催。同時に闇試合によるパライストラ決勝リーグ開催。夜にはアンフィシアターでフェアリー・ブルーのコンサートもあり、リゾート宣伝用も兼ねたフェアリー・ブルーグラビア写真集記念発売一冊1ミナ。よくこれだけのイベントを同時に計画しましたね」

「ニソスがいなければ不可能でしたね。コウもほいほいとやってきましたし!」

「実質人質だったよね?」


 アシアのエメは容赦なく切り込む。

「さらに開催期間ののスポンサー企業募集と、イベントの合間に新型シルエットの展示。アンフィシアターとパライストラの有償戦闘データ販売まで。どれだけの富を集めたいのですか」

「いやいや。まだ想定段階です。人が来るかはやってみないとわかりません。こういう時エイレネちゃんがくると力になってくれそうなのですが、あの子は費用よりはサプライズを優先しそうで。会ったことはないのですが」

「その通りの性格ですよ」


 エイレネを姉であるアストライアが断じる。


「現在I908要塞エリアで提供している兵器販売権を、トライレーム及びアルゴナウタイに解放するのですね。――兵器関税は高いですね。そして独自通貨構想ですか。地域通貨ローカルカレンシーの導入とは」

「いよいよネメシス星系に税金の概念が投入されるのね」


 アシアが遠い目で呟いた。ソピアーが抱いた理想の終焉を見た気がしたのだ。

 超AIたちがいわゆる仕事を代行し、内需外需を内包する無人運行社会。仕事という雑務から解放された人間たちは文化や芸術、そして未知の分野への開拓に専念する。

 

 しかし現実は超AIが由来たるギリシャ神話に抗えず抗争し、ストーンズという精神の恒久化である。カレイドリトスは人間の進化を停止させるものである。


「惑星間戦争時代はやむを得ないとはいえソピアーが各勢力に資金供給していましたし。オケアノスはその轍は踏みませんよ。あれの半神半人が人類かどうかの話はさておき、人類同士の戦闘までは、オケアノスは面倒をみてくれませんからね」


 ヘスティアはこの点に関してはとくに意見はないらしい。惑星間戦争は一切関与していないからだ。


「私がいた日本でも無税国家を志す理念はありました。収益分配国家構想ですね。コウ君や私がいた国でも有名な実業家が提唱したのです。遠い未来で実現していたのですね」

「ネメシス星系の住人は無知、いえ無関心が過ぎます。無関心でいられたのです。関税もそうですが、平和を維持するために支払うべきものがあると知ってもよい頃合いでしょう。経済観念が未熟すぎるのです。I908要塞エリア以外に独自通貨を考えている組織はいないでしょう。しかし今後は違います。――だから私はI908要塞エリアの独自通貨ローカルカレンシーの発行を目指します」

「独自通貨か。思いきったことをするね」


 アシアがその発想の可能性を探る。

 オケアノスが管理しているミナはとくに問題はないはずだ。


「本来通貨とはその価値を国家や機関が保証するもの。金本位制なら、貴金属の金が。仮想通貨なら発行額に応じた現金を保有する必要があります。ではこの場所はヘスティアが保証するということですか」

「はい。主にアンフィシアター関連の賃貸業や副次産業で徐々に外貨を増やし、独自通貨を流通させます」

「この都市だけの地下経済用通貨発行なのかな?」

「I908要塞エリア外において価値があるようなものではありません」

「今でも物々交換の闇市場はありましたが。アンダーグラウンドな取り引きもI908要塞エリアに殺到するかもしれないですね。――いや、それが狙いですか!」

「ご明察!」


 フユキの推理にヘスティアはにっこり笑って肯定する。


「あなたがたトライレームもL451防衛ドームに似たようなことは命じたでしょう。資金、物流。そして人材。大きな流れを作るためには必須の要素です」


 L451防衛ドームを国家にしようと言い出したトライレーム。その運営はサポートするが、やはり資金や経済などの概念は避けて通れない。


「惑星アシアには経済に関する概念をさらに浸透させないと。転移者の皆様はさほど抵抗はないと思いますが、アシア人は違いますから。オケアノスと交渉してレート設定。せめてI908要塞エリアは自給自足の社会を目指すのです、私はこれをアゴラと名付けました。古代ギリシャによる、集会と露天のための広場を意味します」

「新たな経済体制の構築ならぬ概念の普及ですか。概念はアシア人もしっていると思うんですが、アシア人の独自通貨や市場概念への抵抗感は大きいでしょうね」


 フユキが苦笑してその意見を肯定する。転移者は地球から。日本のように中負担中福祉の国もあれば、米国のように福祉は自己責任であり高額な国も。北欧のように高負担高福祉、様々な国家がある。

 UAEにおける一部国家やブルネイのように資源国ならば所得に対する無税の国家は存在していた。


「ええ。ではまずアゴラの概念をお話ししましょう」


 ヘスティアの雰囲気が変わる。

 彼女の狙い。それが今から語られるということをその場にいる者は察した。

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