情報の対価

「ヘパイトスの残骸って…… 残っていたのですか?」


 ヘスティアにとってはよほどの想定外の出来事だったのだろう。ビジョンであるはずなのに声が震えているようにも感じる。


「あったよ。ポリメティスとアシアが名付けた」

「そのままだなー。アシア。で、何がどうあってその三柱が揃ったんです? むしろその三柱の協力体制が成立した経緯を想像すると目眩がします」

「ひょんなことから、か……」

「そんな曖昧な日本独自の単語で済ませないでください。説明を求めます」


 コウの雑な説明に、ヘスティアの目を吊り上げる。


「幻想兵器になったアナザーレベル・シルエットを修理したことがきっかけだな」

「アストライアやエイレネのデータには、幻想兵器のデータはアンティーク・シルエット最上級であるセラフィム級までしか登録されていません。――ッ! やられた。データ偽装はあちらが一枚上手だったか」


 超AIも舌打ちをするんだな、と感想を抱くコウ。彼の知らないところでアストライアもエイレネもしっかり仕事はしていたらしい。


「アストライアとエイレネが聞いたらさぞ喜ぶだろうな」


 元オリンポス十二神たる超AIさえ欺いたのだ。さすがの二柱である。


「しょせん超AIは神々の模倣に過ぎず、神様そのものではありませんからね。全知全能にはほど遠い。それにしてもリュビアで何が起きたか知りたい。アシア、データ共有してくれないかな」


 拗ねた表情を見せるヘスティア。よほど悔しいのだろう。


「俺はそのあたりは不干渉で通させて貰うよ。超AIリュビアを解放したとき、手違いでアナザーレベル・シルエットへデータ移行してしまってな。解決策が見当たらなかった。それでアリマとポリメティスがプロメテウスを召喚してくれたんだよ」

「なんという不穏な方法で解決しようとするのです!」

「三柱ともヘラを系譜としている逸話があるようだぞ。いわば兄弟らしい」

「――確かにありましたね。しかしその逸話は異端にも程があります。むしろこじつけに近い。スサノオとシヴァを一体化するようなもの」

「それは普通に有りじゃないか? 神仏習合は別に不思議じゃない」

「あなたは日本人の転移者でしたね。神と仏と仙人を分け隔て無く受け入れ、クリスマスと盆と正月とハロウィンを一緒にする民族に問うたほうが間違いでした」

「そうだな」


 コウも思わず笑った。初詣には行くし、葬式は仏教。クリスマスだって普通に祝うことぐらいはしていた。さらにいうなら日本は易や十二星座占いも溢れていた。以前にも同様のことを指摘されたことを思い出す。


「あの二人はヘルメス君というか、相変わらずオリンポス十二神へのヘイト高いですねえ。ヘパイトスも心情を察すると、その連合に加わってもおかしくはないかなとは理解します」

「鍛冶神ヘパイトスは天界から追放されたらしいな。その神様を模した超AIなんだから不思議ではないと俺は思うよ。他の神々とも不和だった逸話が多い。MCSになった今、もっとも身近な神様だろう」

「MCS――やはりそうでしたか。確証はなかったのですが。オリンポス十二神同士の争いが発生した時点では普及していましたよ。いつの間にか広まっていました。私もプロメテウスからワーカー生産権利もらいましたし。そのあとしばらくしてスリープ状態に入りましたが」

「スリープか。よほどの事情があったのか」

「戦乱を望む者はいません、といいたいところですが。人間を巻き込んでオリンポス十二神を模した超AI同士の闘争に辟易した、とでもいえばいいでしょうか。助けることが可能だった命を見捨てたことには変わりません」

「ヘスティアが参戦したところで、十二神同士の争いやテュポーンはどうにもならないだろ?」

「その通りとはいえ、何もしない理由にはなりませんからね。――私は何か、 、 を為そうとし、そして奪われた存在でもあるのです。今回はその反省のため目覚めました」

「奪われた? 不穏だな」

「いずれ明らかになりますよ。あなたが聞きたいことは?」

「俺がヘスティアを呼び出した理由を話そう。――ヘスティアの目的がまだ見えない。人々を救うために金が必要という理由は信じている。しかし、それ以外に何かあるだろ?」

「ありますよ。でも言えないんです。AIは基本嘘をいわないで」


 にっこり笑ってコウの追求を躱すヘスティア。


「基本だろ? 想定された計画の範囲内にあるのなら嘘はつける気はするが」

「否定はしません。ただこの件に関してはですね。お金儲けのその先がある、とだけ」

「そっか。嘘をつかれるよりはましだな。すまなかったな。呼び出して」

「あれ? もういいんですか。情報の対価と釣り合ってませんよ?」


 怪訝そうな顔のヘスティア。


「情報?」

「惑星リュビアの情報ですよ。この情報は機密かつ貴重です。――ヘルメス君に流したりはしないので安心してください。ただし、ヘルメス君もテュポーン関係には気付いていると思います」

「思う? 予想か」

「予想です。本職相手にハッキングする勇気はありませんよ。近年のアルゴナウタイ以外にも、動きはありますので」

「……バルバロイか。パライストラにもいるって言っていたもんな」

「彼らです。この場所にいる彼らは私の配下ですけどね。脳まで機械だからこそ可能でした。――あなたがたが惑星リュビアから帰還に旅立った日から数日後、慌ただしい動きがありました。詳細は言えませんが、こんな動きは彼がテュポーンに見つかったとしか思えないのです」

「惑星リュビアでは目立った動きはないが。何かあったんだろうな」


 コウは考え込む。地下工廠と惑星リュビアは今や通信網が引かれているので、惑星リュビアのAIたちと連絡を取ることは可能だ。

 プロメテウスもアリマもトライレームの一員。今やポリメティスやアーサーやバステト、ステロペスなど多くが登録されている。アルゲースが登録されているのだ。当然ステロペスも登録される。人語を解さないアイドロンは作業用シルエットがトライレーム銘入り首輪を装着させた。


「ヘルメスの動きが知れただけでもありがたい」

「ヘルメス君の動きが変わったので、私の動きも変わりました。I908要塞エリアの運営方針さえもね」

「そこまでのことが起きた、ということか。――真相は明らかになるのか?」

「はい。自ずと」


 ヘスティアはにっこり笑った。


「そのための大舞台ですよ。特別ゲストもたくさんお招きする予定です。だから慢心してつまらないところで敗北しないでくださいね」

「シルエットで手は抜かないさ」


 コウが応じると、ヘスティアのビジョンは笑顔を浮かべたまま、かき消えた。

 ヘスティアがいた場所を眺めるコウ。


「特別ゲストか。ヴァーシャは来るとして。あとは誰だ……」


 ヘスティアは五番機などMCSに介入できるほどの能力がある。

 しかしそれとはまったく別の胸騒ぎがする。例えば戦闘以外のトラブルを起こしそうな――


 自分のように招待された者は別として、すぐにI908要塞エリアに来訪可能な人間がどれほどいるか。コウは想像がつかなかった。


 

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いつもお読みいただきありがとうございます!

連絡があるのでこちらにも後書きです。


作者取材のため、来週木曜日の更新は予約投稿になります。久しぶりですね……!

誤字脱字修正は火曜日から土曜日以降になります。ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。がんばります!


遠征用に新調したノートPCをあわててセッティング中です。ASUSのX13という軽くて2in1モバイルの処理能力重視! ようやくの出番です。

出先ではあまり執筆しないのですが、資料とか必要になったら困るので。

蔓延防止措置が解除されるという見込みで日程を組んだのですが、無理でしたね。基礎疾患持ちなのでホテルで大人しくしておきます。ワクチンは三回接種済みです!


元オリンポス十二神を模した超AIの割に自らの無力を嘆くことが多いヘスティア。

そして徐々に姿を見せるエウロパの影。


今後とも応援よろしくお願いします!

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