オッズ問題
「よう。お疲れさん」
「ま、ラニウスじゃあ圧勝だな。肩慣らしにもなりゃしなかっただろうがな!」
兵衛とバルドに合流して三人で集まっているコウ。試合が終わったあとの自分が抱いた感想を述べた。
「アンフィシアターは完全に競技、だな。条件の公平性を優先している」
「賭けが基本の闇試合との違いはそこよ。闇試合は不安定要素を主催者特権で投入する。不確定要素がないと試合は盛り上がらん」
バルドがにやりと笑った。
「日本の剣道でもルールなしがエスカレートして問題になったな。幕末の話よ」
「どんな話ですか?」
「いやな。凄腕の剣豪がいて、こいつがとんでもない大男でな。竹刀を五尺以上のくそなげえヤツにして、突きで無双したヤツがいたんだよ。体格とリーチの利ってのはあるな。しかも突きの威力がそりゃ恐ろしかったらしい。喰らって目玉が飛び出たヤツまでいる。そいつに対抗するために竹刀の鍔を樽の蓋にしたヤツまで現れた。――千葉周作。あいつのご先祖様だな」
「葉月さんの!」
バルドが神妙な顔をした。彼女の死に立ち会っている。あの半神半人カストルの心を動かすほどに凄腕の剣士だった。
「器械には器械で対抗するっつってな。その後、幕末の剣聖と謳われた男谷信友がそいつを破った後、竹刀規格を三尺八寸、体格により若干考慮と統一したんだ。ま、ルールを定めないとひたすら際限ない所まで行く例だな」
竹刀の寸法を体格によって考慮するということはコウも知っている。居合い刀もまた、体格に添って長さを決めるのだ。
「突きで目玉が飛び出るって凄まじい逸話だな。お前らの国。竹刀ってあれだろ。竹のヤツだろ」
カストルにしごかれたバルドは竹刀を模したもので訓練している。柔らかい素材のはずなのに、カストルに打たれて同期は死んでいった。
その威力を身をもって知っているバルドは、その話を疑うことはない。
「突きは危険技だからな。俺らの時代では結構有名人な新撰組の剣豪、斎藤一なんて吊した空き缶を竹刀で穿ち抜けたらしいぜ」
「まじですか」
コミックやゲームで斎藤一をしっているコウが呆然とする。固定していない空き缶を貫通させるその意味。いかに困難だということも。
「お前らの国って本当に不思議なあ」
「そんなにか?」
「例えば剣術だ。剣を両手で持つという技術のほうが稀なんだぞ。基本は片手だ」
「フェンシング、サーベル。海賊時代のバイキング、だいたい片手だな……」
「クルトの旦那も両手剣術は一時期隆盛した過渡期の剣術ってぼやいてたしな。やはり片手が主流なんだろうぜ」
バルドの言葉に兵衛も同意する。彼は剣術は日本だからこそ発達したとさえ思っているのだ。
「この三人は特殊スキル持ちということになる」
「おっとそれで思い出した。バーンから連絡が入ってな。俺達は予選を一勝したら決勝リーグ行きらしい。しかも相手有利なレギュレーション予定だそうだ」
「どういうことでぇ」
「そのまんまの意味さ。俺達三人だとオッズが成立しねえらしいぜ。機体的にも、実力的にも。そしてネームバリュー的にもな。コウの野郎も昨日宣伝されちまったからな」
鷹羽兵衛と歴戦の傭兵バルドの知名度は高い。機体もラニウスCとコルバスに匹敵する機体ならば、コウの五番機と合わせてオッズが低すぎて、賭けが成立しない。
「待て。決勝リーグはレートが成立する敵だということか」
「いったろ。俺の勝率を。――何が出てくるかわからんが、いるぜ。ごろごろとな。俺が敗北した相手はだいたい二種だ」
「どんな相手だろう」
「まずワーカーだ。要塞エリアの警備でもみたろ? あの変な色をしたワーカーがクソ強えんだ。何故か」
「ワーカーが? どんな原理だ」
「見た目ワーカーだが、中身が別次元だな。小口径だが荷電粒子砲を使ってきやがるぜ」
「別次元だと……」
コウは一つだけ思い当たるものがあった。――アナザーレベル・シルエット。
しかしコウが惑星リュビアでみたもの全て、戦闘用だ。
――ひょっとして開拓時代のワーカーは、アナザーレベル・シルエットに水準か近い材質で作られているのか。
不思議ではない。宇宙空間も想定しているという話も思い出す。
「あの奇妙なライフルは荷電粒子砲だったのか」
「そういうこったな。下手にシルエット犯罪なんかしてみろ。生半可な機体だと速攻で撃ち抜かれる」
一つの結論に達したコウ。
惑星開拓時代、惑星間戦争時代。本来ワーカーの構造は完成されており、基本設計は二万年変更なかったという。しかしそれはあくまで構造の話である。ワーカーはコストダウンを図られ、材質の水準を徐々に下げていったならば。本来パライストラにいるワーカーが本来のワーカーの可能性が高い。
コウの思考をよそに、バルドは話を続けた。
「もう一つはシルエットより二回りぐらい大きな、いびつなシルエットだな。アベレーション・シルエットでもないが、これは聞いたことがある。ヴァーシャの旦那に聞いたが、エウロパの兵器らしいぜ。パイロットがいるかは知らねえ」
「へえ。変わった相手だな、俺はエウロパに関してまったく知らねえ」
「俺もだよ。バーンによるとローマの剣闘士試合における猛獣枠らしいな」
「そんなところまでローマ式を真似しなくてもいいのにな」
コウの印象だが、超AIたちはローマに対して若干厳しい意見を持っているという印象を受ける。極力ギリシャ文化に寄ろうとする姿勢が見られるのだ。
もっともネメシス星系を成立させるためにギリシャ神話を模した超AIならば、自然なことかもしれない。おそらくアイデンティティなどもあるのだろう。
「猛獣対策も必要ってことか。しかし予選とはいえ最終までいった連中が相手だ。俺達も油断しねえようにしないとな」
兵衛の言葉に二人も気を引き締める。
何でもありということは、何が起きるかわからない。裏試合では公平性は期待できないのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヘスティア。聞こえるか」
皆が寝静まった格納庫。コウは一人で五番機の足元にいた。
「何かご用です? オッズへのクレームですか?」
ヘスティアは不敵な笑みを浮かべ、最初からそこにいたかのように話し始める。
「クレームではないんだ。むしろそっちのほうが何か言いたいことがあるかと思ってな」
「もちろんありますとも!
ヘスティアは嘆息し、呆れながらコウに答える。
この三人組はヘスティアにとっても予想外だったらしい。
「この場所でなければまず成立しないドリームチームだ。感謝するよ」
「へえ? バルドとは殺し合った仲でしょ」
「殺し合い前提の相手だからこそ、かな。恨み辛みを引きずらないもんだよ。変な邪念が入ったら、それだけで勝敗を左右する」
「好敵手、ですか」
「そんなもんだ。ヤツの傭兵としての経歴は知っているんだな」
「ええ。アシアのデータはばっちりです」
コウはふっと笑った。ヘスティアは目ざとくコウの表情の変化に気付く。
「あ! その笑い。見抜いたぞ、みたいな! 生意気だなぁ!」
「そうでもないが。気付いたことがあってね」
「何かしら?」
「あのワーカー。開拓時代のシルエット。アナザーレベル・シルエットの類いだろ?」
ヘスティアは一瞬固まったと思うと、コウの顔を怪訝そうに覗き込む。
「あれの存在をアシアやプロメテウスがそう軽々しく話すとは思えませんが?」
「十二神の器だもんな」
「――あなたを侮りすぎたようです。謝罪します。しかし誤解は訂正しなければいけません。あれはただのワーカーですよ。あなたの五番機と同じなんです。最初期ロットとでもいえばいいのでしょうか。惑星開拓時代水準の、です。つまりは木星型惑星など超重力下などの極限環境で作業可能な性能を持ち得ます」
ヘスティアは眼鏡を外し、コウを見据える。
本気になったようだ。
「情報源はプロメテウスですね。何かしらあなたに伝える必要があったということ。惑星リュビアで何が起きたのか……」
「それだ。ヘスティア。君は惑星リュビアで起きたことの情報をほぼ掴んでいない」
「悔しいですが、その通りです」
「超AIリュビアに起きたトラブルを解決するため、テュポーンの化身アリマ、プロメテウス、そして今は亡きオリンポス十二神の一柱ヘパイトスの残骸の力を借りたんだ」
「……ごめん。待って。私が吐きそう」
ヘスティアは最後に挙げられた名前で、遂に音を上げた。
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