デビュー試合
五番機はアンフィシアターと直通の格納庫にいた。
ネームはエンプティ。アンフィシアター用のカラーリングは白一色だ。イメージが大切らしい。
武器は孤月のみ。追加装甲はA1偽装型。敵シルエットは不明。ヘスティアからの注文は圧勝と一言だけあった。
『いよいよ両者の入場です!』
五番機は歩行し、アンフィシアターのなかに入る。
巨大な円形劇場。天井はない。遙か上空に要塞エリアのシェルターが見えた。
地形としてはアンフィシアターのほうが遙かに狭い。パライストラと違い地形演出もないようだ。
『それでは今回のスペシャルゲスト! あのアシア大戦を終結に導いたと言われるメタルアイリス所属謎のエースパイロット。エンプティ!』
遠く聞こえる声は他人事のように思える。声の主は主催者バーン。ヘスティアが声をかえて実況しているのだろう。
コウは苦笑を隠しきれない。画面に表示されているメタルアイリスのエースパイロット、エンプティ(本物)と書いてある。
その表記を信じる観客もどうかと思うが、どうやらバーンの発言は一定の信用があるようだ。
『対するものは、このパイロットの素性を知ってなお参戦したルーキー、傭兵ランドン!』
画面にシルエットが映し出される。見覚えがある形状だった。
双方指定位置まで歩行で進む。
「あれはカザーク。アルゴナウタイ系の傭兵か」
レートが表示される。1:100というあり得ない数字が浮かんでいた。むろんコウが1だ。
『ハンデとして、エンプティは射撃武器なし。双方、MCSがある胸部への意図的な攻撃と脚部への直接攻撃は禁止とさせていただきます。それでもレートが成立しないので、主催者特権! 100倍です!』
観客は歓声を上げているようだ。MCSのスピーカーから流れてくる。サービスらしいので遮断も可能と説明を受けていた。
「レートが横暴だな。しかし胸部と脚部攻撃禁止とは地下試合と違って甘いな」
地下試合ではMCSがある胸部への攻撃条項など一切なかった。これがヘスティアが目指す古代ギリシャ式闘技ということなのだろう。
ゴングのような効果音とともに試合が開始される。
相手との相対距離は六キロほど。お互い両端。おそらく会場は直径七キロ程度だろう。
「――ッ」
五番機は加速を開始。弧を描くように前進。
カザークのパイロットはレールガンを使い五番機を攻撃。細かくフェイントをいれるかのようにスラロームする五番機を捕捉できない。
「早い! 音速に近い…… 超えているのか?!」
驚愕するカザークのランドン。カザークの由来は知っている。TAKABAのラニウス後継機アクシピターを解析し開発されたという。
いわばラニウスは旧式機。金属水素生成炉を搭載していたとして、己の乗機を元にC型の性能を測ってしまった。
「至近距離まで30秒だとぅ? ありえるのか」
アンフィシアター内では姿を隠すことはできない。ここでは機体性能、機動力、位置取り。実力差がはっきりと出る。
パライストラとは違い、こちらは不確定要素を殺しているのだ。
「違うッ。あれは最大加速じゃないのか!」
二キロまできたところで、姿を消す五番機。見失ったのだ。
左右を見ると、一瞬だけ五番機の姿を捕捉するが、すぐ見失う。高速で大きくサイドにスラスター移動しているのだろう。
「ここまでだ」
「え? なんで……」
五番機が背後にいて、孤月を背部に当てている。どのようにも攻撃可能だろう。
背面を取る。それは圧倒的な実力差が無ければ不可能だ。
実戦なら即死。
『勝負あり! エンプティの完勝です! まさかの双方ノーダメージ。まさに王者の風格!』
煽りすぎだと内心苦々しく思うコウ。
とりあえず指示された通り、闘技場の壁際を一周し、格納庫に戻る五番機。
戦場と違う意味で緊張したが、ひとまずは初試合を終えたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「また変な偽名が増えたね。コウ」
「そうですね」
アシアとブルーが試合放送を見ながら呟いた。
謎の主催者バーンから、ユースティティアに映像が送信されていたのだ。
「どんな刑に処そうかな」
グラビア撮影が確定したブルーの表情は昏く、不気味に笑っている。
「お手柔らかにね、ブルー。多分バーンって人の興行に利用されているんだよ」
「飛び込んでいったコウですし自業自得です。むしろ巻き込まれた私は……」
バーンから送られた撮影地とスケジュールを端末で確認し、虚ろな瞳になっているブルー。
バーンがジェニーと連絡を取り所々の条件を確認。〔カメラマンは女性か女性型のみ。スタッフも可能な限りファミリア〕、〔青と白のパターン背景は禁止〕など、撮影注意事項がずらりと並んでいる。
I908要塞エリアにはファミリアがほとんどいない。彼女の知らないところでマネージャー経由のジェニーを通して着々と段取りが進んでいたことに驚愕した。
解決策としてジェニーが女性型ファミリアやセリアンスロープやネレイスで編成した撮影スタッフを引き連れて現地合流となったのだ。
「あれはいいのでしょうか」
「もう知らんにゃ」
巻き込まれたアキとにゃん汰の二人の表情も虚ろであった。にゃん汰も匙を投げている。
「バリーが休暇がてらにいってこいとハッパをかけたそうよ。当然ジェニーも撮影にはノリノリ。絶対楽しんでいるわあの二人」
「ジェニーとバーン、かなり気があったみたいね。ジェニーの勘だとおそらく女性だそうだよ。バーンって人」
エメがぽつりと呟く。アシアも対処しているが、やはりI908要塞エリアには干渉できないそうだ。
「やっぱり超AIなのかな」
『ジェニーが言うには、あれは人間だと思うけどなあ、らしいよ。権利関係がやたら細かくて驚いたそう』
アシアも会話に参加する。
「ほぼ人間な超AI、しかもアシア並みの性能ってどれぐらいいるんだろう?」
『何柱もいないはず。リュビアはあの状態。エウロパは眠っているはずだし。フェンネルOSのデータを解析し、私の干渉をシャットアウトできる存在なんてそういないわ』
「だよね」
『人間らしい性格の超AIはいくらでもいたけどね。私達ギリシャ神話モチーフだし。――しいていうならバーンは偽名だとして、火関連の超AIかなあ』
「火? プロメテウスは除いてもいるかな」
『火の持ち主だったヘパイトスも当然いない。あとは太陽神のヘリオスやアポロン。炉床の女神ヘスティアを模した超AIね。どれも惑星開拓時代には消失しているわ』
「神様かぁ」
アシアが急に表情を変えた。みるみる険しくなる。
『――続報よ。トライレーム絡みね。先ほどの映像はトライレーム所属の構築技士たちにも提供されていたみたい。そしてバーンに招待された』
「ええ!」
エメにとっては頭の痛い事態になった。あの人たちは、I908要塞エリアに集結する。そういう人たちだ。
ただ人類の叡智を一網打尽する機会にもなりかねない。バリーも同様に頭を抱えていることだろう。
『大論争が始まっているわ。どうやら各社のフラグシップを展示したいので招待したいと、そういう名目。キヌカワがリュビアに同行したので今回は譲りますと早々にお留守番を決めてくれたから良かったけど。ジェニー含めてエイレネで行くことになりそうで、警護部隊含めてバリーが慌てて編成に入ったわ』
構築技士が総出で遠征となると、それ相応の部隊が必要だろう。しかも、今までにない催し。兵器による競技などあろうものなら目がない人種である。実際兵衛は物理的に飛んでいった。
「そんな得体の知れない場所に構築技士が大勢押し寄せて何かあったら目も当てられないもんね。でも構築技士なら、おそらく見学したいはず。エウノミアは改装中。アストライアはあえて動かさないか」
『キヌカワなら当然です。コウも少しはその思慮深さを見習って欲しいものです』
「本当にね……」
今回ばかりはアストライアに心底同意するエメであった。
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