トラクタービームの使い方
バイソンはすかさずライフルと左手に高周波ブレードを構えローラーダッシュと歩行を頻繁に切り替え、距離を詰める。
対するベアはレールガンから武装の変更はなし。
ダメージレースではバイソンが不利。近付いて近距離戦を仕掛けるつもりだった。
ライフルの有効射程まではまだ遠い。攻勢に出るバイソン。
「このまま20分経過するとベアの勝ちか」
「そうだ。ボクシングじゃないが互いに有効打がなければ、手数が多いほうが優勢とされる」
このままいくと、ベアが逃げ切りとなる。
無理に攻める必要もない。シルエットは正面を向いたままの後退速度が遅いことが欠点。しかしここまでダメージを与えると相手を動かした方が有利。
相手は距離を詰めるリスクを全面的に背負わないといけないからだ。行動のイニシアティブは、攻勢側の行動を見て決定できる守勢側にある。コウ自身もこの一方的にイニシアティブを相手が有するリスクを嫌い、五番機を加速特化にしていった経緯がある。
一対一だと浮き彫りにされる特性であり、部隊運用では必要とされない要素でもある。
バイソンはようやくベアを射程内に捉えた。
連射こそバイソンのライフルは有利だが、元来軽ガス兵器は初速が不安定という欠点を持つ。その欠点を調整するため、初速を控えめに設定されているのだ。
ウィスによる高次元投射装甲においては、点の攻撃となる砲撃は有効性が落ちる。しかし高周波ブレードならば、その不利も関係が無い。線の攻撃は高次元投射装甲にも有効だ。
しかし、その起死回生の一撃も無効化される。バイソンが吹き飛び、膝をつく。
背面から有線の対戦車ミサイルを取り出したベアが、至近距離から発射。対戦車ミサイルはバイソンの腹部へと直撃した。
軋む音を立てながら、転倒しないようにバランスを取るバイソンだが、ベアのレールガンを至近距離に受けもはや機体は限界だ。
「まずいな」
コウがそう呟くと、バルドは意味ありげににやりと笑う。
『――終了』
その声と同時に、バイソンが吹き飛ぶかのように壁まで吹き飛んでいく。
そのまま放り込まれるかのように、格納庫に収容された。
「あれはなんでえ。あれが救命措置ってやつか」
兵衛も初めて見る事象。強引な牽引による救助である。
「そういうことだ。トラクタービームという技術らしいぜ」
「あれを使っているのか!」
ハルモニアも誘導された、牽引技術。パライストラに転用し救命措置にしているとは思わなかった。
惑星リュビアでも、トラクタービームによる干渉合戦には遭遇したが、こんな利用方法は予想外なコウだった。
「とんでもねえ代物だぜ。シルエットが木っ端微塵になったとするだろ? あのトラクタービームがMCSだけをぶっこ抜いて格納庫に放り込むんだ。いったいどんな技術ならそんなことが可能なんだってな」
「技術の無駄使いだな」
「しかし、あれでも完璧じゃねえ。思いがけない一撃で救助が間に合わない場合もある。当然死んだヤツはたくさんいるぞ。そういう意味でも早めの降参は大事だってことだな」
「そういうことか」
降参意志を示せばトラクタービームは発動するのだろう。しかし実力が拮抗した、僅差の勝負なら? お互い負けを認めなければ? ――トラクタービームが間に合わない戦闘も当然出てくるだろう。
「なんてえ場所だ。しかし――悪趣味だが面白えな」
兵衛が笑う。時代劇の御前試合を思い出す。
「だろ?」
バルドが愉しげに笑った。彼は自分を含めてこの場にいる三人は、少なくともこんな対決を愉しいと感じる猛者ばかりであることを、誰よりも知っている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大損しちまったなァ……」
調子に乗って賭けまくった兵衛が落胆の声を漏らす。
「兵衛さん。熱くなりすぎです」
「お前、賭け事には弱いタイプだったんだな。意外だぜ……」
苦笑するコウと、意外な面をみて呆れるバルドだった。戦闘では冷静なくせにギャンブルだと熱くなるようだ。
コウはそもそも賭け事をしない。バルドも勝てると見込んだ時にしか賭けないタイプのようである。これはこれで三者三様だった。
「いやはや。勝負事だがシルエットだからな。思わず感情移入しちまうんだ」
「それはわかりますが」
コウはしかし、別のことで呆れていた。
「バーンは商業主義が過ぎるな。まさかオープン後にはシルエットの戦闘データまで販売するとは。観賞用と企業用だが…… これはどうかな」
「実際売れると思うぜぇ。諸兵科連合運用に役立たないにしてもな」
コウの呟きに兵衛が兵器運用には向かないと斬り捨てる。
「兵器相性なんて絶対出てくるからな。それを埋めるのが各兵科だぜ。とはいっても、俺はこっちのデータのほうが興味あるがね」
「言われて見るとウンランやケリー向けですね」
「個人の観賞用ってのもなかなかありだぜ。何せ実戦だ。個の動きには役立つ」
三人とも構築技士でありパイロットでもある。データを軽んじたりはしない。
「あとはそうだな。この一帯周辺に、中古シルエット市場が集中しそうだな、意図的かどうか不明だが考えやがったなあ。こんな処理の仕方があるのか」
「中古市場が需要によって縮小すると?」
「そういうこったな。傭兵がここに集まり、パイロクロア大陸やスフェーン大陸は少し収まるかもしれんぜ。バーンってヤツがそこまで見据えてたかはしらんがな」
「俺は戦争が減って困るがね? それにだ。中古が少なくなったらお前らがわんさかこさえた最新機と入れ替わるだけだぜ」
「そうはいうが最新機はコストが跳ね上がる。理論値極めた最新鋭兵器を揃える軍隊なんざ無理ってもんよ。数が必要だった時代と違って、高性能機同士の技術競争の面がでるってのは地球の歴史でも証明してらあ」
「そうか。質が上がり、より高度な戦争になるわけか。俺はそっちがいいぜ。雑魚は倒しても甲斐がねえからな」
「そりゃそうだろうさ」
バルドとヒョウエは本当に敵同士なのかというぐらい、会話している。
今は敵ではないが。――否。そう考えてしまうこと自体が自分の甘さなのだろう。コウもこれぐらい割り切る必要があると自ら言い聞かせている。
「うまくやってるよなぁ。しかもリゾート地にもなるんだろ? ここ」
「バーンの説明によるとローマを参考にしているらしいからな。当時のローマ剣闘士も八割奴隷、二割が自由民だったらしいからな。規格外なヤツがいて、皇帝自ら出場した記録もあるそうだぜ」
「時代劇じゃねえんだからよ……」
「観光名所みたいに説明するんだな」
「本来の目的はそっちだろうな。だからローマに倣ってアンフィシアターとパライストラ以外はギャンブル禁止なんだぜ。カジノでも作ればいいのにな」
「しかし金が集まったら物も集まる。あとはどう宣伝するかだな」
ヘスティアの計画を知っているコウは、黙って二人の話を聞いておくことにした。
綿密な計画なのだろう。兵衛の中古兵器集約の推測を聞き、実は興行や商売の女神を模した超AIではないかと疑い始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます