地下闘技場〔パライストラ〕

 コウと兵衛はバルドの案内で地下闘技場〔パライストラ〕に到着した。

 IDで手続きを済ませ、入室する。


「なんでもあり、というイメージのパライストラだが、やっちゃいけねえこともある。一つは降参したヤツへの攻撃。もう一つは他言無用ということで俺やヴァーシャの旦那にだけ通達されたらしいが…… プロメテウスの火は禁止だとさ」

「前者はわかるが、後者はダメなのか」

「生命保護の観点からじゃないらしい。リミッター解除の類いはとにかく後出し有利。睨み合いに繋がるから面白くないってことらしいぜ。失敗して自爆終了は観客も興ざめだろうとも言っていたな。同意はするがプロメテウスの火に関して俺達が知っているなんざバーンの野郎、何者なんだろうな」

「まだ俺は聞いていないな。まああんな仕様を無闇に拡散されても困るわな」

 

 コウも同意する。ヘスティアの慎重さに舌を巻く。ルールとして広報したならばプロメテウスの火はあっという間に広まるだろう。そして各地で自爆という惨劇が起きるに違いない。十秒は制御できる時間ではないのだ。

 約束なので口には出さない。下手な相槌ですら、バルドに察知される怖れがあるからだ。


「他にも結構細かなルールが多くてな。機体やMCSから算出した実績で、シルエットに応じた階級が提案される。お前たちは否応もなく無差別級行きだな」

「それは望むどころだが、闇試合なのに階級があるのか」

「一方的はつまらんし、死人が無意味に増えても評判を落とすだけ、という説明を受けた。つくづく理詰めで運営されているよ。このパライストラは」

「さらりといってのけているが、MCSから算出した実績という点が恐ろしいやな」


 兵衛の意見に二人も同様の印象を受けていたらしい。

 MCSはブラックボックスの塊。それを外部からある程度解析可能であることは、既存の技術を遙かに上回るものを持っているということだ。


「死人ってのもめったにでやしねえ。それは試合を見たらわかる。時間帯によって三種類に分かれているんだよ。練習時間、一般試合、選考試合。三人チーム形式は選考試合だな。今から見学するやつは一般試合だ」

「タイムアウトはあるのか?」

「20分だな。決勝試合は無制限が多い。もしくは降参するか。強いやつ相手には早めに降参するのも低ランクの心得だぜ」

「考えてあるなあ。シルエットでそういう競技をやるってのは配慮も必要だろうからな」


 兵衛が変なところで感心する。闇試合というからには問答無用で殺し合いする場所と思っていたようだ。


「アンフィシアターは武器制限がある場合もあるが、パライストラは持ち込んだ武器が基本だ。そろそろ始まるな」

「階級はどんな分け方なんだ?」

「コストクラスという独自の階級制を採用している。〔ライト〕から始まって〔ミドル〕、〔ヘビー〕、〔スーパーヘビー〕、そして無差別の〔アブソリュート〕、可変機用の〔フライ〕と〔フェザー〕という分類だ。レスリングに似ているな。しかしシルエットにさして重量は関係ねえ。機体価格が基準になる」

「機体価格か」

「フライとフェザーにいたっては、可変機用のレギュレーションだ。フライがSS型でフェザーがSSS型ってな。飛び回ってうざいところなんざぴったりだ。笑えねえ」

可変機シェイプシフターはそんなにねえだろうが」

「当然。めったに試合も成立しねえから、無理矢理他の階級でやることになる。可変機の機体価格からすればヘビーかスーパーヘビー、アブソリュートだな」

「へえ。機体から駆け引きが始まるのか。おそらくフライとフェザーは救済措置の一環だったんだろうが、参加者が少ないから機能していないんだろうな。シルエットの性能は同価格帯より落ちる。飛べるという要素も閉所じゃあまり意味がねえか」


 可変機の特徴は飛行機形態による機動力。パライストラが直径10キロあると仮定しても、天井がある以上はその利点は大きく損なう。

 シルエットとしては重量が増加し構造強度を損なう可変機構そのものが弱点となる。


「とくに層が厚いクラスはライトとミドルだ。金属水素生成炉採用機は問答無用でスーパーヘビー行きとなる。ここまできたらアブソリュートに行くヤツも多くなるな」


 ブザーが鳴り響く。


「そろそろ試合だな。まあ見とけ」

「そうする」


 シルエット同士の模擬戦なら、十分過ぎるほどの機能を持っている。

 あえて命のやりとりをさせることで、臨場感が比較にならないものを演出しているのだ。


 コウも兵衛も初めて見る闇試合に興奮を隠しきれなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 何もない円形状の広場。

 演算されるかのようにホログラフが走ったかと思うと、次の瞬間には地形が出場する。


 それぞれのシルエットがクォータービューのカメラ映像で表示される。

 右側のモニタにはベアが、左側のモニタにはバイソンが映し出されている。両機体とも追加装甲まで完備。

 兵装は事前に確認できないようにされていた。


「ベアとバイソンか。バイソンが相当有利か?」


 コウが呟く。兵装が見えないが、バイソンはベアの上位互換。機体性能はあらゆる点でバイソンが有利だ。


「そうでもないぜ。オッズはベアが1.6。バイソンが2.2ぐらいか。現時点では機体とパイロットネーム、まあリングネームみたいな偽名だな。そいつしかわからん」

「ということは賭けるほうも定期的には試合を確認しておかないといけないわけか」

「常連ほど有利ってわけかぁ。こりゃ配信スタートすると盛り上がりそうだわな」

「そういうことだな。武装は試合開始後に公表される。――まあ見ておきな」


 ネタバレはしないバルドがにやりと笑う。コウは頷いて画面を見入る。


 甲高い音が響き渡る。

 試合開始の合図であった。


 バイソンは60ミリライフルを構え、ローラーダッシュで距離を詰める。武装はこのライフルと高周波ブレード。

 ベアは動かず、武器を構える。それは90ミリ口径の携行レールガンと予備弾倉。他の武装は背後に取り付けられた対戦車ミサイル。そして銃剣だ。


「そういうことか。こりゃバイソンはきついな」


 ライフルとレールガンでは射程は桁違い。

 停止しながら両手構えで反動を抑え、精密射撃に移行するベア。


「レールガンはきついな。はじめてやりあったときはマンティス型レールガンだったもんなあ」


 コウは最初のケーレス戦を思い出す。レールガン対策のため、わざわざパワーパックが生きているベアを使って楯にしたのだ。

 コウの予想通りバイソンは被弾し、転倒しそうになる。

 なんとかバイソンはかろうじてバランスを整え踏みとどまり、歩行に切り替えるが、追撃により瞬く間に装甲が削られていく。しかし、バイソンを倒しきれるほどではない。

 

 バイソンも相手がレールガンと知り、慎重な動きとなった。地形を利用した戦術に移行する。


「あのベアもかなり馴れているな。バイソンが地形を利用し始めた隙にすかさず弾倉を交換している」

「あいつぁ、ひょっとしてアンフィシアター用の機体にベアを使っているんじゃねえかな……」

「正解だ兵衛。そういう戦術もありってことだな」

「コストを抑えた機体に、武器を火力に振ったレールガンを使っているということか。それならベテランでもライトかミドル行きになる、と」

「あたったヤツは不幸だがね? そういう意味でもなんでもありの地下試合。一般試合は生活型の試合ともいうべき形式だな。日銭を稼ぐための試合ともいえる」


 動きの細やかさでベテランかどうかは判明する。ベアのパイロットは無駄が少ない。

 ベアは後退しているように見せかけ、確実にバイソンを追い込んでいく。


 バイソンが追加装甲をパージし、素の機体に戻る。機動力を上げ、勝負に出た。

 観客もまた固唾を飲んで見守っていた。

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