俺のツレ

「ここはおのぼりのおぼっちゃんが来るようなとこじゃないぜ。運が無かったな」


 声をかけてきた巨漢がにやりと笑う。


「なあに。追い剥ぎなんてしねえよ。あんたのIDでちょいと支払いを代わりにしてもらうだけだ」

「そういうこと、か」

 

 通貨はオケアノス発行のIDで管理されている。追い剥ぎしようにも現金などあるわけがない。

 コウを脅して決済用の端末につれていき、彼らの借金を支払う。彼らの目的はわかった。


 おのぼりのおぼっちゃん。この言葉が引っかかり、三人の男を見て後悔する。

 確かにその通り、だと。

 彼らは傭兵特有のラフなスタイルではあったが、大きめのコンバットナイフ、そしてどうやら造りの荒い銃まで所持している。ファミリアがいる生活圏ではありえないことだ。

 I908要塞エリアはそうではない。ナイフ一つ持たない非武装のコウは明らかに世間知らずの類いであろう。


「ちょっと待ってくれ――」


 逃げるか、と判断するコウ。地球にいたときも、兵衛や黒瀬によって訓練している身ではあるが、非武装では戦えない。棒きれ一本でも欲しいところだった。


「待てお前ら」


 コウが口を開こうとすると背中から声がした。しまったと思っても、眼前の三人から目を離すこともできない。


「そいつぁ俺のツレなんだ。手を出すんじゃねえ」


 ツレ? 

 コウは一瞬意味を理解できなかった。


「あ、あんたは! ――へい。すみませんでした」

「兄ちゃん。そういうことは早く言ってくれよ」

「では失礼しやす」


 三人組は逃げるように立ち去った。


 コウが振り返ると髭面の中年男性がいた。

 

「すまない。助かっ……」


 言い終えることは出来なかった。その顔は確かに見覚えがあった。


「久しぶりだな、コウ。こんなところで会うとは思わなかったぜ」

「バルド!」

 

 野獣のような笑顔を浮かべ、あの三人のほうがましだったのではないかと思うコウだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 二人は居酒屋に移動し、飲んでいる。

 バルドは相当な常連なのだろう。何人かの傭兵が軽く頭を下げていた。


「まったく驚いたぜ。お前がこんなところにいるなんてよ。――なんてな。来ると思って張っていたんだ。甲斐はあったぜ」

「わかっていた?」

「ここは入出管理が厳重だ。新規のシルエットが要塞エリア入場となると、この島から見える。お前のラニウスが見えたんでな。来ると思っていたんだ」

「なるほど。まったくの偶然ではなかったわけか」

「闇試合では、どんなシルエットと戦うかわからん。事前の情報収集も大事ってことだな」


 偶然にしては出来過ぎだと思っていたが、そういう理由なら納得するコウ。

 バルドは新たな入場者をやがて闘技場で戦うためにチェックしていたのだ。用意周到な傭兵らしい。


「しかし馴れているな。あんた」


 戦った相手と酒を飲むとは妙な気分だと思うコウ。不思議と嫌な感じはなかった。


「おうとも。俺はヴァーシャに許可をもらい、アルゴナウタイに戻るという約束でアシア大戦後は諸国放浪で修行中さ。アルゴナウタイの傭兵が性にあってるんでな。他勢力に行くわけにもいかない。そしてこのパライストラだ。俺のために作られたんじゃねえかと思ったほどだ」

「闇試合専門か」

「そうだ。三人制が先週通知されてな。どうしたもんかと悩んでいたところだ」


 バルドはビール。コウはカクテルで付き合っている。値段は意外にも普通だった。


「へえ。ヴァーシャも百人抜きしたんだろ。あんたは闇試合のほうか」

「あの人にも背に腹は代えられない都合があってな。絶対負けられない試合だったのさ。あれほど必死な旦那は見たことがねえ」

 

 重々しく言うバルド。ヴァーシャがいうほどに切羽詰まった状況とはどんなものだろうか。コウには想像がつかない。


 バルドはこの件だけはヴァーシャに同情していた。負けたらヘルメスのバンド入りでベース担当になるところだったのだ。バルドとしても武者修行の旅に入った理由の一つでもある。


「闇試合だって甘くはないぜ。俺だって勝率六、七割程度だ」

「六割? 嘘だろ? コルバスでか」

「機体は乗り換えたが、コルバスに負けず劣らずの機体だ。それで良くて七割ぐらいだな」

「そこまでか」


 バルドとは実際戦い、兵衛との戦闘も見ている。それで六割、七割という話ならよほどの強敵。


「そのうち三割は、主催者のバーンが用意した闇試合用のもんに負けた」

「バーンか」

「何者なんだろうな? お前は知らないか」

「……いや。知らない。俺は招待状に応じただけだ」

「ヴァーシャの旦那と同じ類いか。いいねえ。じゃあアルティス住みかよ。こっちはガレージ付きのほったて小屋。整備工場は共通だ」


 ガレージ付きはシルエット運用が前提のネメシス星系では基本設計。実際にシルエットベースの居住区はそのようになっている。


「I908要塞エリアのアンフィシアターに参加するためには抽選性だ。どうして抽選性か知っているか?」

「抽選性は聞いた。しかし理由までは知らない」

「人数調整の側面があるんだわ。シルエット基準のな。参加者はシルエットが購入できなくなってI908エリアで生涯働くか、出て行くかの二択になる」

「生涯か。容赦ないな。しかし要塞エリアだって収納できる人員には限りがある。リゾート地はともかく傭兵が無尽蔵に来られても困るということか」

「そういうこった。定期的に試合しないと退避勧告が出る。しかも物価がクソ高え。次の闇試合も出場しなきゃ追い出されるってことよ」


 バルドはコウに向かって、意味ありげに笑いかけ本題を切り出した。


「――そこでだ。コウ。闇試合では俺と組まねえか」

「三人制というやつか」

「そうだ。ここでは敵も味方もありゃしねえ。どっちかつーと、得体の知れない、ヘタクソかもしれないヤツと組みたくないんだわ。そういう意味ではお前の腕は確かだろ。どうだ?」


 バルドの言いたいこともよくわかる。

 金も命も賭けるなら、仲間の実力が問われるなど当然。そしてバルドはコウからみても実力者だ。

 何度か敵対し戦ったことがあるバルドであったが、お互い深い恨み辛みがある仲でもない。


「構わない」

「まじか! 決まりだ!」


 バルド自身も確証はなかったらしい。思わず破顔した。

 その二人に対し仏頂面をした男が見下ろしていた。


「お前ら二人揃って何面白そうなことしてんだ。俺も混ぜろい」


 バルド出現よりも驚くコウ。思わず見上げる。 


「兵衛さん?」

「ヒョウエだと?!」


 にやりと笑う鷹羽兵衛がそこにいた。生身ではバルドは初対面となうr。

 当然とばかり、着席しビールを注文する兵衛。


「俺じゃ不満かい。バルド君」


 生身では初対面の二人だが、もはや他人の気がしない。何度も殺し合いをした仲だ。

 挨拶もなしに、当然のように語り始める。


「文句ねえぜ。出来れば試合でやりたかったがな」


 この三人で勝てない相手なら、どんな相手でも不可能だと断言できる。バルドも兵衛自身を憎くて殺したいわけではない。


「そりゃこっちもだ。しかし俺達が決着をつける場所は戦場だ」

「違いない」

「めったにない機会だしな。――おめえさんには借りを返さないといけねえ」


 アシア大戦P336防衛戦の時である。兵衛のアクシピターは、バルドのコルバスによってビルから突き落とされた。

 ファミリアの助けで助かった兵衛だったが、バルドが兵衛を殺す気なら終わっていた。そのことを言っているのだ。


「助かったのはてめえの悪運が強えってだけよ。俺と同様にな」


 兵衛の言葉を戯れ言として流すバルド。


「急いで駆けつけたが間に合ったな。あやうくこんな祭りに参加できないところだったぜ」

「お前も招待された口か?」

「いいや? 推参したのさ。要塞エリアのコントロールタワーに入れろといったら、すぐに入れてくれたぜ。コウ君と相部屋とは聞いているがね。そこは大丈夫かい?」

「なるほど。ガレージも宿舎も広いので大丈夫です」


 兵衛が搭乗している機体もラニウスC型。整備するにしても共通ガレージのほうが良いだろう。ヘスティアならコウと兵衛の関係も熟知しての措置に違いない。


「クルトさんが怒りそうだな……」

「そこはお願いします」


 コウは兵衛に懇願した。さすがにこんな闇試合でクルトを入れないわけにはいかないのだろうが、現地にいないのだから仕方がない。


「ところで兵衛さん。この人工島エリスでは、何もなかったですか?」

「おうおう。到着するなり絡まれたさ。血気盛んな連中ってのは覇気があっていいねえ。俺にはこいつがあるからな」

 

 兵衛が懐から棒を取り出すと、一振りする。まっすぐに棒が伸びた。特殊警棒の類いだ。鉄扇を作るか警棒にするか。悩むところだ。


「なるほど。さすがです」

「なんでえコウ君。丸腰だったのかい。そりゃ甘いな」

「はは。ヒョウエはそういうところは抜け目ないからな。コウが甘いわ」

「……返す言葉もない」


 己の未熟さを痛感するコウ。まずは警棒を作ろうと決意するのだった。


「アルティスは治安がいいからな。ま、油断しちまってもおかしくないか」

「しかし油断は禁物だ。治安が悪いとは聞いていたからな…… バーンに招待されたとはいえ、住人までそうとは限らない」

「本当に何者だろうな。バーンってヤツは。ヴァーシャの旦那への対応もそうだったが、やけにVIPへの対応が臨機応変なんだ。積極的に受け入れているとさえ思える」

「へえ。ヴァーシャもいたのかい」

「百人抜きをしたそうです」

「なんだとぅ」


 兵衛は詳しくなかったのだろう。コウがヴァーシャの話を聞くなり、真顔になる。


「俺等も負けちゃいられねえなあ」

「じじぃが逸るなっての。時間になったら、お前らを地下闘技場〔パライストラ〕に連れていってやらあ。そこでどんなもんか良くみておけ」

「そりゃありがてえ。闘技場やらは事前確認しておきたいからな」

「それがな。どんな原理だかしらねえが、試合ごとに地形を用意しやがるんだよ」

「なんじゃそりゃ?」

「百聞は一見にしかず、だ。時間まで待ちな。それまでは俺が戦った傭兵とシルエットを教えてやるからよ」

「それは聞きたいな」


 バルドの話に身を乗り出し耳を傾けるコウ。兵衛も同様で、三人によるシルエット談義が始まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る