傭兵用ぼったくり価格

 ヘスティアとの面談も終わり、オイコスが操縦する送迎用の装甲車に乗ったコウたちはガレージ付きの宿舎に戻った。

 彼女はコウ用に、I908要塞エリア用のIDと連絡用端末を用意してくれていた。I908要塞エリアでは、アンフィシアターかパライストラに登録すれば、この要塞独自のIDが発行されるらしい。

 コウは個人IDが存在しないのでI908防衛エリア離脱か死亡時に、アストライアに請求するとのことだ。アシアにして欲しいとコウは懇願し、渋々承諾された。

 アストライアだと被弾状況や装甲材の購入方針までチェックされる怖れがある。そのまま勉強会に突入することは必至だった。


 なおガレージ付き宿舎の使用料金は本来一日100ミナ、日本円で一泊百万円前後らしい。コウはゲストなので十分の一である10ミナでいいとのことだった。


「ガレージ付きなら、100ミナでも良心的なのか?」

「いや。色々な意味ですげえぜ、ここ」


 格納庫で五番機のチェックをしていたコウに、ヴォイが声をかける。


「どんな超技術かしらんが、さすが元十二神だなと感心したところだ」

「どういう意味で?」

「このガレージに五番機を登録したらな。五番機の経歴から算出したらしい。五番機が使用したことがある、あらゆる砲弾と装甲材が使用可能だ」

「あらゆる? CX型もか!」


 CX型は五番機偽装の対アンティーク・シルエット用装備。

 現在製造を再現できる工作機械はアルゲースと惑星リュビアにいるステロペスのみであろう。


「ああ。CX型の装甲材も用意可能らしい。――ただし、本当に元十二神かと言いたいけどな! 価格が百倍以上だ」

「百倍?!」


 コウが驚愕する。それはいくらなんでもぼりすぎだろう。CX型の特殊装甲はただでさえ原価、加工料金は超高額。市販したとしても莫大な額になる。

 その百倍はいくらなんでもボッタくりだ。本当は製造できないのではないかと疑ったほどである。


「普及しているものは二倍程度から五倍程度、CX型のような特殊装備は百倍以上だ。加工の手間もあるのか納期も遅い。しいていうなら数打ちの電弧刀アークブレイドはいけるみたいだが、孤月並のものは再現不可能みたいだな」

「元十二神さえも再現不可能なのか…… さすがだアルゲース」


 妙なところで感心するコウ。孤月はアルゲースでないと鍛造不可能と知っただけでも収穫だった。

 電弧刀自体はTAKABAで量産品が売っている。ヴォイがいうところの数打ちだ。


「60ミリ砲弾は倍の10ミナ程度なんだがな。――Dライフル砲弾もくっそ高えな。一発10000ミナ。アンフィシアターじゃレールガンが流行るぜ……」

「日本円で一億円前後か? 五番機用の最上級レニウム採用砲弾でも1000ミナ前後だろう。ぼったくりだな。日本でも劇場内では飲み物や食事は高いが、それと同じ感覚なんだろうな」

「借金漬けにして、傭兵の身柄を抑えちまう意味もあるだろうな」

「怖すぎるぞ……」

「一攫千金を夢見る傭兵から上手いこと巻き上げる仕組みだと思うぜ。ゴールドラッシュ時に成り上がった連中は炭鉱夫ではなくツルハシ売りってな。あれと同じだ」

「興行、消耗品、賭博収益か。搾取手段も容赦がない。それだけあれば周辺産業も潤うか」


 コウが感心した。金が必要というヘスティアの切実な願いは、具体的な形となっている。


「俺もしばらく孤月一本で戦うか。アンフィシアターはそう広くないだろ。地下闘技場はどうかな……」

「地下闘技場なんてのを作る時間があったのか、気になるぜー」

「そこも調査だな。謎だらけだ。そもそもどうやってアンフィシアターを奪えたのか。超AIヘスティアはきっと、アシアみたいにコントロール・タワーにデータを置いていない。では本体は何処にいる?」

「コウ。長居は無用だぜ」

「わかっている。それにエキシビション・マッチが終わるまでは帰させてくれないだろう。いまだにユースティティアと連絡を取ることもできないからな」

「そうだな…… きっと合流するまでは取れないと思うぜ」


 ヴォイがため息をつく。コウはいまだに気付いていないようだ。


「合流、か。こっちに向かっているだろうな」

「それは確実だ。それまでの自由時間を満喫するといいぜ」

「そうするよ。明日は地下系の傭兵が集まる場所にいってみようと思う」

「仲間捜しか? どうせならアキたちが合流するまで待って三人で出場したらどうだ」

「女の子を闇試合に巻き込みたくはないな。――絶対に大反対される」


 コウは断定した。ヴォイも思わず笑う。彼女たちがコウに闇試合など許すはずがない。


「そりゃそうか。俺も行くぜ!」

「熊のファミリアを連れていくと目立つ気はするな。そこが問題だ」

「……ファミリア自体かなり少ないよなこの場所。確かに目立つわ。わかったぜ。気を付けてな」

「留守番を頼んだ」

「いってこい」


 ――お前の自由があるうちに、な。


 そっとヴォイが心のなかで付け足した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コウは翌日、人工島エリスに向かうことにした。

 オイコスに連絡すると、昨日の少年が水陸両用車で迎えにきてくれた。颯爽と海を渡る水陸両用車。

 20分程度で到着した。思ったより離れていると感じている。泳いで渡ることは厳しそうだという感想を抱いた。


「他の傭兵はどうしているのかな」

「お金を少しでも節約したい傭兵はシルエットで海底を歩きます。たまに潮に流され、莫大な救助費用を請求される者もいますね」

「そうか……」


 シルエットは宇宙、水中もある程度想定されているので海底を歩いて移動することも可能だろう。

 五番機は飛行して水上移動可能だ。この程度の距離なら強襲飛行型でなくとも可能だろう。


「帰還したいときはまたその端末でお呼びください」


 コウは少年に礼を言うと島に降り立ち、通りを進む。

 確かに歩いている傭兵は柄が悪そうな男が目立つ。凶悪な面構えだ。思ったより女性がいることは意外だった。

 

 道ではシルエットがローラー移動している。この設計は歩行による巻き込み事故を防ぐ開拓時代から続くシルエットの基礎設計。人工島エリスでも当然適用される。 

 

「思ったよりアルマジロやバイソンが多いな。外貨獲得用にも量産しているのか」


 アルゴフォースやアルゴアーミーのみならず、アルゴナウタイに関与する全体にアルマジロやバイソンは供与されている。

 コウが見たことがないシルエットも数種類あり、内心衝撃を受けた。トライレームでもベアに代わる量産機は模索しトライアルを繰り返しているが、まだ結果は出ていない。コストと生産性の問題だ。

 トライレーム普及機という意味ではシュライクは早々に脱落し、特殊部隊用の立場を確立している。やはり機構的なコスト高がネックであった。


「あれは王城工業の蚩尤シユウ――チーオーか!」


 コウの視界に入ったシルエット。それは王城工業集団公司のシルエット蚩尤だった。この機種こそトライレーム普及機としてトライアル中の、ウンランが構築した最新シルエットである。蚩尤は日本語読み。中国では五種の武器を使い、魑魅魍魎を引き連れて黄王と戦ったともいわれる妖怪、軍神の類いだ。

 量産性に極めて優れているが、何よりオプション兵装と専用追加装甲が豊富。汎用性を追求したシルエットである。素体ではベアほどの装甲はないが、それなりの機動力と、全身を覆うような追加装甲ではエレファントを上回るほどの強固な防御力を持つ。ウンランはこの多様な兵装を扱う蚩尤を由来に名付けたと説明していた。それほどに自信に満ちた設計なのだろう。トライレーム正式量産機となる必要がないほどに売れてもいる。

 現在はゼネラル・アームズのバイソン後継機ウルサスともに有力候補だ。


「普及機とはいえ、こんなところで見ると。本当に闇鍋みたいな場所だ」


 コウがシルエットを確認しようとすると、通りすがりの三人組と肩がぶつかった。


「すまない」


 そういって先を急ごうとすると、肩を掴まれた。


「ちょいと待てや。兄ちゃん。ツラァ貸しな」


 ――この手の輩はどこにでもいるな。


 コウは内心嘆息し、どう対処するか思案することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る