アスロン

「生きている人間を養うためにはお金がいるわ。人はパンのみに生きるにあらず。って意味は違うか。レーション生成程度なら無限に出来るけど。それだけで我慢できるほど人間は強くない」


 コウはヘスティアの言葉に同意し首肯する。どの時代でも豊かさを求めることは自然なことだ。

 

「そして完全中立という立場を取るためにもね。私はストーンズにも、トライレームにも与しない。当然新生した傭兵機構にもね」

「アンフィシアターは興行、そして戦力を集めるため一石二鳥ということか」

「おおむね正解です。その戦力とお金で、せめて目が届く範囲。このI908要塞エリアのなかでも聖域アルティスに逃げ込んだ人々を守るぐらいの力を。――それ以外は要塞エリア内でも関与はしない。闘争を求める人々が集うのだから」

「逃げ込んだ者を保護する聖域都市、か」


 二十一世紀にも聖域都市と呼ばれるシステムは存在する。その多くはアメリカだ。


「そういうこと。侵すことができない土地συλονアスロン――。私が保護する者は弱者優先だけどね。環境による格差は想像以上に大きなものよ。――それ以外。戦える者は自力で勝ち取りなさいという方針です」

「アスロンか。神が支配する、人の法が及ばない土地を意味する言葉だぜ。聖域の概念、その根幹ともいうべき言葉。アジール権の語源だ。あとで師匠に教えて貰うといい。聖域に関してヘスティアは本気だな」


 ヴォイが隣で解説する。この熊もテレマAIとして本気を出しているようだ。


「わかりやすい」

「ここでお金儲けをする。その方針は決まった。じゃあどうやって? それこそアンフィシアターを最大限に活用するつもりです。あとは中立地帯のリゾート地としてもね」

「準備段階というわけか」


 大きな事業を行うためには、準備期間はそれなりに必要だ。

 今はその大切さは身に染みてわかっているコウ。トライレームは急ぎすぎた感があった。オーバード・フォースが事前に存在していなかったらもっと混乱していただろう。


「オケアノスも初期資金はある程度融通してくれたしね」

「オケアノスも承知済みか」

「ミナはオケアノス発行通貨。ネメシス星系の現時代用に設定された通貨なの。開拓時代から眠っていた私は無一文ってわけ。プレゼンしたら、投資名目でそれなりの額を提供してくれたよ。まあ応じてくれなかったら泣いてやる怒ってやる暴れてやる全覚醒してやるっていったせいもあるけど」

「オケアノスに自らプレゼンしたのか。最後はただの脅しだな……」

「今更十二神クラスの超AIなんて出てこられて彼も対処に困るんじゃない?」

「自分でいうな」


 ヘスティアは悪戯っぽく笑った。自覚はあるらしい。


「まだI908要塞エリアのアンフィシアターはプレオープン状態。正式オープンは大々的にやるつもり。そのためのあなたね」

「ウーティスは死んだぞ」

「メタルアイリスのエースパイロット、コウとしてよ」

「ん?」


 予想外の回答に、コウは少しだけ驚いた。超AIからエースパイロット呼ばわりはむず痒いものがある。


「アシア大戦を終戦に導いたシルエットと乗り手、百人斬りを果たしたアルゴフォース兵器開発責任者との対決。そう! 夢のエキシビションマッチ! オープニングイベントでは最善でしょ!」

「ヴァーシャもくるのか!」

「来ると思うけどなあ。来なかったらあなたに頑張ってもらうしかないわね」


 そこは自身なさげなヘスティアだ。


「一人で盛り上げるなんて無理だぞ」

「そこはね。他にも様々な企画を用意しているわ。大物女性タレントを起用。アイドルのコンサートとかね!」

「へえ。アイドルか。地球でも惑星アシアでも芸能関係には詳しくなくてな。申し訳ない」

「いえ。この機会に知ることになると思いますので。リゾート地として宣伝するため、ロケーションを利用した宣伝媒体用の企画も用意したの。あなたにも喜んでもらえると思うわ」

「そうなのか。楽しみにしている」

「ええ。とっても喜んでいただけると自信があります」


 ヘスティアがにっこり笑った。

 叩き起こされたという割には、コウに対して無邪気な笑顔を向けている。怒ってはいないようだ。

 

「そうか。安心した。怒っているようにも見えたから、てっきり何かあるのだと。ロケーションを利用した宣伝なら、俺に害はなさそうだ」

「フラグ立てることはやめようぜ、コウ」


 ヴォイが真顔でコウに忠告する。何やら真剣だ。


「お、おう」

「フラグなんてとんでもないですよー。皆さんに喜んでいただけるものを。それが興行や広告として大事なのです!」


 ヴォイがジト目でコウの横顔を見詰めていることに、彼は気付いていない。

 惑星アシアの大物タレントでアイドル扱いされている女性など、ヴォイにだって一人心当たりはある。コウの鈍さに若干辟易したのだ。


 ふとヴォイがヘスティアの方をみると、彼女と視線がばっちりあってしまった。彼女の目は一切笑っていない。


 ――次ネタバレしたら容赦しない。


 ヴォイはそっぽを向いて蜂蜜をむさぼることにした。ヘスティアによる緻密な計画の上にある復讐に内心震えている。

 その様子をみて、満足げなヘスティアだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ここの目的と俺を呼んだ理由はわかった。アンフィシアターでエキシビション・マッチをやればいいんだな」

「はい。その通りです」

「闇試合というのはどうなんだ。何が目的で、何故許可しているのか。どこでやっている?」

「ふふ。やはりそちらにも興味ありますか。コウらしいですね。日本だとなんでもありバーリトゥードかガチンコやらセメントともいうべきでしょうか。それとも真剣勝負?」

「異種格闘技やプロレスはよくわからなくてな。真剣勝負、がやはりしっくり来る」

「今やネメシス星系でプロレスに興味ある人はそういないでしょうしね」

「そう思うだろ? 惑星リュビアのアンティーク・シルエット――高級機が基になった幻想兵器がプロレス技を使っていたんだ。巨大宇宙艦が変成した幻想兵器もキャメルクラッチを使っていたな……」


 ウリエルとアーサーの勇姿を思い出し、ヘスティアに伝えるコウ。

 ウリエルが放ったプロレス技は、アーサーが全て受けきって凌いだ。ヘスティアの顔が引き攣っていた。


「――聞かなかったことにします! 闇試合だからこその真剣勝負。なんでもありですよ。そちらのDライフルももちろん使用オッケーです!」

「本当になんでもありなんだな。それだけ危険なんだろう」

「はい。とっても! 何より賭博の対象となっております」

「ますますローマの奴隷じみてきたな」

「せめて古典古代といってくださいな。――古代ギリシャの古代オリンピックは平和の祭典でした。アンフィシアターもその方針です。闇試合はどちらかとローマ寄りですね」

「ライオンが登場したり、剣闘士奴隷が自由を手に入れるまで戦い続けるとか?」

「はい!」


 即答したヘスティアに、コウが若干引いた。


「それなりの安全対策はしますけどね。死が人出たら面倒臭――大変なことになりますし」

「面倒臭いんだな! 自分の命をベットするわけだから、そこは気にしなくても」

「その通りなんですよねー。それでも安全対策で、ここから見えるあの人工島エリス。由来は争いの女神ではなく、古代オリンピアがあった地名です。あの人工島エリスの地下〔パライストラ〕で地下シルエット闘技会は開催しています。半径8キロ以上はある巨大島ですね」

「やけに大きいな。主催者はヘスティアか?」

「主催はバーンさんです」

「ヘスティアという意味では……」

「そこは黙っていてくださいね! あなたがウーティスであること、表向きは別人でしょう? バーンとヘスティアも別人です! いいですね!」

「わ、わかった……」


 ヘスティアの剣幕に押され気味のコウは、了承する。自分もウーティス名義を使い分けているのだ。人のことはいえない。


「でもあなたは、現時点では出場は無理ですね」

「現時点では、というと?」

「今期は二期目となりますが、レギュレーションは3人チーム制なんですよー。四半期ごとに切り替えて盛り上がるルールを模索しています。今から三人仲間を集めますか? 未熟な仲間は敵よりも厄介ですよ?」

「そうだな。言いたいことはわかる」

「当然、即席で仲間をみつけてエントリーしていただいてもいいですけどね。多くの傭兵はそうしています。しばらくはこちらに滞在してもらいます。正規試合も用意しておきますよ」

「頼んだ」

「ただ……まあ大した問題ではないのですが」

「ん?」

「今のあなたと五番機では一介の傭兵では相手にならないと思うんですよねえ。そこはお好きなように。私から言えることは正式オープン前に死なないように気を付けてください」

「わかったよ。闇試合でも同様の実力差があるのか?」

「宇宙は広く、あなたが知らぬ凄腕、高性能機はたくさんいます。あの場所にね。闇試合を甘く見ないでください」


 コウを挑発するかのように、不敵に笑うヘスティア。

 指差す先に、その人工島に地下闘技場があるのだろう。


「そんなこと言われたら出るしかないんじゃないか!」


 ぼやくように天を仰ぎみたあと、人工島に視線を向けるコウ。

 まんまとヘスティアに乗せられた気がした。



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