とくに逸話がない女神様

「信じられない。なんて熊なの! そこは意味ありげに呟くところでしょ? バーンという偽名まで事前に浸透させたのに! なんであっさりとばらすかな?」

「バレバレ過ぎるぜ! あとそのキャラはどうなんだ」

「このファミリア、 超Aひとの痛いところを付いてくるファミリアね……」


 歯ぎしりしそうな勢いでヴォイを睨み付けるヘスティア。


「蜂蜜をだそうとしたけど、やめた!」

「え? まじでごめん!」

「本気で謝ってよ!」

「ごめんなさい」

「んもう! ――聞こえる? お客人に紅茶と蜂蜜お願いね」


 どうやら使用人に指示を出したらしいヘスティア。


「ギリシャ神話の女神ヘスティア……」

「そう。彼女を模した超AI。それが私」

「炉床の炎を擬人化した女神。それがヘスティアだぜ」

「とくに逸話がない女神様だっけ」

「ちょ! なんてことをいうの! ――その通りだけど。ちょっとはあるわよ。ちょっとは」


 眼鏡をかけ直し、自分を落ち着かせるヘスティア。

 アリマよりも人間らしい。超AIは力を増すほどに、人間臭くなるのだろうかと思うコウだ。


「ごめん。よく知らないんだ。オリンポス十二神がよくテュポーンに破壊されなかったな」

「ぶっぶー! 違いますぅ! 私、オリンポス十二神じゃありませんからー!」


 自分のことをよくしらないコウにふてくされ始めたヘスティアだった。

 正確にはアニメの話で聞いたことがあるのだが、その回答は余計彼女を怒らせる可能性が高く黙っている。


「コウ。ヘスティアはオリンポス十二神じゃないぜー。正確には、その座をディオニソスに譲ったんだぜ!」

「アシアはウーティスにギリシャ神話を叩き込むべきだったわね。あとでお説教しよっかな!」

「待ってくれ。これでもギリシャ神話に関してはアシアとアストライアに叩き込まれた方なんだ!」

「ろくにヘスティアも知らないのに? へー。アストライアにも一言いっておきましょう」


 自分が模している由来の女神をコウが知らないことに対し、彼女の恨みは深かったようだ。

 プライドを傷付けてしまったかもしれない。


「しまっ――」


 アシアやアストライアに一言言える超AIもそういないだろうと思うコウ。迂闊な一言で墓穴を掘ってしまった。

 お説教案件が積み増しされていることに恐怖を感じ始める。


「あの二人における私の扱いがどんな感じか把握してきました。私の存在軽すぎ?」

「神話におけるヘスティアの位置づけがこう…… なんかよくわからないんだ」

「姉キャラで妹キャラだぜ!」

「もっとわからんわ!」


 雑すぎるヴォイの説明にさすがにコウもキれはじめた。

ヘスティアにまつわる何か大きな逸話でもあればいいのだが、どうしても思い出せない。


「オンパロスストーンの逸話なんですけどねえ」

「それは知っている」

「なんでよ? どうしてそれ、 、 をしっていてヘスティアを知らないわけ?」


 ヘスティアもコウの曖昧な知識に怒りを隠さなくなってきた。


「テュポーンの化身アリマに聞いたんだよ」

「待って。――本気で待って。そっちのほうが問題発言だよ? テュポーンをちゃっかり取り込んでいるとか、恐ろしすぎるよ!」

「取り込んではいないけどな。友人だ」

「どこの世界に破壊の化身と友人になる人間がいるのよ? それこそ惑星開拓時代にだって聞いたことないよ」

「俺に言われても…… アリマは友人だし、トライレームに在籍しているぞ」

「うっわ。その話を聞いたらヘルメス君一晩中ゲロ吐き続けるよ。賭けてもいい」


 ヘスティアは大仰にため息をつき、コウの言葉にヒいていた。コウも彼女の乱暴な表現に若干引き気味である。

 気を取り直して説明を再開する。


「石を飲み込んだ逸話は知っているということね。ヘルメス君の目的ってヤツ」

「新たなゼウスに成り代わるってやつだろ? ゼウスを超えるものはゼウスの息子のみ。――そこまでは聞いている」

「テュポーン、そんな知識まで与えてるのね! あなたはアシアにではなく、テュポーンにギリシャ神話を学ぶべきだったと思うよ!」


 彼女なりの誘導尋問だったようだ。思わずしまったといいたげな表情が顔に出るコウ。

 コウの様子をみて、ようやく落ち着きを取り戻すヘスティアだった。


「その逸話に関連する話だよ。息子のゼウス同様、クロノスを超える者はクロノスの息子のみ。そして最初にクロノスに飲み込まれた神様が長女だった女神ヘスティア。最後に飲み込まれた石がゼウスの身代わり。オンパロスストーン」

「ヘスティアが長女。飲み込まれた順番までは把握していなかったよ」

「そしてゼウスがクロノスに兄弟姉妹を吐き出させたとき、最初にゼウスの身代わりになった石が吐き出され、最初に飲み込まれたヘスティアは最後に吐き出されて末っ子扱いになった。姉であり妹というのはそういう意味。――そこの熊。ちゃんと教えておきなさい!」

「ほーい」


 ふてぶてしく返事をするヴォイ。彼にとってあまりヘスティアは畏敬の対象ではないらしい。


「クロノスに飲まれなかったゼウスが長兄になったんだな。最初に吐き出されたオンパロスストーンこそ、本来のゼウス同等、双子神に匹敵するはずだったと」

「そうそれ。最初こそヘスティアはオリンポス十二神だったけれど、その座はディオニソスに譲った。だからテュポーンの宿敵である十二神でもないし、彼にとってはガイアの系列レアの娘。つまりタイタンに属するということ。神話的にもテュポーンも私は狙わないわ。彼が製造された時には寝てたし」

「なんで寝ていたの?」

「やることなかったもの。開拓時代に十二神が勝手に戦争始めたし。人間が望んだ部分もあるから、勝手にやってね、と。それでふて寝です。人間の野心に関しては非干渉ですよ私」


 戦争を望む人間に対しては辛辣なのだろうか。当時の人間にはあまり良い印象はなさそうなヘスティアだった。


「今はやることがあるんだな」

「ありますよー。あなたたちトライレームがなんとか奪回したシェーライト大陸。それ以外ね。自分たちに必死なのはわかるけど、他の大陸の惨状も考えてごらんなさいな」

「そこまで余裕がなかったからな……」

「そこは仕方がないと理解してあげましょう! アシア奪回は偉業です。そしてあなたが優しく強いことも認めています。ですが問題はストーンズですね。あいつらはいけません。こんな貧困状態が発生するほど格差社会が生じたことは惑星開拓時代、惑星間戦争時代、ともにありません。完全平等を標榜する連中が超絶格差社会を創り出すなんて皮肉どころの話ではありません」

「マーダー相手の時は良かったんだ。オケアノスが戦争による消耗を保証。報酬を給付して対応した。しかしストーンズが半神半人というシステムによって人間の肉体を手に入れてから状況が一変した。手下にした人類勢力を創り出した。オケアノスは人類同士の抗争と見做したんだ」

「そこですね。そこが小賢しいというか。ヘルメス君らしい策略です。人類同士の戦争こそアシアがもっとも嫌がるでしょう。オケアノスの補填も当然激減します。介入が許されたであろう旧傭兵機構はストーンズ寄りに動いていた。天罰としての天体衝突事象の再現を許すほどには、オケアノスは内心怒り狂っていたのでしょうね」

「あなたが目覚めて活動することになったきっかけとなった、か」

「原因はブラックホールだからね? ――ヘスティアは孤児たちを慈しみ見守る乙女なので。まず惑星アシアの状況を鑑みて目を覆う惨状に絶望しました。このパイロクロア大陸だけでもなんとかしようと、干渉したのです。まだ一割ぐらいしか起きてないですけど」

「今の力で九割寝ているのか」

「第四勢力ですからね。派手な動きはできません」

「ん? 第三勢力じゃないのか」

「第三勢力はエウロパに決まっているじゃないですか」


 これもコウがどこまで把握しているかの確認なのだろう。

 じっと彼を見据えるヘスティア。心の奥底まで読み取られる錯覚さえするコウだった。


「それがバルバロイか!」


 コウにも心当たりはある。プロメテウスから聞いた、惑星エウロパの住人。かつて人類だったサイボーグたちのことだ。


「へー。やっぱり知ってた。それもテュポーンから聞いたんでしょ?」

「惑星リュビアに降臨したプロメテウスに直接聞いた」

「プロメテウスが降臨って?! タルタロスからでしょ? 無理ゲーすぎない? 何してんのあいつ…… 相変わらず惑星リュビアは魔境ね。――幻想兵器の登場で魔境そのものになっている、か」

「プロメテウスも一柱の創造意識体としてトライレームに参加してもらっている」

「トライレーム怖ッ! ヘルメス君どころか、アレス君やアフロディーテちゃんが泣いて逃げ出しそうな組織になっていたのね……」


 本気で引いているヘスティアに、そんなヘスティアに引いているコウ。

 しばし思案するヘスティア。言葉を選んでいるようだ。


「バルバロイはこのI908要塞エリアにもすでにいます。私がこの要塞エリアをぶんどったからね。彼らの戦闘データはアンフィシアターにいってその目で確かめるといいよ」

「そうするよ。――俺からも聞きたい。ヘスティアは何が目的でこの要塞エリアを?」

「あー、うん。ヘルメス君がアンフィシアターを作っていたからね。これ幸いと強奪させていただきました。――目的はお金。孤児を養うためにも、オケアノス管理下のネメシス星系経済圏ではお金は重要だから」


 ヘスティアもこのときばかりは言葉に力が無かった。

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