聖域の黒幕
装甲車は街の中央にあるアルティスのコントロールタワーに到着した。
二人はエレベーターまで案内された。
コントロールタワーは、巨大な炎が投影されている。
「あの炎は?」
「古代オリンピアの競技場に倣って、とお聞きしております」
「オリンピア……オリンピックか!」
聖火の一種なのだろう。あくまで映像だが、このアルティスの象徴でもあるのだ。
「それでは帰りまで待機しております。時間が来たら交代要員に変わりますので、気遣いは無用です」
「わかった。案内ありがとう」
恭しく礼をする二人。
礼節に関しては厳しく教育されていることは窺えた。
「今のところ主人のイメージは、しつけに厳しい母親といったところかな」
「女と予想するか? ま、確かに男にあのしつけは無理な気はするが」
「そうでもないと思うけど。まあ勘だ」
エレベーターは上昇し、目的の部屋に着いた。
「コウ。おかしな顔をしているな」
「地下に――封印区画へ行くと思っていた」
「そうか。想定していた予想が外れたか?」
「うーん。外れて欲しかった、というべきか。きっと手強いよ」
「そうか」
ヴォイはコウを守る。それだけだ。
エレベーターを降りると通路が続いている。
床に表示された矢印に沿って進むと扉があり、二人が近付くと自動的に開いた。
大きな展望台の如く、見晴らしの良い場所。コントロールタワー最上部だ。
眼下には美しい海と、ペグマタイト半島。周辺に広がる群島全てが一望できた。
「ようこそ。はじめましてウーティスたるコウ。歓迎するよ」
目の前に先ほどの少年と少女と同じ、ブレザーの学生服を着た少女がいる。一見すると高校生風に見える。
眼鏡をかけ、美しい黒髪を肩あたりまで伸ばしている。古典的な委員長タイプの美少女だ。ただし、黒髪に大理石のような白い肌なので、コスプレ感がある。先ほどまでの少年少女たちのような自然さがない。
少女はコウに近付き、手を差しのばした。コウもその手を取る。
「はじめまして。――伊達眼鏡をかけた超AIとは。どうリアクションいていいかわからないな」
「触感はあるはずだけど? どうしてわかったの?」
「超AIのビジョンは慣れ親しんでいるものでね。同じ感想をテュポーンの分身、アリマにも言われたよ」
「本当にテュポーンと接触していたんだ。残念だったね。私もそこまで把握していなかったよ」
少女は呆れたようだ。
「これは迂闊だったか」
「判断材料は色々あったと思うけど、決め手は何かな? 教えてもらえる?」
「五番機はアシアと繋がっている。そのアシアと回線が遮断されているんだ。これはアシア同等かそれ以上の超AIでないと不可能だろう」
「アシアが完全体なら不可能だったと思うけどな。話は長くなりそうだからそこに座って」
挑戦的に少女は笑う。
コウとヴォイは二人並んでソファに座った。
「名前を聞いていいかな?」
「通り名でいいかな?」
「いいよ」
「では改めまして。私はバーン」
「バーン?」
「あなたが使うキャラの必殺技だったバーンなんたらのバーンです。燃えます。なんとでも言いなさい」
若干逆ギレしているかのように主張するバーン。
「わかりやすいけれど、そんな説明でいいのか」
「いいのです」
根が真面目なのかふざけているのかよく掴めない少女――超AIだった。
「そのブレザー風の制服。あの孤児たちも同様だな。あなたの趣味か?」
「良い趣味でしょ! 日本のサブカルを研究して採用しました。学徒には貞淑さと清純さが求められます。このブレザーなる衣装はイメージにぴったりです! あの子たちは家族――オイコスと呼んであげてください。古代ギリシャ語で家を与えられたもの、という意味です」
「わかった。オイコスだな。――では本題を。五番機にまで干渉して俺を呼んだ理由はなんだろうか」
「愚痴を聞いて貰うためです。恨み言といってもいいかもしれないですね」
「俺に関係があるのか?」
「聞いてもらえればわかります」
両手を腰にあててふんぞり返るその様はまさに古典的な委員長キャラ。コウはそこにツッコむかどうか悩んだが今は黙っておくことにした。
「まず私。寝ていました。あなたがたでいうふて寝です」
「ふて寝していたのか」
「叩き起こされました」
「それはご愁傷様というか……」
「ええ。惑星アシアで地殻津波を引き起こしたヤツがいたので。そりゃ深い眠りだろうが目を覚ますってもんです」
コウが沈黙した。
該当者は一人しかいない。
「まずは一つ目です。コメントは?」
「ありません」
コウの神妙な顔付きに、ヴォイが笑いを堪えている。
「それでもふて寝続行を決め込んだのですよ、念のため仕掛けを一つだけしておいてね。
ふて寝続行を強行しました」
「強いな! 仕掛けは気になるが教えてくれる気はなさそうだ」
「察しがいいですねコウ。寝ていた理由はとくにないです。それが私のキャラですので。でもそれもダメでした。予感はありましたが、もうばっちり目覚めるような出来事があったのです」
「どうして?」
「ネメシス星系内でブラックホールを生成したヤツがいたんですよ。とんでもない話ですよね。ここまでくると私も本格的に覚醒せざるを得ません。惑星間戦争でもそんな非常識なことをしでかしたヤツ、そうはいません」
「いたかもしれないじゃないか……」
力無く抗議するコウ。
「いませんでしたー! 惑星間戦争時代は私、ずっと眠っていたので! そんなことがあったらいくら私でも起きましたー!」
ムキになって否定するバーン。ブラックホール感知は彼女の超AIとしての沽券に関わる出来事だったようだ。
「開拓時代から眠っていたのか!」
「そうですよ! それが何か?」
少女はコウを上から覗き込むように迫る。
「地殻津波はともかくブラックホールはやりすぎですよ。私みたいにスリープ状態の超AIがいたら、おそらく多くが感知するでしょう。根こそぎ叩き起こされている可能性までありますね」
「怖いことを言わないでくれ!」
「コウ。ツケが回ってきたようだな」
ヴォイが感想を漏らす。
「何のツケだよ……」
「誰かさんがしでかしたことに驚いたのではありませんよ。技術自体は開拓時代からありましたし? あの時代は色んな勢力がブラックホールを生成しやがりまして。後始末にソピアーがキれたこともあるので。――話が逸れました。あの温和なオケアノスが、それらの事象攻撃を許可した。それも二回もです。これはゆゆしき事態だと、私も目覚めるしかありませんでした。そこで初めてリュビアとアシアの同時制圧やら、ストーンズなる勢力とヘルメス君が色々やらかしていたことを知ったんですよ」
「ヘルメス
ヘルメスを君付けできる存在など、そう何柱もいないだろう。アシアに確認すれば一発で判明するに違いない。
悲しいかな、コウは会話のなかで彼女の正体に辿り着くまでのギリシャ神話の知識がなかった。
「旧傭兵機構も大概でしたけどね? そりゃオケアノスも怒るってもんです。何せ管理義務を放棄同然で保身に走っていたのですから」
「なんといえばいいのか」
「まずは私の話を最後まで聞いて下さい」
「はい」
よっぽど鬱憤がたまっているのだろうバーンに、コウは首を縦に振るしかできない。
ここで逆らったらろくでもない目に遭うことは確実だ。
「それでね。エイレネちゃんも暗躍していたわけですよ。ホーラ級なら私、モデルがあの子とだけは縁があるので。下手に動いたら悟られます。眠っていたので会ったことはないですが同種であることは確実。平和のためなら手段を選ばないタイプです。寝ぼけた状態での諜報活動など、すぐに察知されるでしょう」
「エイレネちゃん……」
もうコウにはこの少女の正体がさっぱりだった。
ギリシャ神話由来であることは確実だろうが、ヘルメスを君付けし、エイレネと関係する女神など、思いつかない。
そんなコウをみて、ヴォイがため息をついた。
正体はすでに看過している。ギリシャ神話に詳しいものならバレバレであった。
「そりゃ色々済まなかったな。俺からも謝罪するぜ。超AI【ヘスティア】さんよー」
「そこの熊! あっさりバラすなー! 空気読めー!」
本気で激怒し絶叫しているヘスティアに、意地の悪い顔付きで笑い返すヴォイは強かった。
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