断章 ヘルメスの憂鬱

 ヘルメスの様子がおかしいことをヴァーシャとアルベルトは気付いていた。

 彼としても二人の構築技士が自分の苛立ちに対して困惑していることを知っている。


「間抜けがいたからね。最近みんなに当たりがきつくなったようだ」


 ヘルメスが苛立ちを隠さずに告げる。すべては間抜けが悪いのだ。


「我らが詳細を伺うことは許されないのでしょうか」

「こいつばかりはね。そしてこの間抜けの失態に関しては君たちに一切の非はない。ぼくの腹心として実によくやってくれている。感謝してもし足りないほどだ」

「もったいなきお言葉でございます」


 アルベルトが恭しく頭を垂れる。

 間抜けの失態とやらは、彼らが関知していない、そして把握できない規模の模様だ。ならばアルベルト如きが口を出すことは憚られる。


「開発権限はぼくたち三人。アルゴフォースに集約している。この体制は揺るぐことはないよ。確定だ。間抜けどもがいかに頼りないかよくわかったよ」


 ヴァーシャも察する。間抜けとはストーンズのことなのだろう。


「パイロクロア大陸にはアルゴアーミー。スフェーン大陸にはアルゴネイビー。外征隊であるアルゴコーで対応しています」

「半神半人とその手下だろ? それほど使い物になるとは思わないけどね」


 半神半人への侮蔑を隠そうともせず吐き捨てるヘルメス。よほど嫌なことがあったに違いない。


「ヘルメス様!」


 創造主たるヘルメスはストーンズに対して毒づくことをやめない。


「いやはや。言い過ぎたね。近いうちに半神半人による反乱も想定しているよ」

「そこまでですか……」

「彼らを生み出したぼくだけど、魂の劣化コピーの分際でよくいう。完全平等なんてあるわけないじゃないか。生物どころか無機質だって素粒子レベルで差というものは存在し、そんなも真実は古代ギリシャ人だって理解している」

「それは……」


 共産圏で生まれ育ったヴァーシャは、ストーンズにある程度のシンパシーを感じている。

 そこまでストーンズを非難する気はなれない。


「ヘルメス様。ぶっちゃけ過ぎですぞ」


 思わず噴き出すアルベルト。まさかあのストーンズも、創造主にここまで言われるとは思うまい。


「はは。アルベルトの言うとおりだな。彼らが望んで、ぼくが与えた。でもね。ぼくの存在自体が彼らにとってそぐわないんだよ。相反するに決まっている。石には感情も享楽も必要はなく、ぼくはそれを是とする超AIだからね」


 アルベルトが噴き出したことによって、ヘルメスの気は晴れたようだ。

 

「だいたいあいつらは平等を標榜するなら全員エンジェルにでも搭乗すればいい。それなのに成果主義などを導入して搭載するアンティーク・シルエットに差別化したり中途半端に肉体を欲しがるから、結局は固体差に苦しむんだよ」


 一通り毒づいたあと、すっきりしたようだ。

 ヘルメスとはいえ、誰かに聞いて欲しかったのだろう。


「もうこの星の覇権にも興味ない。肉体を手に入れたからね。ゲーム感覚だ。そこで新たな手駒を用意する」

「新たな手駒?」

「惑星エウロパ――生きる者がいない死の大地。眠り姫の星に残っている残党。バルバロイをアシアで使うつもりだ。もう一部はこちらに呼び寄せていた」

「サイボーグになって冷凍睡眠を拒んだものたちをですか」

「彼らとぼくは協力関係にあるからね。サイボーグ技術を提供したのもぼくだ。もっとも厄介な点は一つあるが……」

「教えてください」

「いいよ。これは女神エウロパの本質を引き継いだ、超AIエウロパの策略もあるかもしれない。彼女は自らが管理する星の運営を放棄中だ。冷凍睡眠を解除していないからね」

「はい。無人の惑星とはそれが由来ですよね」

「だけど、彼女の熱心な僕。それらがバルバロイでもある。彼女の本質、基となった女神エウロパは古代オリエント、カナンの地より来る女神アスタルト。アフロディーテもそうだね。狩猟。王権。軍馬――そして戦争。つまり本質は侵略者。天然無邪気にして理想主義の、厄介な御姫様だよ」

「それは……」

「彼女の子孫は何をした? クレタ島のミノス王はアテナイに侵攻。講和条件に息子たるミノタウロスへの生け贄えを要求。偉大な王で公平な裁判官? とんでもない。父ゼウスと母エウロパの強権による独裁者に過ぎない。だからダイダロスなんて技術者にしっぺ返しを受けたんだ。――おっと話がそれた」


 ヘルメスは饒舌になった自分を戒める。やはり間抜けのやらかしたことに関して、かの超AIでも同様が激しいらしい。


「超AIエウロパとバルバロイの目指す目標。それは――エウロパによる惑星アシア植民地支配」

「エウロパが?」

「アシアで得た技術のノウハウ、生産物を惑星エウロパの繁栄の糧にするための、ね」

「超AIアシアが許すはずないと思いますが」

「そこだよ。アシアはまだ半分は封印されている。リュビアは全壊した。ぼくだってそうだ。万全ではない。――しかし超AIエウロパは違う。彼女だけは万全で完璧だ。ゼウスに愛されし超AIはね。神話同様にね。彼女はゼウスから数多の贈り物をもらっている。ヘパイトスのネックレス、青銅の巨人タロス、猟犬ライラプス、無尽蔵に投擲可能な投げピルム。敵に回したくはないかな」

「味方寄りの第三勢力。緩い同盟関係ですか」

「ああ。そうとも。間抜けのせいでそうせざるを得なくなってしまったね! ぼくだってアシアが植民地になることは忍びないとは思うよ。でも仕方ないことなんだ」


 ヘルメスは深くため息をつき、両手で顔を覆う。

 そこまで追い詰めるのは何であろうか。それはヴァーシャにも理解不能だった。


「今は第三勢力。同盟、可能なら手駒になるようようにぼくも動くよ。彼らは数そのものは多くないからね。半神半人よりもバルバロイのほうが相性が良いぐらいだ」

「わかりました。私たちはヘルメス様の傍を離れません」

「ありがとう。そしてもう一つの問題について触れようか」


 ヴァーシャは右の眉を吊り上げた。これはヴァーシャも既知の案件。


「謎の第四勢力の件だ。奴は何者だろうか」

「我々が腐心して作ったアンフィシアターがあるI908要塞エリアのコントロールタワーを占拠。制御機構は完全にストーンズから離れております。とはいえ、トライレームや新生傭兵管理機構が関与している形跡はありません」

「かといって、ぼくが作った観劇用の放送網は生きている。完全中立地帯。いわば一種の聖域状態。誰が何の目的の為に? いや、シルエットの競技化となるならこれほど理想的な要塞エリアはないだろう。だけど何のために? これが理解できない」

「ええ。潜入捜査で私が百人抜きをしたものの、報酬は主催者のバーンなる人物から降りただけでした。また招待状が来ていますよ。次はエキシビション・マッチとして招待したいと」

「行けば良いよ。また放送もこちらに流してくれるだろ。そこらへんは妙に親切なんだよね。――バーン。本当に何者か? ヴァーシャの百人抜きは映像で見たけど痛快だったね。そんなにベースをやるのが嫌だったのか」

「……ええ。まあ……」


 ヴァーシャが口ごもりながらも、ヘルメスの言葉を肯定した。


「仕方ない。百人斬り達成したことだし。そこは諦めた。TAKABAの楽器はいいね。お気に入りだ。――とはいっても劇場は取られてしまった。これではライブもできない。問い合わせたら申請すれば有償で使えるとの回答は得た」

「問い合わせしたのですか!」


 ヘルメス自らが要塞エリアに問い合わせる姿は非日常的な光景であろう。


「してみたさ。まさか返答があるとはね!」

「いやはや。相手の目的どころか、力を推測することも叶いませんね」

「実に腹立たしいが…… 敵対する意志はないようだ。単に劇場が欲しかっただけにみえる。何せあの場所に配置しておいたバルバロイとスプリアス・シルエット――テウタテスは完全に掌握されてしまっている。第四勢力下にあるとみてもいい」

「兵器実験でしょうか?」

「それぐらいしか理由は思いつかないかな」

「生き残っている超AIの可能性は?」

「プロメテウスなど筆頭だが、あいつはアシアとアシアの騎士側につくだろう? 十二神以外はあらかた破壊されていると思うし。バーン……パンか。超AIで祭典関係なら超AIIパンがいたが、そんな安易な連想ゲームをするヤツじゃない。あいつはぼくの眷属だし、敵対することはないはずだ」

「パン――パニックの語源となった、牧羊神ですね」

「パニックの逸話は二種類あるんだよ。神話ではテュポーンに襲撃され変身に失敗して上半身は山羊、下半身は魚になったといわれている。もう一つは何もない場所で昼寝を邪魔されて怒り叫び、巨人を恐慌に陥れたといわれている。彼は敵を威嚇する超AIだ。しかしそんなものは端末さえ残っていない。破壊されたよ」

「ですが超AIではないにしろ、その端末などの可能性も?」

「そういう可能性はある。ぼくも残骸だったようなものだ。残っている連中がいてもおかしくはない。――今は敵にならないならそれでいい。要塞エリア一つぐらいくれてやるさ」


 そういって嘆息するヘルメス。敵でないなら様子見が正しいだろう。しかもアンフィシアター自体は利用可能なのだ。

 敵対する勢力下ならヴァーシャなどとっくに殺され、音楽活動の利用など認められないだろう。


「とはいっても得体の知れない敵というのもいらいらするものだね」

「彼らがエウロパの手のものという可能性は?」

「まずないだろうね。バルバロイを移動させる宇宙艦も限界がある。技術封印でもっとも影響が大きかった惑星は重工業特化の超AIエウロパだ。それでもなお技術的なアドバンテージはアシアより上。どれだけのものかわかるだろ?」

「ふむ。――ひょっとして三惑星のなかでもっとも技術解放が進んでいるという理由でアシアを植民地に?」

「さすがだねヴァーシャ。転移者なんて惑星エウロパにはいない。彼らの存在こそ、プロメテウスのアシアに対する依怙贔屓。いや贔屓の引き倒しといってもいいだろう。重工業が得意分野のエウロパとしてもさぞや面白くないだろうね!」

「エルメス様。超AIエウロパはどんな性格なのですか?」


 二人の会話を聞いていたアルベルトが、ふと疑念を口に出す。どうもアシアと性格が違うようだ。


「超AIオリンポス十二神の主神に甘やかされた、世界は自分中心に回っているわがままお嬢様だよ」


 尋ねたアルベルトが言葉を喪うほどに、ヘルメスの回答は直球であった。


「だからといって姉妹であるアシアを攻めるか? という疑問にも答えよう。――これは人間にも言えることだが、姉妹間の関係などどうでもいいはずなんだ。だからぼくと組む余地がある」

「そういうことでしたか。人間とて必ずしも兄弟姉妹と仲が良いわけではありませんからね」

「彼女にしてみたらアシアにちょっかいをだすのは悪戯レベルかもしれないけどね。――根こそぎかっさらっていくつもりだろうけど。エウロパによる植民地支配にういては、と。地球における産業革命前後の欧州列強による植民地支配を考えてみるといい」


 ヘルメスは肩をすくめて、大げさなアクションを取る。内心同情などはしていないだろう。


「ヴァーシャ。とりあえずはI908要塞エリアの調査は進めておいてくれ。あと半神半人の監視を怠らずにね」

「わかりました」


 ヴァーシャとアルベルトは一礼し、ヘルメスのもとを去った。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「あー! くそったれ! あの間抜けどものせいで! 役立たずの石ころどもめ!」


 二人が退室し、一人になったヘルメスは再び荒れ狂っていた。肉体を手に入れた弊害。極度に昂ぶった感情を制御できない。

 ヘルメスの手元にある報告書が書かれたタブレット型の端末である。


「あれほどリュビアに手を出すなといったのに! エウロパなんざと手を組むはめになってしまった! あいつはあいつでこちらの足元を見るから嫌いなんだよ。兵器開発しか能が無いホーラ級AIのほうがまだ可愛げがあるってもんさ」


 怒りが収まらないヘルメスは、誰も居ない居室で一人怒鳴る。


「あいつらは作るべきじゃなかったか? 理念ばかり崇高なくせに無能すぎる! 半神半人の命令系統を確認。リュビア関連の関係者全員の肉体を没収。カレイドリトスはネメシスに放り込むか外宇宙に放逐しよう」


 それはヘルメスが考え得る最大の罰。

 それほどまでに彼の心は憎悪に染まっていた。


「くそ。くそ。くそっ!」


 これは暗黒に包み込まれる寸前、ストーンズの艦隊による映像記録。

 端末に映っている映像が消去できない。消したところで即座に映像は複写され、ウィルスのように増殖していくのだ。

 これはヘルメスにあてた強力なメッセージに他ならない。


「くそ!」


 タブレット型端末を壁に投げつけて破壊を試みる。


「誰だよ。アレの封印を解いたの。人間であるウーティスには不可能だ。オケアノスでもない。――まさかテュポーンとプロメテウスが手を組んだのか? いや、あいつらは接点はないはずだ! ただ、わかることがたった一つ。宇宙艦隊が撮影した映像。間抜けが惑星リュビアに手を出したんだ。くそったれ!」


 床に転がったタブレット端末は、なおも映像を映し出していた。その多くは幻想兵器。巨大な黒猫やドラゴン型、白銀の騎士。それらはまだいい。

 最後の映像がいただけない。呪いとしかいいようがない強固さをもって、彼のもとに送られ続けるのだ。


 そこに映し出されたものは、機械の蛇の如き異様。画面を埋め尽くす、巨大な蛇眼。

 ヘルメスに向けられた殺意そのもの。


 タルタロスに封印されているはずのテュポーンが現界した。ありえぬことだった。

 そのテュポーンの視線がヘルメスに告げているのだ。


 ――見つけたぞ。


 かつての神話にいう。テュポーンが出現した際、神々は動物に変身して逃走した。ヘルメスはその時、鳥に変身。その鳥は朱鷺ともコウノトリともいわれる。

 根源からこみ上げる恐怖。ギリシャ神話のトリックスターを模した存在だからこその感情。超AIヘルメスはただ怯えるのみであった。




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いつもお読みいただきありがとうございます! 


今回で【国家形成戦争時代の幕開け】が終了です。次回より新章がスタートします!

もう少しフランを書いていたかったですね。


惑星リュビアからコウたちが帰還の最中、とんでもないことになっています。

リュビアもモーガンも誰も、ストーンズ艦隊を葬り去ったことなどコウに伝えていません。彼女たちにとって石ころなど口にするのも嫌なのでしょう。


ヘルメスは肉体を手に入れたペナルティみたいなもので、強い恐怖に襲われています。手に入れる前なら、動きが違ったかもしれません。

リュビア編の閑話はコウたちの活動の結果でもあります。やりすぎた自業自得もありますがヘルメスとストーンズにとっては悪夢のピタゴラスイッチとなっていたのです。


事態はコウたちの知らないところで急展開。第四勢力もあり、こうなるとストーンズとヘルメスの関係も不穏になってきますね。


今後も応援よろしくお願いします!

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