潜入捜査の必要性

「ではL451防衛ドームで受注、在庫をシェーライト大陸から輸送。各地の兵器提供拠点になるということですね」

「最初はある程度の在庫もトライレーム持ちで準備しておきましょう。オープン時にはそれなりの品揃えがないと、様になりませんからね」


 フユキが地球時代を思い出し、苦笑する。

 

「アンテナショップみたいなかんじか。一種のショーウィンドウみたいな」

「そうですよ。コウさん。ミナさえあればすぐ買えますし。SS型の可変機である零式から普及価格帯であるシュライクなど手に入り入りやすい機体まで用意しておきましょう」

「何から何まで用意してもらって…… 助かります。でもどうしてここまでしていただけるのですか?」


 フユキは照れくさそうに笑う。


「これは投資でもありますが、大切なのは縁なのですよ。あなたがたは遠からずこの地一帯のリーダーになっていたかもしれません。その時、手助けしなかった我々が、手のひらを返すように『手伝います!』といっても『なんだお前らは』にしかならないでしょう?」

「それは。そうですが…… でも成功する確証もなく……」

「だから投資なのですよ。こうやって我々が支援することでご縁が繋がっていけば、いずれ大きな事を成し遂げる機会も生まれるでしょう。だからね。こういう投資は必要なのですよ。信頼してもらうためにもね」


 フユキの言葉に、コウがしみじみと同意する。


「それはそうだな…… 俺もそうだったよ」

「コウが?」


 コウの思わぬ一言に、フランが問いかける。


「メタルアイリスは俺が構築技士だと知らない時から誘ってくれたから入隊する気になった。肩書きや結果だけで評価されるのはまっぴらだとは思ったよ」


 懐かしむように呟くコウ。ジェニーとブルーは右も左もわからないコウに対してメタルアイリスに誘ってくれたのだ。

 そういう意味でフユキのいう縁という言葉は彼の胸に響く。彼らが結果を出してからでは遅いのだ。ギブアンドテイクといえばそれまでだが、そこに信頼関係は生まれない。

 構築技士であるという理由だけで手のひら返しをする者がいかに多いか、後日知ることになったのだ。


「私もその言葉に共感いたします。最善を尽くしますので応援してください」


 ネイトも腹を決めた。心胆隠すことなく話をする二人に、応えねばと思った。

 それこそが信頼への第一歩であろう。


「もちろん起業に等しい行為です。運用資金などは当面こちらで工面いたします。また先の戦闘でニソスが鹵獲した兵器すべてをお渡しします。この艦はもともと手狭ですしね」

「本当に皆様ありがとうございます。夫が最悪の手段に出ずに済みました」


 ズージが深々と頭を下げる。初動の運用資金や鹵獲兵器の譲渡など、数々の便宜をはかってくれる破格の条件だ。


「最悪の手段?」

「最悪の手段って何? 私もしらない」


 また変なことを考えていたのだろうか。不安になりネイトを睨むフラン。


「違う違う。俺一人がやれば済む話だった」


 あらぬ誤解を生みそうなので慌てて否定するネイト。

 ズージが夫を見ながら続けた。


「とにかくこの防衛ドームは資金不足。そこで夫は六番機の修理代捻出や新たなベア調達のため、シルエットによる闇の闘技大会に出場を検討していたのです」

「なんてこと考えているのよネイト! そんなことされて嬉しいわけないよ?!」


 悲鳴にも似た声を上げるフラン。そこまでネイトを追い詰めてしまった己に対して自己嫌悪がこみ上げる。


「落ち着け。フラン。少なくともキャンセルする予定だ。もう必要ないからな」


 フユキが内心まずいと思い、モニタに目をやる。この手の話に目がない男が隣にいるのだ。

 フユキの意図をすかさず察知したアストライアが即座に動き、アシアとエメと三人で会話を開始する。


「シルエットによる闇の闘技大会。詳しく教えてもらえないか」


 そこにエメが躍り込むように飛び込んできた。瞳が金色になっている。

 すでにアシアのエメ状態であった。


「はじめましてネイトさん。エメです。私も闇大会のことが知りたいので、同席してもいいですか?」


 そう告げるなり、コウの隣に陣取るアシアのエメ。全速力で駆けつけたのだろう。肩で息をしている。

 有無をいわせない迫力があった。


「どうぞ。本当に大した話ではないのですが」


 フランの突き刺さるような視線、気まずそうなコウ、かの著名なエメ提督を前に、強ばりながら説明を開始するネイトであった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「シルエットによるコロシアム。I908要塞エリアにあるアンフィシアター、か」

「ラテン語のアンフィテアトルムが語源だね。アンフィシアターでいいと思うよ。円形劇場という意味だね」


 アシアのエメが紅茶をすすりながら、その意味を解説する。

 紅茶はBAS社が提供しているもので極上の品だ。


「そこで腕自慢のシルエット乗りが集まって、勝ち進むと多額の賞金が貰えるそうで。――問題は別会場にあります。その場所では闇試合ともいうべきもの。シルエットの勝敗による賭けは表試合もありますが、賭けることができる金額は大きく変わります。危険度は増しますが賞金額も桁違いになるのです」

「シルエットによる対戦興行か。古代の見世物のような感じか?」

「そうね。その原形は古代ギリシャにはすでにあったわ。無数の劇場が古代ギリシャにあった。ギリシャの前古典期といわれる紀元前のものよ。格闘技はボクシングやパンクラチオン――レスリングが盛んだったね」

「剣闘士やドームの海戦はローマか」

「あのローマ時代のコロッセウムは有名だよね。八万人もの観客を収容できるとされ、コロシアムの語源だよ」

「まだ始まったばかりだそうですが、アンフィシアターは大層盛り上がっているようですよ。一般の部なる表の闘技大会と、賭けなどが入り乱れる闇試合。とくに闇試合に関しては様々な噂が流れています。治安はあまりよくないらしいですが」

「シェーライト大陸にはその手の噂は一切入ってこないからな……」


 コウは顔をしかめた。シルエットによる試合や闇試合がまさかストーンズ勢力で行われているなどとは思わなかった。


「しかしわざわざ実機でやる必要があるのか。コントロールタワーの処理能力があれば、ほぼ戦闘は完全シミュレートできるはずだ」

「そこなんです。お金と命を賭けているからこそ創意工夫で様々な機体や戦術が生まれるとのことでして。戦争と違って、資金もパイロットも平均化など図られませんから」

「闘技場特有の、特殊な環境が生まれるということか」


 模擬訓練なら相手シルエットの装備はだいたい推測可能。

 闇試合のルールは不明だが、戦闘前に判明するような可能性は低い。


「この前もアルゴフォースの総司令官であるヴァーシャなる構築技士が百人抜きを果たしたとか」

「ヴァーシャが!」

「抑えて」


 思わず声を発したコウと、苦笑しながら制止するフユキ。

 アシアのエメも目が据わりつつある。


「いや、これ侵入捜査が必要だろう」

「いりません」


 にべもないフユキが即座に否定する。


「兵衛さんにも相談しないとまずい案件だ。何が目的なのか」

「娯楽でしょう」

「娯楽? ストーンズに必要なのか?」

「ん? 確かに石になった人々には必要のないものですねぇ」


 食い下がるコウが放った一言に、フユキも考え込む。

 娯楽などストーンズには必要ないものであり、傭兵用にしても大がかりなものは必要はないだろう。


「俺が――」

「それを止めるために私がいるのです。――ネイトさん。お願いがあるのですが」

「なんでしょうか? エメ提督」

「その出場権のチケット。私に譲ってくれませんか。買い取ります」

「なっ!」


 コウが思わずアシアのエメをみた。

 先を越されたのだ。実質没収である。


「いえいえ。もはや私に必要がないものです。差し上げますよ!」

「ありがとうございます」


 頭を下げるエメに慌てるネイト。

 中にアシアがいるとも知らないネイトは、アシアのエメをエメ提督だと思っている。今回はエメベースで話をしているようだ。


「噂ですが、いびつな形状のシルエットも多数いるそうですよ」

「いびつ? アベレーション・シルエットか」

「そちらはよくしりませんが、シルエットより二回りほど大きいものなどもいるようです。大型シルエットなど聞いたこともありませんから」

「その話も気になるな……」

「闇試合のほうは結果によっては最悪死亡するという噂。かなり危険です。行かないほうがいいと思いますよ」


 ネイトもコウの身を案じて告げる。闇試合とつくからには、死の危険性は伴うであろう。


「ええ。あくまで検討です」


 エメの険しい視線の前には、コウはそう返答することが精一杯だった。

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