肇国

 L451防衛ドームに入場したユースティティア。

 ユースティティアを整備するためではなく、L451防衛ドームの再建に協力することになったのだ。


 居住区の一角にあるオフィスでは会合が開かれた。

 ニソスからコウとフユキ。L451防衛ドームからはネイトとその妻のズージ、そしてフランが着席して会談を始めていた。


「このたびはニソスの助力、心から感謝します」


 三人は深々と頭を下げ、礼をいう。


「気楽にしてくれ。今は一緒に戦った戦友のようなものだ。敬語など不要だ」

「そんなわけには」


 フランが顔を真っ赤にして言う。今やコウは彼女にとっての解放者メサイア


「そうですよ。あまりかしこまられてしまうと、話も進みませんからね」

「わかりました。本来はL451防衛ドームのドーム長が出席するべきなんだが…… すでに戦死していて俺なんかが代理をしている。このままあと数ヶ月もするとドーム長に任命されるだろう」

「それは大変でしたね」


 ドーム長になるということは、ドームの運営を担うということ。その重責をフユキはねぎらった。


「戦死したドーム長には哀悼の意を。――そしてあなたがドーム長になるというなら話もしやすい。結論から言おう。L451防衛ドームはニソスが課した条件をクリアした。その話の続きをするために乗艦してもらった」

「条件をクリア? あなたがたがいなければ、私達は全滅でした。とても自力では……」

「防衛隊はグライゼンを退けた。この戦闘には我々は一切関与していない。自力でなんとかする、という条件は達成したといっていい」


 コウが断言した。フランたちこそ知る由もないが、トライレーム創設者の言葉は大きい。この判断に異を唱えるものはいないだろう。


「しかしグライゼンやアルゴアーミーの侵攻が中断されるとも思えません。お約束通りトライレームはL451防衛ドームの流通拠点とします」

「それは助かります。周辺の防衛ドームのアンダーグラウンドフォースや防衛隊が、L451防衛ドームでトライレーム参加企業の製品が買えるということでしょうか?」

「品物だけではありません。トライレーム所属の傭兵部隊派遣など、各種サービスも提供できます。また工業力が高い防衛ドームは支社の創設も検討できるでしょうね」

「そ、それは…… そんな拠点がこのL451防衛ドームに……」


 破格の条件であった。

 流通拠点。古代より港がそうであったように、人と金が集まる場所は自ずと栄える。惑星アシアも例外ではない。


「しかし、私たちはトライレームに提示できるメリットがない。何があるというのでしょうか」


 ズージがおずおずと懸念を申し出る。

 ネイトの良き妻にして参謀でもある彼女からみれば、破格すぎて裏がないか不安になるのだ。


「ありますよ。――話の本題は今から始めます」


 フユキは眼鏡をかけなおして姿勢を改める。

 コウもそれに倣い、両手で手を組んで二人を見据えた。


 和やかな雰囲気が一変。これからが本番だと三人にも伝わる。

 フランなど、内心この場にいていいのか苦悩している。


「今回のネイトさんの手腕を見込んでのことです。グライゼンは国家を目指しています。――ならばL451防衛ドームは周辺防衛ドームをまとめあげる必要があります」

「そ、それは……」

肇国ちょうこく。建国と言い換えてもいいでしょう。国家樹立を目指しませんか?」


 突然建国という提案をされ、驚愕するネイト。

 思わず妻と、そしてフランと顔を見合わせる。途方もない難事業だ。


「当然私達も建国に対する助力は惜しみません。それに一ヶ月や二ヶ月で済む話でもありませんし、長期計画、努力目標でいいんですよ」

「そうだ。何が何でも建国しろというわけではない。緩やかな経済協力圏が出来れば、それだけで互恵関係が生じ、その経済圏は一つの準同盟となる。トライレームの拠点となるならば、可能だと思う」


 フユキの言葉を補足するため、コウが言葉を継いだ。地球でも様々な国境関税緩和の経済協力圏が発生した。

 関税とは自国の権利であり産業を貿易するために存在する。その国境関税を緩和するということは一種の共同体に参加することに他ならない。それは準同盟に近い繋がりとなるだろう。それに倣うような組織でいいのだ。


「それは…… しかし……」

「やればいい。ネイト」

「フラン?」

 

 思いもかけぬフランの言葉に目を剥くネイト。フランは相変わらず無表情だが、以前より柔らかい雰囲気になっている。こうやって提案すること自体が、改善の兆しに他ならない。


「フユキさんは、ネイトの手腕を見込んで、っていったんだよ。他の人じゃない。それにL451防衛ドームだけで、グライゼンはともかくアルゴアーミーの対処までは無理だよ。国とか経済圏とか私はよくわからないけどさ。ストーンズに対する防衛ドーム同士が手を組むことはおかしなことじゃない」

「しかし、どれだけの労力が……」

「それだけのメリットがあるってことでしょ? 言い出しっぺ。立ち上がった人が主導権を握ることは当然のことだよ。どっちにしろ国家の流れができるなら、私はネイトがいい。手伝うからさ」


 少女は防衛のことしか考えていない。しかしフランの言いたいこともネイトにはよくわかる。

 そしてフランの言葉。――ネイトがいい、手伝うという言葉は内心泣けるほど嬉しかった。


「確かにネイトがいいわね」

「ズージ! お前まで」

「だってそうじゃない。誰かよくわかんない人が、いつのまにか主導権を握るぐらいなら、私だってネイトがいいわ。これはフランが正しいわよ」

「そうだな、俺もフランが正しいと思う」


 コウがフランに視線をやり、軽く微笑んだ。

 フランはコウに微笑みかけられ、顔を真っ赤にして俯いた。


「できるんでしょうか、じゃないな。やるしかないか。確かに赤の他人に主導権を握られるぐらいなら、自分がやったほうがましかもしれない。――しかし正直に言おう。国の定義がわからん。転移者の方々にとって常識でも、惑星アシアにそんなものはないんだ」

「ええ。よくわかりますよ。国と国を隔てるものは言語、通貨、宗教。地理的な国境や歴史問題と国力、軍事力。ネメシス星系は英語ベースの発展英語が共通言語であり、宗教は何せギリシャ神話における神々の名を冠した超AIが管理していた。よほどのことでは国家など発生しません。惑星自体が一つの国家といえるでしょう」

「はい。その通りです」

「――今までは、です。かつてそれぞれの要塞エリアの集団が覇権を争った惑星間戦争が実際に起きました。そして今代で超AIアシアは一度はストーンズに陥落し、オケアノスが動きをみせないなか唯一の行政機関である傭兵管理機構は壊滅。それどころか尊厳戦争において、アルゴナウタイの所属した傭兵もオケアノスの管理下に入ってしまった。もはや旧体制は消滅したのです。それはあなたがたがよくご存じのはずでしょう?」


 ネイトは苦虫をかみ潰したような表情で、フユキの言葉を肯定する。

 L451防衛ドームもストーンズの侵攻により鉱山地帯の流通業務が激減し、貧困が進んだ。

 かつての体制ではありえないことだ。


「国家の概念。地球でも様々な意見がありますが…… まずは領域。領土。この場合は防衛ドームですね。人民――そのエリアの住人です。人。そして統治権たる主権に関わるもの、例えば関税や条約執行能力。そして政府組織、行政や自国民を守るための軍事力です。そして追加された概念が周辺国家による承認。最後のものは折を見てトライレームが保証できるでしょう」


 その言葉を聞いてコウは苦笑する。

 かつてコウがヴァーシャに言われた言葉でもある。

 その時こそバリーが国家案を一蹴したが、コウが国家以上の世界組織を創設する羽目になってしまった。


「気負う必要はない。当面はL451防衛ドームを中心に寄合所帯みたいに考えてくれ。参加者はいないかもしれないしな」


 コウが畳みかける。さもこともなげもなく、気楽に説得にかかった。

 フユキは内心にやりと笑う。コウもこの手の交渉に馴れてきたと感心していたのだ。


「寄合所帯…… ま、まあ。そういうもののリーダーならなんとかなるかもしれないな…… そうだな。他の防衛ドームに無理強いすることでもない。あくまでこちらの定めたルールに従ってもらう…… そんな感じでいいのか」

「はい。その方針で構いません。決まりですね。次は具体的な方策に移りましょう――」


 フユキはにっこり笑った。

 すべては彼の目論み通り――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る