指揮権限委譲

 アルゴアーミーも軍隊である以上、旗艦を失ったところで敗走するわけではない。

 しかし指揮権を持つ幹部の多くがあっさりと逝ってしまった。


 指揮官パイロットであったラケダイモンのジッオは非常に焦っている。

 上級将校である佐官級を一度に喪い、大尉級である彼に指揮権が委譲されてしまったのだ。


 彼が乗っているものはバイヴォーイ・オホートニク。金属水素生成炉を内蔵するアルゴアーミーでも高級機であった。


「アルゴアーミー本隊へ。ご指示お願いします」


 総司令部は遠く離れた地にある。

 哀願するかのように呼びかけた。


「こちら本部司令室。状況が不明だ。貴君による詳細な報告を希望する」

「アルゴフォース第四大隊所属ジッオより報告致します。敵200メートル級陸上艦より巨大な糸車状の質量兵器が投擲され、P150ゲシュペンスト級が轟沈。指揮権限が私に委譲されております」

「糸車状の質量兵器だと! まさかあのパンジャンドラムか?!」

「それはよくわかりません」


 アシア大戦の情報を知らされていないラケダイモンの彼は、パンジャンドラムがなんたるかはよく知らなかった。

 ただ噂には知っている。悪夢の兵器と怖れられ、マルジンという構築技士はストーンズ内最大の賞金が懸かっている。


「しかし敵は宇宙艦ではないと思われます。200メートル級です。大型陸上艦から発射されたと思われます」

「そうだな。200メートル級で宇宙艦はまず存在しないといっていい。最低でも300メートル以上。これがネメシス戦域全般、惑星間戦争時代からの常識だ」


 シルエットサイズの運用が基本の宇宙艦では最低でも300メートル以上が基準だ。

 宇宙空間を行動する以上、それなりの単独航行能力も要求される。宇宙空間ではちりぢりになる可能性も高く、常に補給を受けられる状態にあるとは限らないからだ。

 惑星間戦争時代では持ち運べる物資も限られる200メートル前後の宇宙艦など宇宙航行に耐えうることなど出来ず、設計するだけムダという考え方が一般的だったようだ。宇宙での小型艦は使い物にならないと考えられていた。


「具体的な被害状況はどうだ?」

「旗艦が質量兵器で倒され、護衛の戦車やシルエットが巻き添えを受けただけです。質量兵器はでたらめに動いていますが、敵艦に沿って動いているため距離を取れば脅威ではありません」

「損耗率はどれぐらいだ?」

「一割弱です。敵艦所属の敵シルエットは数機いる模様です。哨戒部隊がやられました」


 通信先の上級将校は若干悩み、決断を下した。


「それでは先に防衛ドーム制圧したほうが早そうだ。200メートル級陸上艦に搭載できるシルエットなどたかが知れている。ジッオ。君が引き続き指揮をとりたまえ!」

「了解しました!」


 戦闘の継続が言い渡され、各部隊はユースティティアを迂回しながらL451防衛ドームに移動を開始する。

 その直後に飛来したオーバードフォース所属プレイアデス部隊を、ジッオは不安げに見守るのであった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 L451防衛ドームの周囲で火柱が上がる。

 高威力の金属水素利用型地雷――フユキたち戦闘工兵の罠にはまったのだ。


「地雷だと?! しかも高次元投射装甲を抜く威力だなんて!」

「逃げろ。こっちの迂回路を利用して。――うあぁ!」


 アルゴアーミーのバトルシルエットで構成された部隊が逃走した先にはなんと落とし穴があった。

 光学迷彩シートを用いて偽装されたシートを踏み抜いたシルエットは下半身が沈む。戦闘工兵たるフユキの仕業だ。


「なんだこれ…… げぇ! 金属水素だ!」

「まずいぞ! 死ぬ! 死……」


 落とし穴から火柱が立て続けに発生し、ストレリツィは溶解しながら吹き飛んだ。

 ヴォイとフラックもまた即席のピットトラップとして掘削し、金属水素を流し込んだトラップ作りに勤しんでいたのだ。


「ヴォイさん。次はこちらとともに行動お願いします」


 フユキがヴォイに呼びかける。


「任せろ!」

「いってらっしゃい。ぼくは破損したシルエットの修理に向かうよ」


 ヴォイとフユキが合流し、地面に消える。


 別の場所ではエポナ率いるトルーパー部隊が戦車と戦闘していた。

反対側の荒野に回り込んだ敵戦車部隊はにゃん汰とアキ率いるエポナのトルーパー部隊の奇襲を受け、逃走を試みていた。


「逃げるにゃー!」

「深追いは禁物ですよ! 姉さん!」


 後退するエーバーⅡをDライフルで破壊するにゃん汰。


「広範囲に広がったところで、L451防衛ドームに押し寄せることはわかっているから」


 地図を確認しつつ、トルーパー部隊の戦況を確認したエメが通信をフユキに繋ぐ。


「侵入経路は限られるし。罠は張りやすいよね。フユキ」

「こちらは奴らに付き合って各個撃破してやる必要もありません。入り口が限られるならそこに集中する。戦力を配置するなり罠を張っておけばよいのです。L451防衛ドームの防衛隊は外に出る余力はないでしょうし」

「もしかしてL451防衛ドームに潜入したグライゼンが逃走した場合の追撃も兼ねてている?」

「ご明察です。労力は少なく、最高率に。仕事はいかに手を抜くかが肝なんですよ。自分達が楽をするために、ですね」

「勉強になります」

「いえいえ。とんでもありません。プレイアデス隊が空からはぐれた敵部隊をつっついてくれます。このまま敵部隊を排除しましょう」

「了解です。こちらは仕掛を行います」


 フユキとの通信を終え、画面をみて嘆息する。


「フユキの仕掛けなら、起死回生の策だと思う。今は目の前のアレ、 、 をなんとかしなきゃ……」


 アレとはもちろん暴れ回るパンジャンドラム【正義】のことだ。


「テザー発火準備。周囲警戒」

「周囲問題なしです!」


 ファミリアが結果を伝える。

 敵は【正義】から一目散に逃げ出してしまっていた。


「了解しました。テザーを切り離し。燃焼開始!」


 ユースティティアと【正義】を接続していたテザーが切り離され、炎が噴き出した。一瞬のうちに燃え尽きる。

 でたらめな動きを続けていた【正義】は動きを止めた。


「回収用テザー、発射!」

「発射します!」


 尾輪があった位置から再び新たなテザーが【正義】に向かって投射された。正確無比にジョイント部に命中し、巻き上げを開始する。

 回収された【正義】は再びユースティティアの尾輪に戻っていた。


「尾輪がある宇宙艦なんて聞いたことがないよね」

『必要ありません。大型陸上巡洋艦など荷電粒子砲で終わっていたはずです』

「まあまあ。それだと宇宙艦だとばれるから」


 エメがアストライアを宥める。


「偽装工作に乗ってくれるとよいけど」

『ここまでの小型宇宙艦はアルゴアーミーでも想定外でありましょう。解析しても混乱するだけだと思います』

「質量兵器発射しただけだしね……」


 回収された【正義】は何事も無く、ユースティティアの尾輪に戻っているのだった。

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