機動性
「うわぁ!」
「ロッキー! 下がれ!」
慌てて仲間の名を叫ぶネイト。シュライク隊の一人が敵エース機らしいカザークにやられたのだ。ロッキーが搭乗するシュライクの右腕がサーベルによって斬り飛ばされる。
敵シルエット部隊はどれもサーベルを片手持ちに構えている、明らかに動きが違う。
「ちぃ! 性能が桁違いってやつか!」
思わず舌打ちするネイト。カザークの隊長機は傍から見ても、抜群の運動性能を誇っていた。
グライゼンでも唯一のこの機体。これこそクルィーロ・カザークである。
――ラニウスとは似ても似つかない外観。より質素で禍々しいカラーリングではあるが、ラニウスAと同様に金属水素貯蔵型の装甲筋肉を増量させたエース機相当。
明らかな強敵だ。
ネイトのシュライクも押されている。厄介なことに背後には僚機のカザークが控えている。機影をいくつか確認できた。
敵はアシア大戦でもP336要塞エリアに侵攻する際活躍したとされるアサルトシルエット。普及機という名の最廉価機であるシュライクが対抗するには困難だった。
右手にサーベル。左手に大口径ガスト式機関砲を装備。運動性と機動性を活かした戦術である。
ネイトたちはアナライズ・アーマーを装備しており、正面から向かってはますます勝ち目はない。
「敵の圧力が増している。向こうも長期戦はまずいと踏んだのか。それはおかしい。背後にはアルゴアーミーが控えている。時間は稼ぎたいはずだ。――ウーティスたちが足止めしてくれているのか?」
それしか考えられない。あのユースティティアのみで、アルゴアーミーの大軍を抑えているのだ。
「敵ならどうする。――撤退するか?」
「何を言っているのネイト。そんなわけないよ。統率が取れていない軍隊がこちらになだれ込むはず。コウたちは数が少ないんだから」
フランがネイトの甘い観測を指摘する。
確かにいくらユースティティアが強大な火力を誇っているとはいえ、あれだけの大軍だ。生き残った部隊が迂回してL451防衛ドームを襲撃すると思ったほうが良いだろう。
「フラン!」
「あと少し待って。その部隊を倒したら、楽になるはず」
「……わかった。頼んだぞフラン」
あえて何をするつもりだとは問わなかった。今のフランは自暴自棄ではない。勝算があるのだろう。
「うん」
フランは頷いて通信を切った。この会話が可能になっただけでも、ネイトにとっては奇跡のようなものだ。
しかし、肝心のフランと六番機の姿が見えない。
「どうでる。フラン?」
前線を交代させつつ、カザーク部隊の猛攻を凌ぐネイトはその瞬間に備えていた。
「ファミリア部隊。聞こえる? 合図したらこの地点へありったけの砲撃を打ち込んで。直撃しなくてもいいから」
「了解しました!」
ネイトはL451防衛ドームの地図に目標ポイントを設置し、ファミリアに伝達する。
ファミリアも即座に意図を誘い、応じる。
「カウント開始。5、4、3、2、1――今!」
半装軌装甲車に搭載された榴弾砲が一斉に火を噴く。
防衛ドーム内のビルから、六番機が飛び立った。
クルィーロ・カザーク周辺に次々と着弾による爆発が起きた。
「悪あがきか、足止めか? 関係ない。進め!」
クルィーロ・カザークに搭乗している部隊長パイロットが味方に指示を飛ばす。
爆風は高次元投射装甲には意味をなさない。直撃狙いではないとろくなダメージにはならないのだ。
爆炎を乗り越え、進撃するカザーク部隊。
交戦していたネイト率いるシュライク隊も、AK2で牽制するが致命打にはほど遠い。
「大型飛翔体確認。急接近中。ヘリか。――違う! シルエットか!」
遠目には飛来する六番機が見えた。
榴弾による爆撃で反応が遅れてしまったカザーク隊。一斉砲撃は目くらましに過ぎなかったと今更ながら気付く。
「はん! 破れかぶれの特攻か! ラニウスA1ですらない。旧型のラニウスではないか!」
即座に形状で見抜いた部隊長パイロットが思わず嗤う。
「奴らに金属水素を供給できるような施設があるとも思えません。返り討ちにしましょう」
「ああ――ん? 妙に
サーベル片手に敵を迎撃するため構えたクルィーロ・カザーク。
しかし抜き終えた頃にはすでに六番機は眼前。空中で試製大剣を頭上に構えていた。
「遅い!」
フランは叫びながら試製大剣を上段の斬撃を放つ。
クルィーロ・カザークがサーベルで受け止めるも、フランは構わず振り抜いた。
「ごはっ!」
試製大剣はサーベルをへし折り、折れた刀身は破片は遠くへ弾け飛ぶ。大剣はクルィーロ・カザークの左上半身から胴体半ばまで食い込んでいた。
部隊長パイロットも大剣によって絶命し、MCS内は鮮血に染まった。
「運動性能はあんたたちのほうが上。でもね。機動性は六番機には及ばない!」
シルエットにおける運動性は、小回りや動作速度を意味し、機動性は移動速度や巡航速度を意味する。
確かにカザークやクルィーロ・カザークのほうが運動性は大きいだろう。真正面からの斬り合いではただの人工筋肉である六番機には不利。
フランは六番機そのもので卓越した機動性を活かし、狙撃するかのように斬り伏せることを選んだのだった。
「もう一機!」
大剣を振り上げクルィーロ・カザークを放り投げる六番機。
流れるような動作で歩みは止めず、そのまま滑走を維持し、背後に控えていたカザークの胴を真っ二つに斬り捨てた。
「げえ!」
恐慌に陥ったカザークが慌てて後退する。砲撃はいまだ続いていた。
「追撃はしない。――戻るよ六番機」
フランは追撃は行わず、大きく弧を描いてビル群へ引き返す。
今の飛行は多少無理している。燃料配分を考えてのことだった。
六番機はビルの谷間へ消えていく。フランの戦果をみて、歓喜するネイト。
「やってくれた! ――助かるフラン。これで流れは変わる!」
ネイトは確信した。
グライゼンの背後にはまだアルゴアーミーがいる。決して油断はできない。
しかし少なくともグライゼンを退けることが出来そうだ。
勝利への光明が僅かながらに見えたのだった。
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