【P】を押せ!
「エメ。敵部隊が展開している座標を送る」
「了解です。――分析終了。戦闘行動に移行します」
偵察に出ているコウから情報を受け取り、エメは彼我の戦力差を分析。
「思ったより広範囲に展開しているね」
ユースティティアは敵部隊に向かい荒野を疾走する。
「シルエットは?」
『部隊のシルエットは全機出撃しました。ワーカーは固定開始しています』
「ありがとう。――いよいよだね」
エメの眼前には巨大な【P】ボタンがある。
――こんなのがあれば誰だって押したくなる。
いよいよその瞬間がやってきたのだ。
『実は押したくてたまらなかったとか?』
アストライアもエメの様子に気付いた。
明らかにエメはうずうずしている。
「そ、そんなことないよ」
そういいつつも視線の先には常に【P】ボタンがある。
『このユースティティアはプロメテウスとアリマによる悪ノリの極地――さらにエイレネとアベルが私の知らない間に手を加えたもの。グライセンにも見せつけてやりましょう』
「アストライア。むしろ後者二人組に恨みが籠もっているね」
『そんなことはありません』
そういいつつも若干虚ろな気配がするアストライア。
エメは追求しないよう気を務めた。
「とりあえず。一発ぶちかまそうか」
『そうですね。アキもにゃん汰も出撃していますし』
今回はユースティティアの実戦テストも兼ねている。
耐弾性能なども把握しておきたところだ。竣工式はエイレネである。万全であろうが、何を仕掛けているかわからない不安もある。
アストライアとしてはエウノミアに任せたかったが相棒となる構築技士がいなくなったので、彼女の能力は激減している。
彼女とコウ、エイレネとアベルのように相性抜群の構築技士はそういない。エウノミアはアストライア以上の堅物である。
「今までで一番派手な攻撃になるかもしれない」
エメは画面を注視し、アルゴアーミーとの距離を測る。
「戦闘速度200キロから全速に移行。維持して」
『了解いたしました。ポイントαまで残り五分。カウント開始』
ユースティティアは敵部隊に対して突進を開始した。
この距離での回避行動は不可能だ。
敵部隊が狂乱したかのように砲撃を行っているが、ユースティティアの速度は急激に上がっており、有効な攻撃にはなっていない。
赤い目印地点に到達した。
「グラウンドアンカー、錨入れ!」
「了解!」
ファミリアたちが一斉に機器を操作し、グラウンドアンカーが投錨される。
ユースティティアは錨によって急ブレーキを掛けた状態になる。
アンカーを繋いだ鎖がユースティティアの艦隊を大地に縛り付ける。
船体は大きく揺らいで急停止した。
「えい」
急停止した瞬間、エメはをおもむろに保護ケース叩き割り、【P】ボタンを押した。
ユースティティアの尾輪と思われた部位の装甲がパージされ、巨大な糸車が解放された。
慣性エネルギーに加え、巨大な機構によって敵旗艦である陸上巡洋艦ラントクロイツァーP150ゲシュペンストめがけて投擲された。
尾輪だった巨大な糸車状のロケットはP150ゲシュペンストに着弾した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
跡形もなく吹き飛んだP150ゲシュペンスト。着弾地点には浅いクレーターが生じている。
歩行戦車でもあるゲシュベンストの脚部四本全てが派手に吹き飛んでいた。
「これがユースティティア装備のパンジャンドラム【正義】の威力なのね……」
『暫定兵装です』
エメの呟きを否定するかのようにアストライアが断言した。
アルゴアーミーにとっては悪夢そのもの。
着弾した糸車は微塵もその姿を変えず、一斉に噴出したロケット噴射口によって大暴れを開始した。
「テザー緩めて!」
「絡まるおそれが?!」
「大丈夫! その時はいったん燃やしてすぐに再接続するから!」
「それなら! 了解です!」
エメの意を汲んだファミリアが、パンジャンドラムとユースティティアを繋ぐテザーをどんどん送り出す。
巨大な糸車はエーカーⅡを蹂躙しながら暴れていた。
『そのまま捨て置いても良い気がしますが、環境のためにも一応回収しないといけないですね』
嫌そうにアストライアがその光景を眺めている。
その隣で犬型ファミリアが砕け散った保護ケースを後片付けし、エメも新たな保護ケースを【P】ボタンの上に被せ直した。
「蜘蛛の子を散らすってこのことを言うんだね。――我先に敵戦車が逃げ出している」
少しでも【正義】の転がる範囲から逃げ出すべく、エーバーⅡは全速力で移動を開始している。
逃げ遅れたストレリツィやカザークなどのシルエットも弾き飛ばされていた。戦車ほど重量もなく安定していない分、助かる可能性は高いかもしれない。
「さすがアストライアに相応しい【正義】だね」
『さりげなく正義を貶めることはやめるのですエメ。――古来より糸車と天秤の仕掛けは切っても切り離せないもの。そういう意味では【正義】こそユースティティアに相応しいとエイレネが言っていましたね』
「やっぱりエイレネに恨みがあるよね。アストライア」
エメの指摘に無言を貫くアストライアだった。
『ハンガーキャリアーが投擲した地上自走爆雷が暴れているに過ぎません。すぐに再集結するでしょう』
「時間はかかるだろうけどね。集結する前に打撃は与えておきたいけれど――まだ暴れてるよ! 【正義】!」
『金属水素をテザーで供給し続けていますから、頃合いをみて引き上げないとずっとあのままですよ』
「もう旗艦は倒したし巻き戻すかな」
そう呟いた時だった。
『オーバードフォース部隊確認。これはエッジスイフト隊とヤスユキ率いるプレイアデス部隊――BAS社のバザードが四機? どうやってここに?』
「ジョージさんかな。アベルさんはエイレネと地下工廠で悪巧み中だし」
『機体情報を確認。――おおもう……』
アストライアが顔を覆う。
「どういしたの?! アストライア!」
『あのバザード隊は空中給油を繰り返しながら、強引に飛行してきたのです。あまりにも無謀すぎます』
呆れた様相を隠そうともしないアストライア。英国面はアベルだけにあらず。人間が持つ誇りと執念を思い知らされた気がした。
これは指揮官ジョージの決断だけでは無く、パイロットたちもまた気力と技量がいる作戦であろう。
「え?」
エメの思考にはBAS社からの戦力は頭になかった。
作戦行動範囲内に存在しなかったからだ。――ならば作戦行動外からの救援だろう。
『洋上から一万キロメートル以上は離れているでしょうね。J006要塞エリアにある旧御統重工業と最寄りの五行を除けば、最寄りのオーバードフォース所属部隊です』
「無茶だよ!」
『非効率の極みです。しかしその無茶を押して彼らは飛来したのです」
「私達のために……」
『――褒められたものでは。いいえ、褒めるべきでしょう。彼らはいつも私を驚かせます』
果て無き旅路であったろう、艱難辛苦の様相は微塵もみせず、バザード隊はプレイアデス部隊と合流している。連携を取りながらアルゴアーミーへの対地攻撃に入り、忠実に己の任務を遂行していった。
その様子をアストライアは微笑んで見詰めている。内心驚愕したエメだが決して口には出さなかった。
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