標識の旦那

 六番機は再び戦場に舞い戻る。

 ファミリアの増援があるとはいえ、依然敵戦力は優位。

 

 ニソスから提供されたシュライクを中心とした部隊が奮戦しているが、もしこれらの戦力がなかったらどうなっていたか。フランは考えたくもなかった。

 街の仲間たちもまた、防衛隊を支援している。一見するとただの単柱式標識が凶悪なブレードと化して淡々と撃墜スコアを稼いでいる。傍目からみるとただの標識なので極悪なトラップそのものだ。


「ありがとう! 標識!」


 思わず声をかけてしまうフラン。左右にゆれて返事をする標識。


「標識に意志があったんだ……」


 その事実に驚愕するフラン。自分の生まれ育った防衛ドームの施設たちに意志があるなど、思いもよらなかったのだ。

 ファミリアが駆る半装軌車が誘導するようにグライゼンのシルエットを脇道に誘い込む。


「標識の旦那の所へ逃げ込め!」

「旦那でいいのかよ、おい!」


 アシアに生み出されたファミリアは最初から知っていたようだ。

 半装軌車を駆使し、標識付近まで誘導する。防衛隊のシルエットと乱戦になったところで標識たるや正確無比、狙い澄ましたかのように振り下ろされ両断した。


「頼りになるしな。旦那でいいだろ」


 伏兵はガードレールと信号だ。歩行者を護るべく生み出されたガードレールが突如道路に立ち塞がり、壁となってグライゼンのシルエットを足止めしている。

 その間にワーカーたちが両断された敵シルエットの残骸を運び出す。標識が仕事をしやすいように。


「ありがとう標識!」

「無理するな。標識!」

 

 ファミリアどころか周囲のシルエットさえ、標識に声をかける。

 困惑しているのは他ならぬ標識である。


 製造されてもう何年経過したかは不明。そんな記憶機能はないからだ。テレマAIなど高位のAIは搭載していない。

 人間がこの防衛ドームを必死に護っていることは理解していた。

 標識には何もできない。何せ標識だ。整備するための機構が備わっているが、Aカーバンクルから投射されるウィスのおかげでほぼメンテナンスフリー。


 そこにコントロールタワーより指令がでた。防衛する意志を示しても良い。それだけだ。

 標識はやれることをやろうと思った。敵が来た時、許される可動範囲で高速でパネルを振り下ろし敵を排除する、単調な動きしか出来ない。それでもだ。

 それなのにこれほどまでに感謝され、その上構造の心配されるなど、製造されてから初めての経験だった。


 ――悪くない。


 僅かながら許された思考で思う標識。同様の施設たちも似たような思考に至っているだろう。

 製造されてからかつてないほど、生き生きと稼働している。


 その後、標識無双はしばらく続き、末永く「標識の旦那」と語り継がれることになるとは、その時は標識自身も知らなかった。




 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ネイトはシュライクを駆り、防衛隊を指揮していた。

 数少ないシュライクだったが、運動性は別物。一回りは軽量に感じるほどだ。それでいて防御力は旧式のベアなみにある優れた設計。パイロット専属ではないネイトにとって、これ以上の運動性はむしろ危険だとさえ思う。

 ニソスによってシュライクと同時に供与されたAK2に正式大剣もまた、火力の向上に寄与している。


「どっせぃ!」


 横薙ぎの斬撃がグライゼンのバッファローを襲う。

 たとえベアより装甲が厚かろうとも、同じウィスによって強化されている以上はさほど脅威ではない。MCSの半ばまで刃は食い込み、敵機は動きを停止させる。

 すぐさまローラーダッシュでその場を離脱し、物陰に隠れる。


「シュライク。この性能でラニウス系統の廉価版とか信じられんな。フランはこれ以上の運動性を持つ機体をずっと操っていたのか……」


 問題はアベレーション・シルエットとカザークだ。カザークは数少ないが、装甲筋肉を持つ機体。

 対抗できるシルエットなど六番機か、最悪でもシュライクだろう。


「フランがアベレーション・シルエットを倒しながら俺達のフォローまでしてくれている。俺達は正面の敵を倒さねば」


 彼らの施設では携行レールガンなど高等な兵装は不可能。

 ニソスによって提供されたAK2はあるが、やはりアルマジロやカザーク相手には厳しい。とくにカザークの装甲筋肉は対弾用途も兼ねている。


 おそらく性能的にはシュライクのほぼ上位互換。運動性能も装甲もシュライクより若干上だ。

 撃ち合っても斬り合っても危険。やはり複数対一にもっていきたいところだが、カザークを与えられたパイロットはエース級だろう。簡単に分断はされてくれない。

 ネイトとしてはせめて同数での戦いに持ち込み、プラスアルファでファミリアの支援を期待したいところだ。


「ネイトさーん!」


 ファミリアから呼びかけられたネイトは、慌てて通信回線を開く。

 回線に映ったファミリアはチワワ型だった。


「どうした!」

「今からシュライクを強化します! そのまま隠れていてください! あ、壁際じゃなくもう少し中央よりでお願いします」

「え?」


 問いただす暇もなく半装軌装甲車が走り寄り、指示された通り動き出すネイト。

 信じられないことに、半装軌装甲車の後部車両部分が音を立てて分解した。


「は?」


 思わず間抜けな声を出すネイト。

 その分解された後部車両は空中で姿を変え、ネイトのシュライクに取り付き始める。


「これは……」

「コウさんが構築した【アナライズ・アーマー】ですよ! 緊急時によるファミリア支援ユニット。シルエットを戦場で即席強化するための追加装甲です。やや運動性は落ちますが、耐久力は劇的に向上するはずです」


 この半装軌装甲車でありアナライズ・アーマーであるラーチャーを元にして構築したライト・アーチャーであった。

 アナライズ・アーマーの機構はそのままに、工業力が低い防衛ドームでも生産可能にしたもので、装甲はベア程度にはある。


「助かる!」

「では私はこれで!」


 チワワ型は前部の四輪車両によって、その場を離脱した。


「いや。ウーティス。助かるが…… なんでもありだな。常識の範囲内で驚かせてくれ。――シュライク部隊、集合。ファミリア! 支援頼む!」


 彼の周囲にも二機のアナライズ・アーマーで強化されたシュライクが集い、続々と対戦車仕様の半装軌装甲車が集う。

 

「まだまだ劣勢だが先ほどまでの絶望感はないな! 反撃はこれからだ!」


 味方の被害は少なく、敵は数を減らしている。

 ネイトは勝機を見いだしていた。

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