私から六番機を奪うな
ネイトはシュライクに乗り込み、防衛隊の指揮に入った。
シュライクを中心に形成された部隊がL451防衛ドームの最大戦力となる。
フランは六番機と一緒に遊撃だ。厄介なアベレーションアームズにゲリラ戦術を挑むのだ。
「あいつ、戦い方が変わったな……」
ニソスが来る前と現在では別人とさえ言える。
自暴自棄とも取れる捨て身の特攻を繰り返すフラン。
しかし――それは俺のせいだ。
一人呟くネイト。彼女をそこまで追い込んだものは、他ならぬ彼の言動だった。
娘のように育てた、親友の妹を死なせたくない。
しかし日に日にグライゼンの勢力は増し、L451ドーム自体が疲弊していった。
六番機は連続稼働許容限界を超え、いつしか応急修理も困難になる日が来ることも予想された。
生まれ育った防衛ドームを護るため戦い続けていたフランに、ふと思いついた言葉を口にする。
フランはきっと六番機を他の者に搭乗させたくはないだろう。ならば――
六番機の修理を、片膝をついて痛ましそうに眺めていたフランに声をかける。
「なあ、フラン。六番機をもう停止させないか。他の者を乗せるのではなく、お前もシルットから降りて他の防衛ドームに避難するか子供達を護るために――」
フランの体が硬直し、立ち上がる。顔は決してこちらを見せない。泣いているのかと焦るネイト。
「……なんで?」
「こいつは修理に金も時間もかかる。お前も他の者に乗せるのは嫌だろう? こいつは頑張った。だから倉庫で休ませてやっても――」
「金と時間の問題なの?」
最後まで言い終えることは出来なかった。ネイトの背筋が凍り付く。
幽鬼のように立ち上がったフランの紅い頭髪は逆立ち、燃え盛る焔のよう。
開ききった瞳孔は極限まで開かれて、彼を見据えている。まったくの無表情だった。
「あ、ああ。すまないが。そういう機体は他にもあるし、お前と六番機だけに金と時間を割くわけにも――」
リーダーとして怯むわけにはいかない。言葉を重ねようと続ける。
「それで?」
「それでって……」
「なら私以外を優先したらいいじゃない。他にいるんでしょ。私と六番機が離れるときは死ぬときだけ。一緒に死ねば修理代も時間も必要ないわ?」
――しまった!
自分の失言が取り返しのつかないものであったことを今更ながら気付いたネイト。紡ぐべき言葉を見失う。
怒鳴るような口調ではない。淡々と語るネイト。心の奥底で何かが切れた。そんな様子さえ垣間見える。
「私から六番機を奪うな」
まったく声に感情を込めることなく告げるフラン。
「二度と言うな。次にその言葉を口にしたら――抜けるから」
事実であろう。本当は彼を殺すつもりと言いたかったに違いない。それを僅かな逡巡ののち思いとどまって、防衛隊を抜けると言い換えた。
今やフランの敵はストーンズから、彼女から六番機を取り上げようとする者に変わったのだ。
彼女の声に呼応するかのように、六番機の保護バイザーが光を発した。
――フランと一緒に戦わせろ。
六番機の意志を感じさせた。気のせいではないだろう。睨まれている気配までする。
そんな一人と一機にネイトは震え上がる。
フランは踵を返して立ち去ろうとしたが、一瞬だけ歩みを止める。
振り返らずに彼女は言った。
「ネイトにだけは言われたくなかった。あなたが私と六番機の価値を理解してくれていると思っていたから。――違ったね」
寂しげに呟いて歩み去った。
今更ながらに己の馬鹿さ加減を思い知ったネイト。フランは怒りよりも深い失望に陥っていたのだ。泣きも怒りもしない。少女はその日を境に一切笑わなくなった。
ネイトはフランと六番機の、一番の理解者でなければいけなかったのだ。
六番機を降りろ――フランを構成するもっとも繊細な部分の琴線に触れる禁句だった。逆鱗に触れるどころの話ではない。
その魂とも言うべきものを金と時間の問題、という言葉で殺してしまったのだ。
誰よりもフランは前線で戦ってくれていたのだから。その全てを不用意な言葉で否定してしまった。
それを口にした時点でおしまい。そんな類いの言葉だと気付けなかったネイトは己の未熟を恨んだ。
彼は背負っている者が多すぎた。防衛隊を運営するにあたって資金繰りと時間調整に追われた結果だったし彼の立場を理解してくれる者は多いだろう。それでも口にさえしてはいけなかった言葉だった。
ネイトもまた自分を責め続けた。TAKABAに直訴めいたメールまで送り六番機修理のため手を尽くしたが、彼女の行動は変わることはなかった。
信頼関係が根底から喪失しているのだ。もはや彼の言葉は届かなかったであろう。
フランはその出来事から捨て身の戦術を好むようになった。フランはその日を境に己の価値さえ投げ捨てたのだ。
最後まで六番機と一緒に。――理解者がいない怒りと悲しみとともに。
「ウーティスに感謝しないとな。愚かな俺の過ちを。フランにかけてしまった呪縛から解き放ってくれた」
今のフランは味方を助け、自分を危険に晒さないように戦っている。ネイトのカバーにも無言で入ってくれた。以前のことを考えるならばあり得ないことだ。
戦力提供より何よりも、そのフランの変化に対してネイトはコウに感謝していた。
「ここが踏ん張り所だ。フランが死に急がなくなったってのに、俺たちが負けちゃ元も子もない!」
ネイトのシュライクもまた、鬼神の如く奮戦した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ファミリアたちもコウとアシアがもたらしてくれたんだ。六番機も言った。私達は託された、その意味。言葉。重いけれど、でも!」
フランはコックピット内で遊軍の通信を確認する。
たまに漏れ聞こえる雑談。それはウーティスの噂とアシアの加護についてだった。
あの人は兄さんとアシアが遣わした解放者メサイアなのに。あたりまえじゃない。あの人、どことなく兄さんと雰囲気が似ている気がする。
気のせいではあるが、気付く余裕は今の彼女にはない。
「ようやく巡り会えた、私の理解者。五番機の乗り手。託された神具ともいうべき装備。彼の意志が私に生きろというなら――生きるよ。兄さんもそう思ってあの人を出会わせてくれたんでしょう?」
フランの中で神格化されつつある五番機とコウ。
多少美化されすぎているが、コウの真意は伝わっていた。ただし美化の方向性は若干ゆがんでいる。
「六番機はきっと五番機のようにはならない。そしてあの方はそれを理解してくれた。『お前は、お前と六番機の道を行け。六番機は必ず応えてくれる』と。この言葉がどれだけの重みか、誰にも理解できないでしょうね。ああ、私の
彼女はコウと一緒に行けない。六番機も五番機とは違う。
そこまで理解して、彼は言葉を選びフランに呼びかけたのだ。
「ウーティスとはいってはだめね。おそらく彼は嫌がる。アシアも女神と言われるの嫌がるものね。真の偉人はとても謙虚だもの」
フランも今やコウを理解しようと必死だ。アシアから聞いた、彼の意外ともいえる過去。
きっと五番機と一緒にいたくて、必死に改修して。
その結果が今の強襲飛行型だっただけに過ぎないのだろう。専用機でないことも理解する。どこでも修理可能で、補修パーツを準備出来るものを。彼は自分に出来ることをし、辿り着いた。
今やコウは彼女の人生におけるしるべの星。それは五番機の在り方ではなく、五番機と共にいるという在り方。
「そして今私達のためにアルゴアーミーとまでやり合おうとしている。今の私達は足手まといに過ぎず、防衛ドームのなかにいる敵さえ追い払えない。今は一人でも多くの敵を葬ることではなく、一人でも多くの味方を護ること。それが私の最優先事項」
周囲を見る。ファミリアの装甲車も増え、ネイトも前線で踏ん張っている。
「ネイト! 相変わらず危なっかしいね。周囲を見ないと」
ネイトにしてみればフランのほうがよほど危なっかしいのだが、彼女は奇襲という戦術が体に染み込んでいる。戦況の把握、タイミングを見計らうことに関してはネイトよりも優れている。
彼のフォローに回らなければ、と焦燥感さえ覚える。そうすることでみんなが生き残る確率が増えるなら、そうするべきだ。
「私と一緒に強くなろう。六番機。いつかあの人に笑って報告できる日が、きっとくるから」
どうしたらコウが喜んでくれるか。至った結論。
フランの思考もまたアップデートされ六番機が呼応していることに、彼女はまだ気付かないのだった。
フランの独り言を傍受し、ほっとし、見守るように微笑するアシアがいた。
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