疾風怒濤

 パイロクロア大陸の東にあるJ006要塞エリア。ここは大陸に連なる諸島でもあり、ネオスアナトリコン列島と呼ばれている。

 かつて御統重鉱業の本拠地でもあった。本部機能はシェーライト大陸に移設されたがその機能は今も寸分も違わない。

 要塞エリア内の海中に潜んでいたはずのアストライアが浮上した。


『アストライア。浮上開始。エッジスイフト隊出撃準備を進めます』


 アストライアの音声が艦内に響く。これにより、ファミリアとセリアンスロープを中心に運用されていたアストライア艦内が慌ただしくなる。


「みんな、私達の分までよろしくね!」

「わかった。行ってくるよ! ヤスユキさんのフォローは任せて」

「あはは!」


 アストライアを預かるウサ耳の少女レイラがエッジスイフトに乗り込むファミリア達を鼓舞する。

 ヒゲペンギン型ファミリアが翼を振って応じた。


「本艦やオーバードフォース所属艦は出撃しないのですか?」


 ラニウス隊であるネレイスの少女が尋ねた。

 出撃できずに若干悔しそうだ。


「それだとアルゴアーミーと全面戦争になるからね。宇宙艦まで出張ると、アルゴナウタイも動く。パイロクロア大陸を戦争の代替地にしかねない」

「納得です。まだその時ではないですから」


 ネレイスの少女は頷いた。アルゴアーミーとの全面戦争を行うには準備が万端とはいえない。

 ストーンズ側も同様だろう。その睨み合いによる膠着状態が冷戦を生み出している。

 

「エッジスイフト隊、出撃準備!」


 鷹型のファミリアの号令とともに、燕型、ニワトリ型、ペンギン型のファミリアたちが意気揚々エッジスイフトに乗り込む。


 その動きを横目に、地上でも出撃計画は進んでいた。


「アルゴアーミーと遭遇するとはな。プレイアデス隊出撃準備だ」


 待機していた黒瀬が巨体に似合わぬ敏捷さで出撃準備を済ませ、格納庫へ向かう。

 コウたちがパイロクロア大陸に向かうのでプレイアデス隊もJ006要塞エリアに控えていたのだった。


「行くぞヤスユキ」


 アコルスのパイロットに指定されているハイノも同行している。

 黒瀬とハイノが早速シルエットのアラマサとアナライズアーマー機構を取り込んだ戦闘機アコルスに乗り込む。この二機をもって屠龍ドラゴンスレイヤーと呼称されるのだ。

 御統重工業のフラグシップ機でもある。


 プレイアデス隊のパイロットも愛機であるヨアニアに乗り込んでいく。ファミリアたちはアエローだ。


「こういうときは航続距離がある重攻撃機だな」

「航続距離がありますからね。艦載機には無理な芸当ですよ」


 同じくネオスアナトリコン列島にあるJ034要塞エリアの五行重工業も同様に戦闘機が滑走路に集結している。五行重工業もまたオーバードフォースに参加する企業だ。

 これは五行重工業の十色計画で構築された重戦闘機である四式だ。


「紛争地帯で大規模介入はないと予想される。五行の四式部隊と連携。アルゴアーミーはお帰り願おう」

「了解!」


 コウの救援要請に応えるべく、プレイアデス隊が蒼空に駆け上がった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 奇怪な武器腕のシルエット。

 瞬間火力が凄まじくベアでもあっという間に蜂の巣になる。


「どうしたら……」

「フラン。聞こえるか」

「コウ? 退避したはずでは」

「忘れ物を思い出してな。――アルゴアーミーをぶん殴ってくる」

「何しているんですか!」


 いくらユースティティアが強力な宇宙艦でも集中砲火を受ければただでは済まないことぐらい、フランでもわかる。


「それよりも防衛隊だ。フラン。よく聞け。敵はアベレーション・シルエット。通常のシルエットじゃない」

「アベレーション?」

「ああ。武器腕型、瞬間火力重視。その代償としてパイロットには様々な投薬がなされている。催眠状態に近い」

「そんなものをあいつらは運用しているっていうの!」

「そうだ。時間がない。幸い数少ない。無茶をいうが対処できる機体は六番機しかないだろう」

「望む所です」

「――その意気だ。最後に伝えておく。姿勢を低く、そして決して止まるな。いいな!」

「はい!」


 六番機は物陰に隠れる。


「みな、いったん下がって。あの武器腕は私がやる。いいえ。私しかやれないみたいだよ」

「なんだって。フラン。誰がそんなことを!」


 その通信を傍受したネイトが慌てて問いただす。


「コウがそういっていた。私は私と六番機を信じてくれたコウを信じる」

「あの男か!」

「今からアルゴアーミーを抑えてくれるそうよ。あの艦一隻でね」

「……何が起きている」

「わからないよ? じゃあねネイト。ああ、あなたいつも心配していたもの。もう死ぬ気はないわ。とびっきりのヒントをもらったんだから」

「わかった。無茶するのならせめて死ぬな」

「了解!」


 腹の底からこみ上げる笑み。


「反応が遅い、ね。そういうことか。今の六番機なら!」


 加速になれるため、練習はした。

 怒られるほどに。


 その加速に惚れ込んだ。五番機のパイロットが加速を重視することが理解出来た。


「さあ行くよ六番機。フルスロットルってヤツね!」


 六番機が身を屈め、ローラーダッシュを停止する。

 

 物陰から飛び出したと思ったらすでに着地している。

 大きな火花を走らせながら閃光のように――


 爆音が後から続く。数キロの距離を一瞬にして走り抜けたのだ。

 六番機はすでに斬撃を終え、アベレーションシルエットは銅から真っ二つだった。


「……ッ」


 凄まじい加速を制御するため歯を食いしばる。


「逆らうな。慣性を利用してそのまま走り抜けろ!」

 

 コウが見ているかのように通信を入れてくる。


「わかった!」


 より腰を落とし、地面との摩擦を利用した減速。


「上!」

「ッ!」

 

 上空に向けて加速する。シェルターの内壁が見えた。そのまま壁を利用し、スラスターを使い加速する。


「もう心配なさそうだな」

「どこにいるんですか」

「上だ」


 再び物陰に隠れた六番機が上空を見上げた。


 大きなスラスターを背負った五番機が、六番機の様子を確認している。


「まさかあれは……TSW-R1C。強襲飛行型……」


 呆然と呟いた。

 C強襲飛行型。アシア大戦において活躍したTAKABA社が誇る傑作機。


「フラン。手短にいくぞ」


 コウからの通信。

 間違いないと確信するフラン。アシア大戦を終戦させたという伝説のラニウスがいたという。

 それが、彼女と同じ最初期型の乗り手。五番機。


「はい!」

「お前は、お前と六番機の道を行け。六番機は必ず応えてくれる。五番機に引っ張られるな」

「はい!」


 その声を聞き届け、飛び去る五番機。


「ありがとうございます。――行くよ。あと一機!」

 

 今度はビルから駆け上がり、狙撃するかのように斬り込む六番機。

 明らかにアベレーションアームズは彼女の動きについてこれない。


「半分寝ぼけた状態らしいからね。今の六番機にしてみれば的だよ!」


 反応が遅い。それがコウが与えてくれたヒント。遷音速トランソニツクで疾走する六番機の動きに対応できないのだ。


 慣性を利用したまま、今度は大きく弧を描き引き返す。

 走り抜けたあとに着弾する大口径の機銃。Aカーバンクルで強化された地面は弾痕を残すことは許さない。


「――ッァ!」

 

 まさに疾風怒濤。獣のように六番機はアベレーションシルエットに襲いかかる。


 無声の気合いを発し、弾幕をくぐり抜け一瞬で接敵する六番機。

 近づければ武器腕など敵ではない。一刀のもとに斬り伏せ、返す刀でもう一機を撃墜する。


 MCS内にエラーが鳴り響く。

 燃料であるスラッシュ水素の残りが僅かだ。


「これが欠点か……」


 しかし別の方角では応戦している防衛隊のベアが被弾している。

 このままでは後退する間もなく破壊されるだろう。


「勝つためには私一人では無理。みんなのフォローをしなければ」


 今の彼女は軍全体を見渡す見識が生まれていた。

 それゆえに自分の致命的な失敗に唇を噛みしめる。


「もう何人死んだ……」


 六番機の性能に高揚していた気持ちが急速に冷える。

 打つ手がない。味方を救えない。倒す優先順位を見誤ったのだ。


「私のミスだ。――でも、せめてあともう一回だけ」


 フォローできたはずの味方をみすみす死なせてしまった。その後悔によって彼女はさらなる無理を重ねようと、動き出す。


 六番機は再び身を屈め、走り出そうとしたその瞬間――

 機体に衝撃が走り、地面が遠ざかっていった。

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