獅子搏兎

 グライゼンの襲撃が発生し、瞬く間にL451部隊が壊滅した。

 破壊されたベアに、乱雑に飛び散った装甲車の破片。被害の大きさが窺い知れる。


「くそ。何故こうなる!」


 ネイトは歯噛みした。しかし悔やんでいる暇はない。


「理想通りにはいかないか。折角希望が見えたというところなのに」


 奥歯を噛みしめ画面を睨み付ける。

 破壊されたシェルターからはすでにグライゼンの部隊が潜入し、防衛部隊と交戦している。


「グライゼンが尖兵。後続にアルゴフォースの大軍か。完全に殲滅するつもりだな」


 グライゼンもまた武装を更新している。ここ最近の働きで数多くの防衛ドームを従えた。その恩賞であろう。

 ベアがようやく生産できるようになったL451防衛ドームなど敵うはずもない。


「負傷者回収を急げ! 敵戦力は今までにない部隊。避難している間もない。市街地戦に持ち込む!」


 市街地戦は最後の手段。

 防衛ドーム内に敵を引きずり込むになる。


「子供達は地下へ移動。せめて護りきるぞ!」


 避難民が続々と地下へ押し寄せる。

 人の波に踏まれ、巻き込まれ負傷する者もいた。


 破壊された装甲車では、ファミリアが動く片手をかろうじて動かし、前線に出ようとする。

 脚を無くしたシルエットは、予備に換装にすぐさま出撃した。


「アルゴアーミーは周囲を包囲しているのか? グライゼンもアルゴアーミーに試されている可能性はあるが…… 戦果になってやるつもりはない」

「こちらも援軍を出します」


 エメが告げる。このまま防衛ドームの人々が虐殺されることを見て見ぬ振りはできない。


「ご覧の有様だ。ご期待に添えそうもなく申し訳ない。あなたがたも早く避難を」


 ネイトはユースティティアに通信を応答し、退去を促す。


「了解した。武運を祈る」


 コウがエメの代わりに応答し、通信を遮断する。少女に決断させないためだろうとネイトは察した。

 賢明な判断だと思うネイト。万が一助力を言われてもネイトのほうが困るのだ。


「トライレームを巻き込むことになれば、大戦争になりかねない。少なくともL451防衛ドームを引き金にはしたくない」


 ネイトが呟く。それはすなわち他の防衛ドームも巻き込むことになるのだ。

 そうなれば誰もL451防衛ドームを受け入れてくれはしない。クルト社の社員が行くあてもなく集団で放浪していた話は有名だ。誰も彼もトラブルには関わりたくないだろう。 


「でもよ。助けてくれたっていいのに」


 彼らが来たからグライゼンの大部隊がやってきたのだと陰口を叩くものもいたが叱咤する。

 援助の意志は紛れもなく本物だった。


「これだけの戦力をもらっておいて彼らを恨むのは筋違いもいいところだ! 思い出せ。彼らがいなければマーダーに皆殺しにされていたんだぞ!」

「その通り。これ以上の援助なんて。私達、何もしていないのに」


 フランが応じ、六番機は格納庫から出撃する。


「敵は最新鋭か。――構うものか。いくよ六番機!」


 敵部隊の構成は明らかに変わっていた。

 大型の支援がストーンズからあったに違いない。


「我らもまた戦います。このエポスとともに果てるまで!」


 セリアンスロープがエポスに乗り込み出撃する。


「さあ。車両部隊編成急げ。絶対に近付くなよ!」


 ファミリアが少ないL451防衛ドームでは半装軌車両も人間が操縦する。

 ファミリアみたいな再生可能な可能性は少ない。そして今までに多くの戦死者を出した。


「ベアが数機でも作れたことは良かったな。さあ、守るぞ」


 ネイトは決して諦めなかった。

 マーダーで殲滅できなかった彼らを殺戮することを躊躇するとは思えなかった。


 最後まで足掻き、抵抗する。

 彼は常に最善手を模索するのだった。


「たとえ俺達がいなくなっても、俺達の戦いは二ソスのみんなが伝えてくれるはずだ。しかしそんな伝説になるつもりもない。当たり前のこと。自分達の住処を守るだけなんだ。一人でも生き残るぞ、みんな!」

「ああ!」


 L451防衛ドームの士気が上がる。

 決死の覚悟をもってグライゼンの迎撃体制を整えていった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「敵の進行速度が想像以上だ。これは……」


 コウもまたMCS内で状況の把握に努めようとする。


「アルゴフォースの空中空母を確認。アルゴアーミーの支援ですね」

「セオリー通り、ですね。空軍で制空権を握り地上進行。一つの防衛ドームに対する仕打ちとは思えませんが」


 フユキも唖然とする暴力的ともいえる戦力差だった。

 獅子搏兎ししはくとの故事を思い出させる大部隊である。


「高速進軍を行ったシルエット部隊解析。敵シルエットはアベレーションシルエットでした。総数は十機にも満たないでしょうが瞬間火力が桁違いです。ベアでは足止めにもならないでしょう」

「初手で一気に駆逐か。あんなものまで投入するか」

「後続にエーバーⅡとⅠの混成部隊も確認です。シルエットはおそらく十機以上。カザークを数機確認……」

「グライゼンはカザークまで運用しているのか!」


 コウは驚きを隠さない。カザークこそラニウスA1に匹敵する、アルゴナウタイに正式採用された装甲筋肉採用機だ。

 アベレーションシルエット登場よりもある種の衝撃を受けた。グライゼンへのアルゴアーミーが行っている支援がどれほどのものかを物語っている。


「私達が参戦したから?」


 エメが苦悩を隠そうともせず呟く。


「いいえ。違います。いくらストーンズでも短時間でここまでの戦力を揃えることはできません。最初からマーダーと圧倒的な武力制圧、その二段構えの計画だったのでしょう。そして我々の想定以上に、グライゼンという組織を使ってアルゴアーミーは上手くやっていた。それだけです」


 フユキが冷静に相手の行動を読もうと情報に目を走らせていた。


「前線にはあくまでグライゼン。後方に待機しているアルゴアーミーの大部隊。制空権を確保したアルゴフォースは航空支援でしょう」

「防衛ドーム内での迎撃は妥当か。居住区域を戦場にはしたくなかっただろうが……」


 P336要塞エリアの市街地戦も壮絶な戦闘だった。

 規模が大きく違うとはいえ、あのときも空中空母を起点に侵攻されたのだ。マルジンが現れなかったらそのまま陥落していただろう。


「後方部隊はエーバーⅡに陸上戦艦も見えますね。これはユースティティアに搭載した戦力だけでは厳しい」

「だろうな。ネイトもそれを理解しているからこそ、俺達に離脱を勧告した。普通なら助けてくれ、だろ」

「責任感が強いといったでしょう?」

「ああ。そういう人間こそ俺達の計画に必要ということだな」


 フユキは深く頷いた。


「敵は圧倒的な戦力による蹂躙が目的です。マーダーに加え、この戦力は示威用の観兵式パレード用の兵力だった可能性もありますね」

「圧倒的である理由は必要あるのかな」

「ありますよ。グライゼンを国家とするなら。十も防衛ドームを手に入れ、その代表ならそれはもう国家と国家元首です」

「L451防衛ドームは本当に見せしめと……」


 エメの疑問にフユキが答え、その結論に顔をわずかに歪めるエメ。


「非情ではありますが価値がないからこそ徹底的に蹂躙し、他防衛ドームの恐怖を煽り立てる。それで他の防衛ドームが寝返ったら安いものです。ストーンズもたびたび使った基本敵戦略です」

「阻止します」

「当然だ。俺も見過ごすつもりはない。防衛ドーム内は彼らに任せる。俺達はアルゴアーミーを追い返そう」


 そんなことはクルー全員が承知している。

 コウの五番機が動き出す。


「こちらウーティス。オーバードフォース全軍に支援要請。敵はアルゴアーミーだ。座標を転送。海中のアストライアは浮上せよ!」


 コウがウーティスを名乗ることなど緊急事態に他ならない。

 その号令が届くや否やオーバードフォース全軍に緊張が走った。

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