現地改修

 翌日にはユースティティア艦内での六番機改修が終了していた。

 コウがフランを呼び説明する。


「これが新しい六番機……」


 思わず絶句するフラン。それほど強化されている。単なる復元ではなく、追加装甲まで施されているのだ。

 背中に背負った大剣は新しいものに換装され、武装は通常タイプのAK2と予備弾薬が提供されている。


「新しいものはないよ。持ってきた古い部品とL451防衛ドームで整備できるようにした現地改修ってところか」


 コウも目を細めて六番機を見上げる。今の六番機は鋼色の五番機と違い、デザートカラーという違いはあるものの一人目のアシアを救出した時と同様の追加装甲を装備していた。


「装甲も無人修理工場に対応するのですか」

「そうだな。だから今回の素材は今回きりになる。注意してくれ」


 装甲材もL451防衛ドームで用意できるものでないといけない。

 装甲板の交換設定も済ませておく。今回はコウが施した装甲だが次回はL451防衛ドームで準備できる装甲材――ベアの装甲と同等のものを指定し六番機に登録している。こうすることで、防衛ドームの施設で修理する場合は材料不足に悩むこともないだろう。


「でも試製大剣まで!」


 折れたはずの試製大剣まで再装備されていた。


「ん? ああ。アークブレイドは回収させてもらったからな」

「いえ。そうではなく。まだあの大剣と同型のものがあったんだな、と」


 あの斬れ味の良い刀が回収されることは当然として、何よりも兄が使っていたものと同じ大剣があることが嬉しかった。


「俺の五番機もあの剣一本で戦っていた。拠点で最初に複製したものはあの試製大剣だった。もう俺が使うことはない予備の一つだ。これもお古になっちまうな」


 コウも本音では電弧刀アークブレイドを提供したい気持ちもあったが、そこは過剰だと判断する。おそらく今でも相当な援助をしていると思われているだろう。

 五番機は武器を持ち帰るまで試製大剣を折ることはなかった。使うことはなかった予備の大剣だ。廃棄せずにおいて正解だったと思うコウだった。


「いいえ! 私は試製大剣であることがとても嬉しいのです。亡くなった兄が愛用していた大剣だから。同じものがいまだにあったと思うだけで……胸がいっぱいです」


 兄とともに戦場を駆けた六番機と戦う。それがフランの戦う理由の一つ。


「そのお兄さんが、TAKABAの熱心なファンだったという人か」

「ご存じなのですか!」


 兄は無名のパイロットに過ぎない。腕は立つが、名を馳せるにはほど遠かったはずだ。

 亡き兄を知っている人物がいる。それだけで彼女は泣きそうになる。


「会長から聞いたよ。持ってきて良かった」


 心からそう思うコウ。これは是が非でも兵衛に報告せねばと改めて思う。


「TAKABA会長が兄を覚えていて…… 本当に何から何までありがとうございます」


 深々と頭を下げる。コウは慌てた。


「いや。頭をあげなって。説明はこれからだ」

「はい!」

「まずこいつは装甲を換装しただけの状態だ。TAKABA社から持ってきた人工筋肉の補修部品はそのまま。追加装甲は俺が以前造ったヤツだな」

「やはりコウさんは構築技士なのですか?」

「コウでいいよ。一応、ね」


 コウが苦笑する。


「わかりましたコウ」


 初めて見せるフランの柔らかい笑み。思うに一応どころではないほどの重要人物なのだろう。

 エメ提督が乗っている艦だ。宇宙艦とL451防衛ドームの住人は推測していた。


「追加装甲のバックアップには回転デトネーションエンジン式のスラスターを搭載。燃料はL451防衛ドームでも作成可能なスラッシュ水素だ。補給に困ることはない」


 スラッシュ水素は液体水素を融点近くまで冷却したもので固体水素と液体水素の三重点状態のものを指す。液体水素よりも密度が20%近く高くなり、より効率的なエネルギーを生み出す。


「そうですね。私たちに金属水素はほど遠いものですから……」


 その価値は計り知れない。コウがフユキから聞いた話ではトライレーム内とは比較にならないほどの価格が付いているようだ。需要と供給のバランスがそれだけ崩れている。

 二人は転売屋滅するべしと内心思うものの、有効な手段がない。金属水素生成炉は大量生産が困難であり、トライレーム内でも取り扱いは厳重を極めている。


「金属水素生成炉は市場に出回っている中古も恐ろしい価格だからな。このL451防衛ドームで運用できないと意味がない」


 中古の金属水素生成炉はアシア大戦時に撃破されたシルエットから回収されたものが多い。


「はい」


 今後もこの地で戦う覚悟の彼女だ。防衛ドーム内で完結可能な補給体制でなければならない。


「型番はTSW-R1A。俺にとっても懐かしい追加装甲だ。これは五番機に使用していたものをそのまま転用したものだよ」


 バルドを倒し、アシアを解放した当時の兵装。再び改修することになるとは思わなかった。

 むしろ懐かしさのあまり、喜びを噛みしめながら改修したコウであった。


「そ、そんな貴重なものを……!」

「いや、もう使わない。むしろ使い道ができて良かった。六番機をR1Aに改修する作業は楽しかったよ」


 かつて自分を守ったA型と追加装甲が六番機と少女を守ってくれる。倉庫で眠ったままよりよほどいいと思ったのだ。


「Aという形式番号。現在トライレームで運用されているものがA1と聞きましたが、その前身にあたるということですか?」

「そういうことになるな」

「そうですか。……六番機もアップデートされたんですね」


 A型に改装された機体。そして量産されているA1型。つまり鷹羽兵衛の遣いだという眼前の構築技士がTSW-R1改装機に関わっている可能性が高い。


「もうすぐグライゼンの襲撃も予想されています。全力でかっ飛ばして戦いますよ!」

「……数秒で時速千キロに達するからな。操縦には気を付けてくれ」

「え?」


 コウの言葉に思わず六番機を見上げるフラン。


「数秒? 千キロ? これ金属水素使っていないんですよね?」


 あまりの加速に、理解が追いつかないフラン。R1A1型でもそんな加速があるとは聞いたことがない。


「使っていない。燃料ではなく構造の問題だからな。全力でかっ飛ばすのは慣れてからにしてくれ」

「……そうします……」


 僅かに震えるフラン。速度を怖れたのではない。

 R1A1にすら搭載されていない加速装置。この追加装甲は噂に聞く金属水素生成炉を搭載したB型に近いのではないかと推測した。

 そして彼女の推測は当たっていた。


「試運転にいってみるといい」

「はい!」


 フランは六番機に乗り込み、ユースティティアの艦を降りる。


 六番機の姿が見えなくなってからヴォイが近付いてきた。


「コウ。五番機はどうする」

「強襲飛行型に戻しておいてくれ」

「偽装解除か。了解した」

「アルゴアーミー次第だな。出るなら俺達が相手にしよう。エポナ、ラニウス隊もそれぞれ偽装解除だ」

「わかった! 急いで指示を実行する!」


 コウは五番機を見上げながら呟いた。


「次はL451防衛ドームのコントロールセンターか」


 一言呟いたあと、コウもまた格納庫から姿を消した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「結論から申しますとグライゼンから、あなた方が防衛できるかどうか。そこを見極めます」

「この防衛ドームのテストというわけですね。これほど莫大な戦力の提供を受けたからには……やります。やらせてください」

「話が早い。その通りです。ただね。私やコウ君は縁を重要視するんですよ。いつかその先を信じて、ね」


 フユキはくすりと笑った。

 そういっている傍からコウがやってきた。


「あなたがネイトさんか。俺はコウ。敬称はいい。ただの構築技士だ。この防衛ドームでもベアとエレファント、いくつかの戦闘車両を製造できるように登録設計図を変更しておいた。あとAK2とその弾薬もね」


 現在ベアの権利はゼネラル・アームズが保有している。ウーティス直属のオーバード・フォース企業でもある。コウは許可をもらいL451防衛ドームでも製造できるように変更したのだ。


「私はネイト。こちらも敬称なしで。――この防衛ドームでもベアを量産できるのですか?」


 コントロールタワーに直接設計変更を命じられるなどB級構築技士以上。コウという人物はフランから五番機のパイロットとも聞いている。

 相当な重要人物だろう。向こうは一般人で通したいようだ。その意を汲むことにして話を続ける。


「そういうこと。もう生産指示をさせている。ベアを優先、エレファントは少数。あとは装甲車両に全振りだ。防衛に間接支援は重要だからな。しばらく食糧生産プラントも生産低下する。勝手にすまないが時間もない」

「そんな細かい生産指示まで……」

「援助する装備の話はフユキさんから聞いたかい?」

「はい。最新鋭のシルエットであるシュライク。中古のベア、エレファントに戦車。それに品薄なはずのエポスやクアトロ・ワーカーまで…… AK2にその弾薬。六番機の改装まで」


 シュライクはTAKABA社製のシルエットでも廉価帯に属するが、装甲筋肉や人工筋肉を使わないだけでTSW-R1と多くの素材を共有する。

 五番機をもとに発展したTSW-R1のなかでも普及型としてコウと兵衛が構築した機体だ。


「アルゴアーミーの動き次第では俺達も出る。そこまでは極力自力でなんとかしてくれ」

「了解しました。しかし不安もあります。我々にその先、何を望むのでしょう? 金も力も政治力もないこのちっぽけな防衛ドームに、これほど破格な支援を」

「本題ですね。――あなたたちの働き次第ではトライレーム企業の流通拠点になってもらいます」

「なっ!」


 トライレームの流通拠点。どの防衛ドームも諸手を挙げて立候補するであろう。

 しかし不安もある。シェーライト大陸とは遠すぎるのだ。


「しかし補給路が……」

「あるにはあるんだ。パイロクロア大陸のはしっこに御統みすまる重工業がね。企業本体は引っ越したが、製造機能もそのままだ。逆に言えば俺達の勢力拠点はそこしかない」


 御統重工業跡地のI712要塞エリア。本社機能こそ移ったが製造機能は健在だ。

 トライレームの橋頭堡としてパイロクロア大陸に残留している。


「つまり我々にトライレームの拠点。その資質があるかどうかを見極めると。これは是が非でも防衛に成功しなければいけませんな」

「当然我々の要求はまだ一つだけありますよ。ですがそれは結果次第ということです」

「わかりました。トライレームの中継地に選ばれる可能性があるというなら――やらせてください」


 ネイトは頷き、自らの防衛ドームを守り抜く決意を固めた。

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