CSR-企業の社会的責任と貢献
L451防衛ドーム防衛隊のセリアンスロープたちにシルエットが引き渡された。
搬入されたクアトロ・シルエットはエポス三機にクアトロ・ワーカーが六機。破格の援助である。
「これほどまでに援助していただいて…… クアトロ・シルエットは今なお世界中で生産待ちと聞いていました」
「困っている同士には当然です。あなたたちにもウーティスの加護がありますように」
タヌキ耳の少女ゾラが目を瞑って祈るように呟いた。
「ウーティス……? あなたたちはエポナ教団の方なのですか」
「違いますよ。教団なんてありません。ギャロップ社の新社長が熱心なウーティスファンなんです。アシア様を救うために共に戦った仲なのですよ」
「おお……」
その言葉で感銘を受けるL451防衛ドームのセリアンスロープたち。
「あなたたちにだけ、こっそり教えますね。人間の方々には内緒ですよ?」
ウィンクをしながら人差し指を口に当てる。
「は、はい!」
「今搬入されているエポスをご覧下さい」
「あれはエニュオに止めを刺したエポスですね!」
「その通りです。――そして偽装していますが、あの機体こそエポナ。ウーティスが我らに与えたもうた初のシルエットです」
「……!」
言葉もないセリアンスロープたち。
「我らはあの機体をある種のシンボルとしています。当然です。かつてシルエットに乗ることさえ許されなかった我ら。ウーティス様は直接、次元観測超AIプロメテウスに請い願い許された機体」
「プロメテウスだって!」
次元観測超AIプロメテウス。尊厳戦争に一瞬だけ姿を現した伝説の存在。
シルエットは彼の設計によるものとは伝わっていた。
「そうです。その理由は我らへの共感。『シルエットに搭乗することが許されないということはネメシス星系では本当に辛いだろう。なんとかしたい』と。その一心でプロメテウスさえ動かしたのです」
「おお……」
「そして生まれた機体こそエポナ。乗り手はウーティスの巫女にゃん汰とアキ。あの機体はアキですね。複製ですらないです。最初に作られたクアトロ・シルエットがあの機体なのです!」
最後の言葉に力が入るゾラ。背後のトライレームも祈るように目を瞑る。仕草禁止とコウに言い渡されているからだ。
感銘を受け、言葉もないセリアンスロープたち。
「そ、その。あなたたちの目的は……」
「ウーティス様は我らのために創造意識体の権利を高らかに謳い上げ、尊厳戦争を起こしました。これほどの大恩を感謝の言葉一つで済ませるつもりですか? 私達はそうではありません。魂の尊厳のためともに歩むと決めたのです」
「当然ですね」
「その上アシア様まで救い上げたのです。お聞きなさい。あなたたちは決してアシア様に見捨てられたわけではないのです。――現に我々が、ここにいます」
「はい……」
「我らはともにアシア様とウーティス様の道を歩むのみです。これは企業活動の一環。宗教でもなんでもないのですよ。ご安心ください」
安心させるようににっこり笑うゾラ。愛嬌のある笑顔にL451防衛ドームのセリアンスロープも安堵する。
「それでもトライレームに合流しなかった我々さえこれほどまでに大恩を受けた。我々も参加したいです!」
別のセリアンスロープが切り出す。
「同志になることは簡単です。布教も集会も必要ないのです。その在り方を、私達のように示せばよいだけ。あなたたちが力を付けたとき、同様に我が同胞や同胞が寄り添う人間を少しだけ支えてくだされば、それで」
「はい!」
「それでも何かあると困りますので、我々の本部ともいえるギャロップ社のCSR部の連絡先を教えておきますね」
「お願いします! CSRとはいったいどのような部署なのでしょう?」
「地球時代の企業概念だそうです。CSR――Corporate Social Responsibilityの略ですね。企業における社会的責任と貢献とでもいうべきもの。ギャロップ社でも
「というと?」
「今回はSRI-Socially Responsible Investment。社会的責任投資におけるコミュニティ投資です。惑星アシアでは恵まれた立場とはいえないセリアンスロープへの援助活動にあたります。エポスはベア。クアトロ・ワーカーも同ワーカーと同じ価格で融通いたします。お支払いは後払いで結構ですよ?」
「え…… そんな……」
「大丈夫です。クアトロ・シルエットの相場はご存じでしょう? それを含めてギャロップ社としての社会貢献と同胞たるセリアンスロープたちへの責任なのです、これは地球の歴史を受けて感銘を受けた我々の代表であるパルム新社長の方針です」
金を取るとはいえ、破格な価格である。むしろ何か罠がないか不安になるような金額だ。
無料ではないが、本当に便宜上というだけの価格に近い。
「ギャロップ社の新社長が」
「ええ。彼はいいました。この活動のために引き受けたといっても過言ではないと」
パルムの方針に異を唱える社員はいなかった。ほとんどがセリアンスロープとファミリアで構成されている。
「本当にありがとうございます。いくら感謝しても感謝しきれません」
「感謝は我々にではなく、アシア様とウーティス様に捧げてください。ギャロップ社創設もアシア様とウーティス様の手によるものなのですよ」
「えぇ……」
「創造意識体の尊厳を宣言なされた彼にどうして不思議がありましょうや? それこそ我々どもの力が及ばず、惑星アシア各地にいる同胞に手を差し伸べることができないでいるのです。お許しを……」
わずかに頭を下げるゾラ。一人でも多くのセリアンスロープにクアトロ・シルエットを届けたいその熱意もまた本物なのだ。
「頭を上げてください! 我々はアシア様に何もしなかった。ウーティス様はアシア様を救出したという伝説は知っております。ウーティス様はその……実在しないのではとも言われていますが」
彼らも釣られてコウとアシアに対し敬称となってしまっている。
「それはただの事実です。そして彼は偶像ではありませんよ。艦長は皆さんもご存じの通りエメ提督。そしてここにエポナがあり、その巫女たるパイロットがいるのです。その意味をよく考えてみてください」
意味ありげに笑うゾラに目を剥くセリアンスロープたち。
「……ウーティス様がここにいる。そんな……」
「いや、あの凄腕のパイロット。フランを助けた、五番機の!」
「それは決して言えないのです。ええ。口が裂けても。我が魂の尊厳に賭けて、口にはすまい。そうウーティス様とお約束いたしました」
答えを言ったようなものだった。そして彼女はこっそりとギャロップ社CSR部門のシンボルである腕章を見せる。そこにはエポナとモズ――ラニウスを象ったもの。
ゾラの言葉に確信を覚え、言葉がますます少なくなる防衛部隊所属のセリアンスロープたちであった。
「アシア様は決してあなたたちを見捨てません。私達がその証拠なのです」
首を縦にぶんぶん振るセリアンスロープたち。こんな辺境に、超AIアシアの守護者が、彼らの防衛ドームにいるというのだ。
そしてエニュオさえ破壊してみせた。これ以上の証拠があろうか。
「私達は同胞たるあなたたちへ援助を惜しみません。ですが願わくば、今後あなたたちが共に歩んでくださるなら、これに勝る喜びはありません」
「我々も共に歩みます! ああ、ギャロップ社にアシア様自ら関わっていたとは…… アシアの守護者が自らこの防衛ドームを……フランを守ってくれたんだ。私達は誤解していたんだ…… ああなんてことだ」
静かに泣き始めるセリアンスロープたちまでいる。
多少の誇張はあるものの嘘は一切言っていないゾラ。コウ本人が聞いたら卒倒しそうな会話であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その頃コウはユースティティア艦内でフユキと現状を話し合っていた。
エメたちもその場にいる。
「グライゼンとアルゴアーミーか。前者はともかく後者が厄介だな」
「トライレームが介入することになれば次はパイロクロア大陸が戦場になるでしょうね」
「かといってこの地域を代理戦争の地にしていいのか。――歴史の授業で聞いたことがあるぞ」
「冷戦期ですね。米ソ二大巨大国家が睨み合うその影で数々の危機、そして紛争が発生しています。しかしまた主因がそれぞれの紛争国家にもありましたので。一概に犠牲者ではないのです」
「うーん。政治はわからん」
「ウーティスともあろう者が何を仰る!」
笑いながらからかうフユキ。
「やめてくれ!」
思わず耳を塞ぐコウに、その場にいる者みんなが笑う。
「彼らを支援するといっても一個の防衛ドームを淡々と防衛するだけだと無理がくるぞ」
「そうですねえ。彼らがどこにも所属していないこともネックです。L451防衛ドームはグライゼンとの最前線になります。各防衛ドームは一つになることを嫌い、手を出すことを恐れます。次の標的にはなりたくないですから」
「そういう無関心はアシア独自なのかな」
その無関心がかつての傭兵機構の腐敗を招き、惑星アシアの人々を分断していたのだ。
「地球よりは酷いでしょうね。我々がいた日本だって中東アジアや東欧、アフリカ諸国を国民全体が意識していたとは言い難い。ニュースで流れる情報といえば北東アジアや欧米、環太平洋だったでしょう? 惑星アシアは防衛ドームという区切られた生活コロニーです。火が付くまでは他人事ですよ」
「そうか……」
惑星アシアにいるほうがよほど地球の問題ともいうべきものを意識させられる。皮肉なものだとコウは思う。
「彼らもまた他の防衛ドームから国家参加を打診されているんだろう?」
「現状ではそこまで飛び抜けた防衛ドームや要塞エリアはありません。交渉力とでも言いますか」
「交渉力はいるよな」
「ネイトは良い人材ですけどね。現状把握に長け、粘り強い交渉力を持っている。そしてL451防衛ドームが何ももっていないことを知っている。これが強い。欲が出ないのです。周囲の防衛ドームをまとめ上げるなんて考えもしないでしょう」
フユキがネイトという人物を評価する。
「周囲の防衛ドームをまとめあげるなんて面倒だよな」
「話した感じ、責任感が強すぎるんですよね。夫婦で孤児の面倒もみているそうですよ。六番機のパイロットであるフランもあの夫妻が面倒をみていたようです」
「孤児を養うような優しい人で人徳も問題なし。ならネイトって人にまとめあげるメリットを提示して国王になってもらえばいいんじゃないかな」
エメがぽつりと呟いた。はっとする二人。
フユキとコウは顔を見合わせる。積み重なる課題が解決しそうな道筋が見えたのだ。
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