艦内整備
防衛隊の眼前でエニュオの上半身が吹き飛んだ。
防衛隊はその光景に絶句する。我が目を疑うものまでいた。
「ありうるの? あんな……」
フランもまた、同様だ。宇宙艦か何かの砲撃の一種にしても絶大な破壊力。ハンガーキャリアーが装備していい兵装ではない。
「高威力のレーザーだ。それより油断するな! 胴中央のリアクターと尻尾は生きているんだ。生物じゃない。上半身が無くなったぐらいでは止まらないぞ!」
コウが周囲を叱咤する。予想以上に防衛隊が衝撃を受けていたからだ。彼らのシルエットは完全に動きが止まっていた。
上半身が無くなったところでエニュオが無力化されるわけではない。この兵器は移動する質量兵器。高次元投射材のシェルターを破壊するための兵器だからだ。
足の接触、尾の一振りでシルエットなど易々と破壊されてしまう。
「は、はい!」
慌てて返事をするフラン。この男に油断はないようだ。
エニュオの脚部の一つを容易く斬り落としながら、五番機は胴中央のリアクターを破壊するべく側面に張り付く。
装甲が薄い背面に乗れば尾の部分から攻撃を受けるためだ。
「五番機と六番機はエニュオの脚部を攻撃。ラニウス隊と防衛隊は周囲のケーレスを掃討だ。その後はアキ。頼んだぞ」
「頑張るにゃ。あんたが一番確実にゃ」
「はい!」
ラニウス隊と協力し六番機もケーレスとの戦闘に移行する。ラニウス隊はマンティス型やアントコマンダー型など、高次元投射装甲を持つケーレスを担当する。
クアトロ・シルエットは周囲のマーダー包囲網を徐々に切り崩しにいった。フユキと配下の工兵も爆導索を用いてケーレスの直接破壊を行っている。
「――!」
フランもまた、エニュオへ果敢に接近し、斬りかかる。
なんとか左脚部の一つを斬り落とすことができた。
「よし。いいぞフラン!」
五番機も見ていたようだ。簡潔な言葉に激励と賞賛が込められていることをしり、フランも口元がほころぶ。
油断はせず、他の脚部に巻き込まれないよう、すかさず距離を取る。
遠方からはブルーによる狙撃とユースティティアによる支援砲撃が加わった。上空を警戒している零式も対地攻撃に入る。
エニュオを護衛するケーレスの数が少なくなったその瞬間、アキのエポナが駆けだした。
「いきます!」
アキのエポナが突進し、ランスを突き立てる。
正確にエニュオの横腹からリアクターを貫き、破滅の女神は緩やかに動きを停止した。
「なんだあいつらは……」
ネイトの呟きは防衛軍メンバー全員の声を代弁していた。
「レーザーだと? そんなもんじゃない。エニュオの装甲を貫通していた。あんな出力、ハンガーキャリアーで出せるものか」
「どういうことだよネイト?」
「彼らが搭乗している乗り物はおそらく宇宙艦の一種だ。惑星間戦争時代のビーム兵器ならあり得るんじゃないか」
「そんな…… しかしケーレスのレーザービームは高次元投射装甲相手にはさほど効かない。装甲が厚いエニュオを貫通できる威力を持つってことは……」
「小型の宇宙艦をハンガーキャリアーのように運用しているだけだろう。噂に聞く荷電粒子砲の一種か?」
そう思わなければ説明できないほどの威力である。ネイト自身、この場で起きたことは信じがたいものであった。
「アシア大戦以前ではエニュオを破壊した例さえ少なかった。確かメタルアイリスが最後だったが…… のちに彼らがトライレームの中核になった。何か関連性があるのだろうか」
「彼らが味方でよかったな」
「全くだ!」
その歓喜とは裏腹に、ネイトは内心絶望していた。
思わず漏れた呟き。
「シェーライト大陸のトライレーム所属軍の戦力はこれほどのものか。どれほど彼らはアシアに愛されているのか。それに比べ我々は……」
我に返り、首を振る。
「違うな。何もしなかったのは我々だ。彼らはアシアを救い出した。当然の権利だ。ならば出来ることは彼らと良好な関係を築くこと。それが俺の役目だ」
一つの防衛ドームを背負っている男は、妬みに屈せず現実的な結論に至ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エニュオを破壊しマーダーを殲滅したアーセナルキャリアー【ユースティティア】はL451防衛ドーム内部に入場する。
防衛隊リーダーであるネイトとフユキが話し合いのために場を離れた。
「よーし。いいぞ。今から修理に入る」
ヴォイの誘導に合わせ、ユースティティアの格納庫に六番機は搬入された。
隣には帰投した五番機が並んでいる。
六番機にアルゲースが近付いて状態のチェックを始めた。
コウはブルーと話していた。六番機から見慣れない赤毛の少女が降りてくる。
コウに話し掛けたいがタイミングがつかめないようだ。ブルーはすぐに察し、コウに耳打ちして離れた。
「あ、あの。五番機のパイロットのコウさんですよね」
「ああ。俺がコウだ。君がフランだね。ここだとあれだから居住施設のラウンジに行こう」
「ラウンジまであるんだ……」
一般的なハンガーキャリアーは休憩室ぐらいしかない。二百メートル級の陸上艦艇でハンガーキャリアーと言い張るのは無理があるのではと内心思うフラン。
ポン子が二人の姿をみかけ、軽食の調理に入る。
「このたびはありがとうございます。しかし六番機の修理は…… その、私達。お金がなくて……」
気まずそうに切り出すフラン。金がないということを打ち明けることには勇気がいる。しかも五番機のパイロット、命の恩人にである。
それだけで彼女がかなり生真面目な性格であることは見て取れた。
「気にするな。金が要らないという意味じゃない。君たちは大金を得た」
「え?」
「エニュオを撃破しただろう? これはL451防衛隊の戦果だ」
巨大マーダーを破壊した場合、オケアノスから大量の報酬が振り込まれる。コウはそのことをいっているのだ。
「そんなはずは…… ほとんどあなたたちが」
「俺達は通りすがっただけだ。オケアノスが所持している交戦記録を確認するといい」
これはフユキと打ち合わせ済みだ。エニュオがいて幸いだと二人は内心喜んだほどである。
金がない防衛ドームを救援するためにも、先方にも資金を用意して貰わねばならない。
企業であれば当然であり、トライレーム所属企業も慈善団体ではないからだ。支払うものがない場合は、L451防衛ドームにとって重い負債になったであろう。
「……わかりました。ありがとうございます!」
ヴォイがのっそのっそと近づき、コウの隣に座る。
「六番機の状態を見たが、酷使しすぎたな。予定通り例のプランでいくぞコウ」
「わかった。頼んだヴォイ」
「任せろ」
のっそのっそと立ち去るヴォイ。不安そうに見送るフラン。
「六番機は修理が厳しい状態なのでしょうか?」
「予想は付いていたが。――ああ。あの熊は気にしないでくれ。腕は確かだ。五番機の面倒をずっと見てくれている」
「五番機の!」
「そうだ。六番機の状態は厳しい。こちらで
「復元?
「最初期ロットの規格範囲内での復元だ。それだけ六番機は酷使され摩耗しているということ」
「う……」
酷使されているとコウから直接言われ、恥ずかしさで死にそうになり顔が真っ赤になるフラン。通りすがったネレイスたちがぎょっとして、そしらぬ顔で聞き耳を立て始めた。
「激しい戦闘後、異常箇所がある場合はオーバーホールは必要だ。一度もしていないだろ? E級の構築技士がいればL451防衛ドームでも可能なはずだが、厳しい要求だったな」
「こんな僻地にきてくれる構築技士はいませんから」
頷くコウ。惑星アシアはいまだ戦乱のなか。E級構築技士でも引く手数多だ。
「今回は俺が初期に使っていた部品が余っているからそれを使う。もう使っていない五番機の予備パーツを使うんだ。――新造品でなくてすまない。そちらの予算を鑑みての結論だ」
言葉の言い換えはあれど、最初期用の五番機改修のために用意した膨大な試作品の数々。その一部を使う。これなら六番機にも応用は容易い。
TAKABAの予備パーツも在庫はあるが、コウは彼女の人柄に触れて提供を決めたのだ。
「とんでもない! ありがとうございます!」
A1型などに改修されても金属水素生成炉もない防衛ドームでは運用は無理だ。最初期ロットの範囲内で、という言葉にネイトは喜んだ。
しかし五番機の予備パーツという言葉に違和感を覚えるが、その正体はわからずじまいだった。
違和感の正体。五番機の予備パーツという意味。それはTAKABA社から提供された予備パーツではなく、コウが所有、構築したものであるということに気付いたのはしばらく後であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エニュオの戦果までこちらの手柄に。これは頭が上がりません」
「いえいえ。最後まであなたたちは最善を尽くした。私達はその手助けをしたに過ぎません」
ネイトとフユキは略式の会談を行っていた。
フユキとしてもL451防衛ドームやこの周辺地域の勢力図を確認したいところだった。
「ところであなたがたに質問が…… あの少女艦長。エメ提督では?」
通信を送ってきた少女に見覚えはあった。
「そうですよ」
フユキがいとも容易く認める。
アシア大戦でアストライアを率いた少女提督が来るような場所ではない。眼前の人物も相当な重要人物だろうとネイトは確信する。
フユキは気にせず話を続ける。
「状況は予想以上に厄介ですね…… ストーンズ勢力の【グライゼン】ですか。背後にいる【アルゴアーミー】に関しては、一つの自治体である防衛ドームでは対処不可能でしょうね」
「はい。ただアルゴアーミー本体は別が主戦場らしく、静観しているかのようにも見えます」
「目的は旧アシアの体制破壊でしょうね。マーダーとグライゼンを駆使して影響下のある組織作りをしているのでしょう」
「今回のマーダー襲撃もグライゼンの要請かと思われます」
「でしょうね。ストーンズとしてもグライゼンとやらをこの地域の覇者にしたいはず」
フユキはしばし考え込む。
「組織、というとやはり【国家】ですか」
「自衛するからにはやはり防衛ドーム同士の連携は不可欠です。私達のL451防衛ドームも、合流するよう様々な勢力から声はかかっています。グライゼンは一つの要塞エリアと四つの防衛ドームを手中に収めています」
「それは確かに国家といえるものでしょう……」
深く考え込むフユキに不安を覚えるネイト。見捨てられる可能性は高い。
「即座に襲撃があるでしょう。警戒は怠らないでください」
「え? しかしエニュオを撃退したはずでは」
思いがけない警告にネイトは動揺する。
「マーダーなど消耗戦を仕掛けるための道具でしかありませんよ。殲滅情報はストーンズも把握しているはず。次はグライゼン本体が制圧に来るでしょう」
「そんな…… しかし先ほどの論でいえばあなたたちの助力は期待してはいけないか」
ネイトは思慮深い男だ。エニュオの戦果譲渡は【ニソス】が通りすがったことで支援してくれたという形にしてくれただけだ。そうでなければ戦果を全部譲るなど成立しない。
あの戦闘だけでも多大な援助であることは理解している。
「そうです。――私にも考えがあります。また明日、同じ時間にお話ししましょう。その時、私達が撤退するか支援するか決定します」
「わかりました。可能性があるなら、考慮願いたい。可能な限り条件は飲むつもりだ」
今はネイトにもわかる。
この集団はおそらくトライレームでも上層部に近い、いや上層部そのものかもしれない。
L451防衛ドームの価値が問われているのだ。
たとえ【ニソス】が加勢してくれても、後悔するような莫大な負債になる可能性もある。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」
フユキは目に見えて不安がるネイトに言葉をかけるのだった。
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