アーセナルキャリアー【ユースティティア】

『防衛隊から陸上空母と思われているようです。ハンガーキャリアーといっても信用してもらえませんね』

「だから無理があるって言ったよ……」


 アストライアのビジョンがエメの隣にいる。


『新型機動工廠プラットフォーム分離中枢一番艦【ユースティティア】。独立した工廠輸送艦アーセナルキヤリアーとでもいうべき機能を有しています』


 アーセナルキャリアー――広義では機動工廠プラットフォームも意味する輸送艦の名称だ。


『宇宙戦艦イズモ(仮)の副産物とは思えない成果です。搭載量の減少も最小限に抑えられています。これはホーラ級に空母機能と工廠機能に余裕があったからこそ』


 プロメテウス来訪時、イズモ計画のため高速通信を用いた超AIたちが導き出したもうひとつの結論であった。

 三隻の機動工廠プラットフォームの強化である。コウの乗艦であり、前線で工作可能という要素は戦場では希有な能力。


「直接アストライアが制御できるから便利だよね」

『艦から分離した中枢セントラルユニットですからね。とはいってもアストライアの機能に変わりは無く、ユースティティアも私が同時制御します』

「外部砲塔にしなかったんだ」

『私もそのつもりでしたが、アリマ少年の配慮です。アシア大戦時の私達の記録から、乗員保護を考慮してくれた設計を提案してくれました』

「破壊の化身とはいったいなんだろね……」

『破壊と創造は表裏一体。かの者もまた破壊し、そして幾多の魔物を生み出したもの。創造の逸話は神々よりも多いでしょう。ギリシャ神話ではプロメテウスがあらゆる生物を創造しました』

「アリマは私達を護るために設計してくれた」

『船体規模を無視した装甲厚。この艦はメガレウスと同等です』


 メガレウスの吹き飛んだ艦橋を回収。一度解体し再構成したものを艦装甲に採用した小型艦がユースティティアだ。


 吊られた男によって吹き飛んだ艦橋に注目したアリマが、再利用を提案したのだ。メガレウスの艦橋は内蔵中は内部構造も回転する構造であり水平にすることは容易。何よりウィスの通っていない戦艦の装甲なら加工はかろうじて可能である。

 とくに艦橋の副砲であるレーザーに備え付けられた砲盾などは貴重な超硬物質を用いた装甲。これもまた分解し、新設された戦闘指揮所周囲に配置された。

 そのかわり大改装の代償としてアストライア本体を空母運用時には、本来の積載量が二割減少。搭載されていた大型ハンガーキャリア-三隻を降ろし、その場所を新たな整備用格納庫に改装することで対処した。


「アストライアが設計して、その超AIたちが設計に手を加えた要素。アストライア中枢部をメガレウスの装甲材で覆われた独立機動工廠にするなんて」


 アストライアは薄く微笑む。

 かの二人はこう考えたのだ。もっともコウが望むものは? ――導き出した結論。それはアストライアの強化であり、エメの保護。この二人の安全をコウは優先する。

 

 アリマの提案を元にアストライアたちホーラ級は同期し全能力をもって外部砲塔として設計。メガレウスの装甲に注目したプロメテウスがアリマと即席でアストライア本体の中枢兼小型工廠艦として埋め込む大改修を提案。

 ホーラ級全艦の承認によって惑星間戦争時代からは初となる大改装が行われた。


 この合体分離構想にコウは感激さえしていた。プロメテウスとアリマも鼻高々だったろう。

 超AIたちはコウに必要なものを提示し、限られる時間のなかコウは構築を行った。プロメテウスの滞在時間は限られていたからだ。


「アリマ、吊られた男がかなりツボに入っていたみたいだからね。あそこまで破壊の化身超AIを笑わせるなんてエイレネとアベルさんが初めてじゃないかな」


 不思議なことにユースティティアは艦橋だった頃の名残があるようにも感じられるとエメは思った。


『そうでしょうね。幸いエイレネが頑張ってくれたので作業はスムーズでした』


 艤装はトライレーム遠征隊が帰還してから施されたもの。惑星アシアではエイレネとアベルが改装の陣頭指揮を執った。巨大な尾輪はその名残ともいえる。


 一番艦であるアストライアはメガレウスの装甲材を転用。他の二艦は尊厳戦争時に破壊した宇宙艦の装甲材を回収し、建造中だ。不足する分はシルエットベースの地下工廠より用いることになる。

 今まで行われた作戦内容の過激さを考慮しエウノミア用が制作中である。


『火力も多少あります。このような任務には最適です』

「多少……?」


 エメが深く考え込む。


 現在もアントワーカー型が両側面から挟撃を仕掛けている。右舷側のアントワーカー型をユースティティアに備えられたレーザーガトリングで一掃している。

 惑星リュビアで入手した部材を使ったこの兵装の威力は一発あたり1MJの威力を持つ。多連装砲身を回転させわずかな時間を利用し砲身の放熱時間を稼ぎ、攻撃範囲を広げた迎撃兵装でもある。バッテリー駆動のアントワーカー型ではひとまりもないだろう。

 レーザービームを収束すれば威力も上昇させることが可能という対空装備だ。

 

 左舷はラニウス隊とエポス隊が迎撃し、戦闘を行っている。アシア大戦を戦い抜いた部隊の敵ではない。


「アストライアの主砲になる兵装の試射だけど…… エニュオ程度にいいのかな」

『むしろ手頃かと。この場で記録している者もそういないでしょう。Pボタンは押さないように』

「あれだけ臨時兵装なんだよね…… 必要だったのかな」

『不要です』


 アストライアが即答した。

 エメの手元には小さなPCというボタンと大昔の自爆装置もかくやという赤色に黒字でPと大きく書かれたボタンがあった。ご丁寧にも透明な保護ケースまである。使い切ることはないとエメが確信するほど積まれている。


「大丈夫だよ。これだけ大きいと押したくなる衝動にかられるけど。――ポン子、よろしくね」


 そっとPCボタンを押すエメ。Pボタンを押すには保護ケースを叩き割らないとダメなのだ。予備の保護ケースはエメの足元に積まれていた。


『ショウチイタシマシタ』


 砲座にはポン子が着席している。

 照準を防衛ドームに張り付いているエニュオに向けていた。少しでも砲撃が逸れるとシェルターを攻撃してしまうことになる。

 

「周囲、敵影なし。観測機などもないと思われます」


 オペレーターの羊耳のセリアンスロープが告げた。


「小口径陽電子砲ポジトロンキャノン、発射準備。出力20%」


 ユースティティアの後部甲板から、折り畳まれた砲身が現れる。

 三段展開式の長砲身。艦全長を上回る巨大な砲が展開された。


「発射!」


 エメの号令にポン子やファミリアたちが照準体制に入る。


『モクヒョウホソク。ハッシャシマス』


 瞬時に無色レーザーが真空を創り出し、その真空の軌道に沿って反物質たる陽電子が放たれる。 

 エニュオの脚部に着弾。瞬時に大爆発を起こした。装甲の破片がシェルターにぶつかりさらに大きく飛び散った。


「え?」


 防衛隊の面々が絶句する。

 何が起きたのか――


 追い打ちとばかり次々にレーザー砲がエニュオに放たれる。レーザービームによってあちこちに弾痕が発生していた。

 

「実射は初めてだけど、小型艦に搭載していい火力じゃないね……」

『アーサーのマルミアドワーズと比較したら威力はかなり控えめかと』

「アナザーレベルシルエットとの比較はどうかと思うな」


 幻想兵器であるアーサーのもつマルミアドワーズは正面から宇宙戦艦を貫通する威力を持つ陽電子砲だった。


『Aカーバンクル搭載艦ゆえに成立した大火力ですね。クーゲルブリッツエンジンもなく、この火力を成し遂げるとは』


 この小型艦にはAカーバンクルとアリマとポリメティスが提案した、既存技術で応用可能な新型リアクター構造を採用している。


「これで出力20%だもんね……」


 出力20%の威力ではないとエメも思うほどだ。本来はアストライアの主砲になる予定であり、Aカーバンクルのエネルギーは全て陽電子砲に使用可能になる。

 つまりホーラ級はAカーバンクルリアクターを二基搭載する艦となったのだ。


『反物質は1グラムの反物質が1グラムの物質に衝突した場合、発生する熱量は約180テラジュール。TNT火薬換算で約43キロトンの威力となります。これは最初期の原子爆弾より二倍の威力となります。小口径でも十分な威力です』

「でもこれで、かろうじて運用可能な大きさなんだよね」

  

 第三のアシアによって解放された陽電子砲技術は、現行技術では小型化が困難。コウが技術開放を行わなかった経緯がある。

 惑星リュビアの幻想兵器から採取した光学部品が無ければこれほどの威力は出せなかっただろう。


『オニキリほどの威力はありません。最大の利点は投入エネルギーの調節を行えば連続使用可能ということですね』

「あのレーザー砲は破壊力全振り。陽電子砲はリュビアに集結した叡智のおかげだね!」

『現存する超AIとその端末があそこまで集結することはもうないでしょう。メガレウスの吹き飛んだ艦橋を用いる案は私にない視点でした』

「トライレーム旅団【ニソス】もそこに秘密があるしね」

『ニソスとはハイタカの学術名であり、語源はギリシャ神話におけるメガラ国のニソス王です。かの王の次女であるイフィノエは将軍【メガレウス】に嫁いだとされています』


 兵衛に寄り従うハイタカ型ファミリアのたー君提案の旅団名だ。


「紫色に輝く頭髪が一本だけ生えていて、その紫毛が生えている限り死なないという加護を受けていたアテナイの王様だっけ。それをエロスの策略で敵国であるクレタ島のミノスに恋した愛娘のスキュラに、その一本の紫色の頭髪をもぎ取られて自死したとも、予言通り戦争で死んだとも……」

『結局自分の父を殺すような女は愛せないとミノスに振られましたね。王女スキュラの末路は様々な説がありますがどの伝説も悲惨です。鷹になったニソスに復讐されたとも、父さえ殺す女をミノスが畏れて両手足を縛って海に沈めたともいわれています』

「スキュラの自業自得みたいな気もするけど、そそのかした神様が悪いよね」

『ミノスはゼウスとエウロパの息子。神々的にはどうしても勝たせたかったのでしょう。善政を敷き、その死後は冥界の審判官の一人になったともされる人物です』

「え? アテナイから生け贄を要求してたよね…… クレタにとっては善政だったということなのかな」

『歴史とは勝者の手によるものですよ』


 国家同士の交戦、その結末を知るエメにとって善政という言葉は引っかかるものがある。アストライアの言葉に、やはり負けられないと改めて確信した。

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