少女は高らかに、誇らしげに

「君がそれをいうかねコウ! まったく人のことを言えたもんじゃないぞ!」


 エメのなかにいる師匠が思わず苦言を呈した。言わずにはいられなかった。


「あの時は師匠が!」


 軽やかにマンティス型を両断する五番機。

 即座に軸足を変え、側面のアント型を斬り倒す。


「そうだね。うん……師匠がそそのかしたから。でも本当に無謀だったね…… 最初期ロット乗りの宿命みたいなものなのかな」


 エメも師匠と記憶を共有している。

 あの無謀な、最初の戦闘を。少女の戦闘方法は、その光景を想起させるものであった。


「あのラニウスのパイロットより無謀だったのですか?」

「それはさすがにないと思うニャ」


 MCS内で待機しているアキとにゃん汰が聞く。転移時のコウが陥った状況は本人が話したがらないので貴重なのだ。


「あの人より無謀だったよ、最初のコウ……」


 司令席に座り、ぽつりと言うエメ。

 事実を告げるエメに、絶句するアキとにゃん汰。


「しかし進行を早めておいて良かった」

「そうだな。エメの判断通りだった」


 エメは嫌な予感がし、小型輸送艇の速度を速めたのだ。そして防衛隊とマーダーとの交戦を確認。六番機のあまりに無茶な戦い方にコウが見かねて飛び出したのだ。

 

「あなたはいったい……」


 フランが問いかける。何故最初期型のラニウスがこの場にいるのだろうか。この疑問は最優先事項だ。

 追加装甲を装備している。おそらくA1型のラニウスだと彼女は判断した。


「TAKABA社の使者になるか。俺達トライレーム専属旅団【二ソス】。L451防衛ドームへ補給部品を持ってきた」


 五番機はA1型追加装甲を装備し偽装しているののだった。


「TAKABA社の!」


 彼女の愛機である六番機製造メーカーの名だ。

 ネイトが腐心してラニウスの修理部品を発注していてくれたことは知っている。


 こんな辺境まできてくれたのだ。


「助太刀、感謝する。しかし、俺達には金が……」


 ネイトが苦しげに呟く。

 

「出世払いにしておきますよ」


 フユキのカレドニア・クロウがデトネーションコードを操り、周囲のアント型を一掃した。

 サイレント・ボマーの名は伊達では無い。今の一瞬で爆導索を仕掛け、ケーレスを一網打尽にしたのだ。


「そういうこと」


 ブルーがカナリーから応じ、別のマンティス型を狙撃する。


「武器がないか。これを使え」


 五番機は背部のバインダーから長脇差状の予備刀を取り出し、旧式のラニウスに渡した。


「あなたの名を……」


 兄ではない、似ても似つかない。しかし面影を感じさせる男性の名を知りたかった。


「俺か。俺はコウ。こいつは五番機だ」

「五番機……!」


 間違いない。フランは確信した。彼女の愛機と同じロット。

 兄の愛機と同機体を駆るパイロットだ。


「私の名はフラン。愛機の名は――六番機です!」


 少女は高らかに、誇らしげに宣言した。

 思わず口元が緩むコウ。


「フラン。六番機。まずはこのマーダーを蹴散らす。話はそれからだ」

「はい!」


 六番機は再び立ち上がり、小太刀を構える。

 歴戦の勇士を思わせる損壊具合。彼女は最初期のラニウスで戦い続けていたのだ。


「兵衛さん。どうやらあなたの言う通りだったようです。報告が楽しみだ」


 コウの予感が確信に変わった瞬間だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 

「……兄さん……」


 呟くフラン。声の主は兄では無い。だが――


「兄さんが助っ人を送ってくれたの? それともアシア?」


 偶然とは言い難い。縋るように呟く。それは彼女なりの祈りだったのかもしれない。


「ならば――こんなところで死ぬわけにはいかない。あのパイロットは凄腕。TAKABA本社のラニウスならばきっと……最新鋭に改装されている。邪魔にならないよう援護しなければ」


 フランは思考を切り替えた。減らすべきはアントワーカー型。今の自分では足手まといになる。


 肩の力が抜けた。最善を尽くすには何が必要か。――それは今までのように自分が突出することではない。

 彼らの援護をすることだと自ずと悟ったのだ。


「ちょっと待ちな。お嬢ちゃん!」


 画面超しに巨大な熊が現れた。


「修理だけはしないとな。少しだけ待ってくれ」

「え? ファミリア? あなたはどこにいるの?」

「ここだよ、ここ」


 突如地面が盛り上がり大型のシールド坑道掘削装甲車が姿を見せる。操縦しているパイロットはもちろんヴォイだ。

 背後にある装甲が解放され、シルエットが分離された。


「ちょっと待ってね。すぐ応急処置をするから」


 フユキと同じカレドニア・クロウに搭乗するフラック。

 こちらは工兵仕様ではなく、補給機仕様であった。


 六番機に補修するためのビームをあて破損部分を急速に埋めていく。


「はいこれ。予備の武器」


 カレドニアクロウが差し出したものは、五番機と同じ折り畳み式のAK2だ。


「そこまでしてもらうのは」

「あなたの防衛ドームが生きか死ぬかの瀬戸際なんだ。――あとで返してくれたらいい。前線で突っ込むタイプだよね?」


 この少年のほうがよほど戦場を俯瞰して観察しているようだ。フラックは彼女の戦い方をみて、野生の獣のようだと思ったのだった。

 自分の浅慮に歯噛みするフラン。


「わかった。ありがとう少年!」

「ぼくはフラック。またあとでね」


 ライフルを構え、射撃体勢に移る六番機。

 防衛隊が見ている前でケーレスは見る見る間に数を減らしていく。


「あのパイロット、何者なんだ!」


 一切ブースターを使わず、機体の運動性能だけでアントワーカー型を斬り裂いていく五番機。彼女の手本となるかのように動いているようだ。

 姿勢が彼女よりも相当低い。とくに足捌きが同じ機体とは思えぬ動きだった。


「俺達も援護射撃を! エニュオが障壁を破壊して内部に入るまでの時間は稼ぐぞ!」


 ネイトが防衛隊に檄を飛ばす。防衛隊にはエニュオの進行を遅らせるほどの火力はない。

 エニュオはすでに壁を取り付き、巨大な尾でシェルターを叩いている。ケーレス型なら内部に侵入できるほどの破砕孔はすでに空いていた。

 巨大マーダーであるエニュオを撃破することは不可能だが、Aカーバンクルを引き抜く作業ぐらいの時間は稼げると踏んでいる。

 都市部の大切な心臓部だけは守ることができるのだ。


「何をいっている。エニュオも倒す」

「なんだって!」


 コウがこともなげに言うコウに目を剥くネイト。

 当然とばかり、援軍のシルエットは戦闘を続けていた。

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