鋼のメサイア

 ネイトのもとへフランが駆け寄った。

 防衛隊以外のL451防衛ドーム住人に避難命令が出たのだった。


「ネイト。グライゼンからの要求があったらしいけど」

「ああ。抵抗を続ける俺たちに業を煮やしたらしくてな。全面降伏及びAカーバンクルの提供。ストーンズ施設への移住だな。もしくは殲滅。当然ながら拒否しておいた。総力戦が予想される」

「なにそのクソ条件。どっちにしても私たちに死ねってこと? いいわ。ストーンズのもとへいって有機肥料になるぐらいなら一矢報いて死んでみせる」

「ダメだ。お前はラニウスに乗って、避難民の警護だ」

「ッ!」


 フランは憎悪さえ感じられる視線でネイトを睨み付け、ぷいとどこかへ去ってしまった。

 ネイトは見送るしかできなかった。彼女がこの程度で彼の命令を聞くとは思えない。


 二人を見かけた防衛隊の隊員が声をかけた。


「どうして急にそんな要求を?」

「戦車鹵獲に成功した。抵抗が長い。――見せしめで皆殺しするにはちょうどよい規模。貧乏防衛ドームだからな。最後の理由が占めるだろう」

「俺達の死体はグライゼンの成果ってわけですかい」

「俺達を皆殺しにしても、近隣の防衛ドームが寝返るなら安いものさ。どうせ得るものもない」


 にやりと笑うネイト。


「明日には解放者メサイアとやらが来るらしいが。――間に合わんな。これも神の思し召しだ。最後まで抵抗してみせる」

「解放者?」

「エポナ教団とやらがそういっていたぞ。あてにはしていない」

「噂の…… 噂にすぎませんよ。集会や布教もないそうですし。主神といわれるアシアはあくまでAIですから。女神を気取るとは思えないのですが」


 エポナ教団は聞いたことがある者もいるようだ。アシアが女神と呼ばれることを否定することは広く伝わっている。


「ウーティス、か。どんな男だったんだろうな。死んでいるとも思えないが」

「英雄の神格化じゃないですかね。傭兵管理機構にも登録されていない人物だったようですし。実体のない幻のようなもんですよ。架空の人物だったかもしれませんね」

「虚像の一種か。ありうるな。俺達に必要なものは幻ではなく物資だ。ベアの一機でも送ってくれれば、喜んで拝んでやらあ」

「そうですね! 現世利益追求のほうが良いです! 目の前のグライゼンを倒すためにもね」


 ネイトは頷いた。まずはグライゼンの軍勢からL451防衛ドームを死守するのみ。

 そう思っていたところに、伝令から報告が入る。


「緊急報告! 多数のマーダーを確認! 最後尾にはエニュオまで確認されています!」

「なんだと!」


 破滅の女神エニュオ。防衛ドームのシェルターを質量で叩き壊す攻城兵器だ。

 

「殲滅とは、文字通りか。――避難を急がせろ! 防衛隊もだ! 二十歳以下のヤツは避難する住人の護衛に回せ!」

「了解です!」


 ネイトは隊員に声をかける。


「お前はAカーバンクルの確保に向かってくれ。エニュオ相手に勝てる防衛隊などいない。俺達が足止めしている」

「Aカーバンクル確保作業は進んでいます。隊長たちも一緒に」

「足止めは必要なんだ。早く! 頼んだぞ」

「……はい!」


 隊員が走り去る。


 ネイトは自らの愛機であるベアに乗り込んだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 

「防衛隊に告ぐ! エニュオ、マンティス型は相手にするな。一匹でもアント型を減らせ!」

「了解!」


 マンティス型を一機倒すのに必要な旧式シルエットは三機といわれている。

 技術解放後のシルエットならいざしらず、主力の多くがベアと追加装甲を装備したワーカーである防衛隊には無理な話だ。

 レールガンの直撃には数発さえ耐えきれるはずがない。


「マンティス型は私がる」


 フランが通信に割って入る。


「このままだとみんな死ぬ。まともな戦力はこのラニウスぐらいだよ、ネイト」

「俺達のなかで、もっともぼろぼろなシルエットがそのラニウスじぇねえか! さんざん無茶したんだ。こういうときぐらい退けよ! 避難民の護衛に回れ。これは命令だ」


 指揮官の身分であることを忘れて怒鳴るネイト。

 無茶な作戦ばかりしていたこの娘をこんなところで終わりにしたくないのだ。その怒声に聞き入っている防衛隊。怒鳴り声を初めて聞いた者も多かった。


「――ネイトがそれだけ怒鳴るって。本当に絶望的なのね」

「そうだ。わかったなら――」

「ごめん――」


 フランが泣きながら謝罪し、通信を切った。

 彼の思いは十分に伝わっている。それでも彼女には戦う理由があるのだ。


「解放者が来るかもしれないといったけど、来るわけがない。ここは貧困地帯。そんな物好きなんていたらそれこそ聖人君子だ。私は戦い抜く。この大陸からマーダーを駆逐してやる。シェーライト大陸の連中だってできたんだ。パイロクロア大陸だって出来るはず」

 

 彼女には曲げられない信念がある。マーダーに屈するなど論外だった。

 マーダーこそは彼女の兄ガルフリッドの仇。


「たとえアシアの加護がなくても、ね。お願い兄さん。私を護って。――いくよ、六番機!」


 彼女の兄ガルフリッドはこの愛機TSW-R1を六番機と呼んでいた。

 ガルフリッドは近接主体の戦術を好み、TAKABAから人工筋肉を採用したこの機体が発表されたとき、コンセプトに惚れ込んだ。

 発表されるやいなやバイヤーを通じこの機体の入手を依頼。完成したばかりのこの機体を愛機としたのだった。


 その後TAKABA本社が陥落。崩壊した工場から搬出されたこの機体をバイヤー経由で入手した。

 近接戦という戦闘の常道からは離れていたこの機体は人気がでなかったらしく、生産中止。後継機である汎用機ファルコに移行した。兄が非常に惜しんでいたことを彼女は覚えている。


「アント型を減らして、できればマンティス型を。私達にレールガンの砲弾を何発も耐えることが可能な機体はない」


 彼女は今、後方で待機中だ。

 大剣を担いだ万全ではないシルエット一機が駆け込んだところで的である。レールガンどころか、レーザー砲による累積ダメージすら致命傷になる。


 ネイトたちはじりじりと後退している。

 前線を下げることでわずかでも時間を稼ぎたいところだ。


 マーダーに撤退はない。遠目に見えるエニュオはスケール感を狂わせるものがある。

 

「あの化け物がシェルターを殴った時点で終わり、か」


 巨大な質量による単純な破壊。

 アント型主体の構成をみると殲滅が目的だろう。拿捕が目的ならスパイダー型が多めになるはずだ。

 

「六番機!」


 彼女の声に応えるかのように、駆け出すラニウス。

 大きく跳躍し、ネイトのベアを飛び越えた。


「フランー!」


 たまらず絶叫するネイト。

 ラニウスは前転の回避行動を取りつつ、再び跳躍する。


 その先には近接可能な戦車ともいうべき、ケーレスのマンティス型がいた。


 正面からは両手の鎌。遠距離はレールガン。側面はアントワーカー型が護りを固めている。

 ならば頭上しかない。


 マンティス型はレールガンで対空射撃を行う。連射を受け、装甲に孔が開く。

 それは承知の上。問題は装甲に孔が開くことよりも砲弾による衝撃だ。

 大きくバランスを崩しながらも、剣を振りかざすラニウス。

 

 しかし、その斬撃はマンティス型の右腕部である鎌で受け止められてしまう。空中で体勢を崩したシルエットなどマンティス型にとっては獲物に過ぎない。


「ちぃッ!」

 

 それでも諦めないフランは思いもがけぬ行動に出た。


 両手を離したのだ――


 へし折れる試製大剣。すかさず折れた大剣を拾い直すラニウス。


「これでウィスが通る!」


 再び強度を取り戻した試製大剣を用い、右腕部を切断。そのまま体当たりするように折れた大剣を頭部に突き刺した。

 無言で振り下ろされる左鎌。折れた大剣では胴中央のリアクターまでは届かない――


「マンティス型相手なんて無理だ!」

「私はどうなってもいいんだ! この虫けらどもを一匹でも倒す!」


 警備隊の僚機が悲鳴を上げる。無茶にも程がある。


「私達の声はアシアには届かない。届く資格なんてありもしない! ならば――最期まで足掻いてやる!」


 折れた剣の柄に、力を込める六番機。もがくように暴れるマンティス型だが、左腕部の大きく鎌を振り上げる。


「下がれフラン!」


 甲高い金属音が戦場に響いた。


「え?」


 そのシルエットに驚愕する。思わず、こぼれたその言葉。


「兄さん?」

 

 微かな声だったおかげで、通信には伝わらなかったようだ。

 シルエットから通信が入る。


「まったく無茶をする。――マンティス型相手に真正面から斬りかかるなんて。見てられないぞ」


 呆れたように、そのパイロットは彼女に告げた。

 彼女はその技量に驚いたのではない。


 突如現れたシルエットは、彼女の愛機と同機体。今はもう現存するかもあやしい同形状の頭部。

 彼女を救った鋼の解放者メサイア――最初期型のブレードアンテナを装備した頭部を持つラニウスが彼女を守るかのようにマンティス型の前に立ちはだかっていた。

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