我々にアシアはいない
シェーライト大陸で行われたメタルアイリスとユリシーズ連合軍がストーンズ方面隊であるアルゴフォースを打ち破り停戦が合意され、アシア大戦は一定の収まりを見せた。
しかし傭兵機構本部とウーティスにより新設された組織トライレームの衝突により、人類側勢力はさらなる混乱に陥った。
統制が取れたシェーライト大陸は大きな争乱も無かったが、傭兵機構本部が放棄したA001要塞エリアと軌道エレベーターがあるスフェーン大陸は今なお各勢力によって軌道エレベーターを巡り争乱が続いている。
もう一方で巨大な資源大陸であるパイロクロア大陸はストーンズにより高山地帯が制圧された。
一部の防衛ドームなどの居住コロニーの住人たちが防衛軍を作り抵抗を続けたことをきっかけに、パイロクロア大陸は様々な勢力が蜂起し、群雄割拠の状態となっている。
惑星アシアに低強度紛争がもたらされたのだ。
転移者よりもたらされた概念【国家】を組織しようとする動きが、混迷するスフェーン大陸とパイロクロア大陸を中心に生じたのだ。
国家の条件。それは人と領土。そして外交権たる条約執行能力。そして独立性を保つための軍事力によって成立するといわれる。二十一世紀にはさらに他国から【国家として】承認される段階を踏まねばならない。
傭兵管理機構が機能していない今、各居住コロニーは防衛力が求められた。
そのなかで複数の防衛ドームや要塞エリアを統括する自治体が現れた以上、国家樹立を目指す勢力が現れても不思議ではない。
「我々にはアシアはいない、か」
一人呟くネイト。
トライレームの中核組織であるメタルアイリスと謎の男ウーティスによってアシアは救い出された。
アシアははっきりとウーティスの傍にいると宣言。AIにもどの人間や勢力につくか決める権利があるとはいえ、トライレームの想像以上の衝撃を各地にもたらしたのだ。
「惑星管理超AIが姿を現したことなど、記録にほとんど残っていないぞ。我々にとって彼女は自然そのものだったが、救い出そうとするものもいなかった。万能たる超AIが自らストーンズを下す。もしくは宇宙の管理者オケアノスが対処するはずだとみんな信じていたはずだ。罰があたったんだな」
兵站のタスクを行うため一人業務を行っていたネイトが、気まぐれでネメシス星系の歴史を調べたのだ。
「ストーンズのアルゴフォース。アシアのトライレーム。中立の新生傭兵管理機構。わかりやすい図式だが、バランスが悪い。もっとも歴史あるはずの新生傭兵管理機構が弱小勢力とは……」
アンダーグラウンドフォースも位置づけが変わりつつある。
アルゴフォースとトライレーム、それぞれが傭兵を管理する機能をオケアノスによって認められたからだ。
「トライレームとのツテなんてない。TAKABAに送った発注書だって嘆願書みたいなもんだ。無視されるだろう。新生された傭兵管理機構からは連絡もない。そりゃそうだ。自分たちで手一杯だろうからな」
再建中の管理機構は実質、以前の機構とは別物だ。運営がアンダーグラウンドフォースに移管されたからだ。
本部機能は人員ごと消滅した。
尊厳戦争の結果であり、惑星が混乱するのも当然と言えた。
「しかし旧傭兵機構が消滅して判明したこともある。あんな組織でもないよりはましだったってことだ」
彼ら末端の防衛ドーム、僻地に点在する要塞エリア所属住人の多くがそう思ったであろう。
旧来ならオケアノスに代わり紛争地帯にアンダーグラウンドフォースを手配、派遣していた。
「防衛軍など最小限で良かった。傭兵を雇えば良かったからな。アシアを救い出さない代償として、惑星アシアは緩やかに蝕まれていった、というところか」
苦々しく三十年の歴史を確認する。現実逃避の一種だった。
遠くの大陸で防衛ドームが落ちたとの報。それは所詮他人事に過ぎなかった。号砲など聞いたこともない住人たちに実感など湧くはずもない。
「何を一人でぶつぶつ言っているの? そろそろ寝たらどう?」
ネイトの妻ズージだ。トレーにポットとカップを乗せて、テーブルの脇に置く。娘を寝かしつけ、様子を見にきたのだろう。
「こちらの防衛ドームの収支処理も終えたわ。2000万ミナってところね」
「はっ。それしかないか。まあ当然だな」
苦笑した。
「先の戦闘における死者は人間が二名。ファミリアが五名。負傷者は二十名。三名のコアは回収だけど、二人は無理だったみたい……」
「そうか…… くそ。もっと戦力があれば」
「それをフランの前でいったら承知しないからね。あの子、ただでさえ病みかけているのに」
「わかっているよ」
ズージにとってフランは妹分みたいな存在だ。戦場に出ることさえ大反対したが、彼女は聞き入れなかった。
「最低限の生活は保障されている。惑星アシアの良いところだ。しかし――何かをするには金がいる。ミナが足らん」
「本来この地域の産業は鉱業だった。業務をサポートすることで利益を得、その収入を基盤に防衛ドームを運営していたのに。その鉱山を抑えられたらね……」
「内需などたかがしれているからな」
「性能が低いシルエットだけは安い。中古の武器もね。――でも本当にそれだけ。時代遅れの武器を片手にレジスタンスなんて辛い時代になったよね」
彼らが生まれた数年後にストーンズの侵攻が発生した。
しかし鉱山地帯を全制圧されたなどは初めてだ。パイロクロア大陸はかつてない不況に陥った。
採掘業務そのものはオートメーション化されている。しかし鉱業のサポートで収益を得ていたパイロクロア大陸の要塞エリアや防衛ドームの居住コロニーにとっては致命的だった。困窮が加速し、マーダーが跋扈するにも関わらず傭兵機構は機能停止。各地で自治を求められた。
国家形成はこの流れである。
「どいつもこいつも在庫処分バーゲンセールだからな」
トライレーム、アルゴナウタイともに最新の技術を利用した兵器開発に勤しんでいる。
トライレーム所属企業は小型化を伴った性能向上を図っている。やはりアシアが味方するトライレームが技術的には上だ。
だがアルゴナウタイもリュビアから入手した奇妙な技術や、一部正体不明の技術を応用し別方面で進化している。
双方とも配備している兵器の機種転換が進めば、既存装備が大量に余ってくる。お互い最新鋭機になるならば、軍全体の向上を図らねばならない。
余剰兵器はパイロクロア大陸やスフェーン大陸など、低強度紛争地域に送られる。各軍とも、どうせ余った兵器なら思惑が働く組織に提供するのだ。
「ストーンズの兵器は余りすぎ。兵器からアルゴナウタイに寝返ったといってもいいぐらいよ」
「個人で傭兵をやるなら安くて高性能な機体が豊富な勢力を選ぶさ」
工業力が高い要塞エリアを多数抑えていたストーンズは、アルゴナウタイの兵器をマーダーからシルエットや既存兵器に転換を始めた。
その世代交代も早く次々と時代遅れになった兵器は、ストーンズに近い組織に大量配布されることになった。職にあぶれた荒くれ者たちはこぞってアルゴナウタイや彼らに近い組織に身を置いた。
「ストーンズになんか未来があると思っているのかしら。それにしても物量差は圧倒的ね」
「どれだけ作ったっていうんだろうな。こちらは中古のベアを揃えるのもやっとなのに、グライゼンの連中すらバイソンやアルマジロまで大量に保有してやがる」
転移者が構築した傑作機ベアは、旧式機どころかワーカー扱いされる。多少荒れ地でも使い勝手が良い車感覚だ。
アルゴナウタイはその後継機が標準機となっているのだから、ネイトの無力感も相当なものだ。
「せめてあの子のために、ラニウスA1か、改装する補給部品があればいいのに」
「いや、あれはダメだ」
「どうして?」
「俺達は金属水素生成炉を手に入れる手段も金もないからな」
「あ……」
ズージが悲痛な表情とともに、現実を認識した。
金属水素は20万ミナ。日本円で二十億円相当であろうか。貧乏防衛ドームではとてもではないが揃えることは不可能な代物だった。
「金属水素生成炉。あれが一つでもあれば子供たちにも少しは贅沢させてあげられるのにね」
金属水素生成炉。パイロクロア大陸の彼らにしてみれば、動く油田である。
シルエットに搭載しているという話さえ信じがたいことだった。
「いつかは手に入れたい。子供たちの未来を守るためにも、ここが踏ん張り所だ。ストーンズ参加が幸せとは思えないからな」
彼ら夫婦は多くの孤児たちの面倒をみていた。
最低限の生活環境しかないが、それでも大人は必要だ。幸い残ってくれた犬型のファミリアが教師役をしてくれている。
「そうね。諦めるわけにはいかないわ」
「悩んでも結論は同じだ。お前もそろそろ寝ろ」
「はい」
ズージは大人しく部屋から出た。
その背中を見送ったあと、ネイトは紅茶をカップに注ぐ。
口にした瞬間だった。
『L451防衛ドーム防衛責任者殿』
突如彼の端末に見慣れないメールが舞い込む。急いで確認した。
「なんだ…… これは。エポナ教団とはなんだ?」
聞き慣れぬ教団。宗教か何かだろうか。
内容を確認する。
『連絡が遅れて申し訳ありません。
我らはエポナ教団。全ての人々と創造意識体を愛するアシア様の忠実なるしもべ。
貴方の願い、福音をもって叶えられましょう。
あなたがたが正しき徒であることを認められたならば、我らもまたウーティスの名において支援することをお約束します。
エポナ教団に入信する必要はありません。また信じることを強要することもありません。
私のメールは極秘でお願いします。
福音とはすなわち旧型ラニウスの人工筋肉。TAKABA社の生産年限と供給年限は有効です。ご安心を。
きっと我が主によってもたらされるでしょう。 』
呆然とメールを見詰めるネイト。
「オケアノスのIDで管理されている以上、悪戯メールなんてあり得ないからな。なんだこれは。
まじまじとメールを読み返しては、メサイアの意味を確認し首を傾げるネイト。
「ウーティスとは尊厳戦争で死んだ、トライレーム創設者の名だな。……彼の意志を継いだ教団ということか?」
思考を巡るがメールだけでは結論が出せない。彼らのエンブレムも印章代わりに添えられている。紺色の背景に機械のケンタウロスと、その肩に止まっているモズが特徴的だ。背後に燦々と星が輝いている。これは北極星であろう。
「エポナ教団。なんだ、この胡散臭い組織は…… 生産年限? 供給年限って何だ? 何が違うんだ?」
あまりの胡散臭さに、絶句するネイトであった。
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暗躍する謎の組織『エポナ教団』登場。
補足として供給年限と生産年限は自動車業界用語です。生産年限は製造中止になっても部品を作り続けて供給する義務期間。供給年限は顧客に修理可能な期間を約束し補修部品を提供する期間で自動車メーカーによって違います。
区分がないメーカーもあります。生産年限がきたら自動車メーカーが在庫を抱えるわけですね。在庫が尽きたら旧車は修理困難になります。
ある程度発注がある限り、補修部品は続けろ。そのかわり新型車種は単価の安い海外な!という形式は悪循環をも生んでいると思います(個人の考えです)。海外は大量生産前提なので補修部品を作ることを渋るので、そういうところは日本の企業に回ってきます。
珍しく?社会問題も提起するネメシス戦域でした。
第42回日本SF大賞エントリーに掲載されました!: あらうさ(´Å`)様をはじめ推薦してくださった皆様のおかげです! 心より御礼申し上げます!
WEB小説発でエントリーは珍しいと思うので是非皆様も応援していただければと思います!
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