絶望の曠野

 砂漠地帯での戦闘は苛烈だ。

 三輌のエーバーⅠで構成された戦車部隊とともに随伴するシルエット。その多くはアルマジロ。中にはベアの後継機であるバイソンの機影も見える。アルゴナウタイから供与された兵器だ。


「あいつらをこれ以上進行させるんじゃない!」


 浅黒い大男はMCS内で叫び、指示をする。

 搭乗しているシルエットはベア。旧式の戦闘用シルエットだ。


「近付くな。距離を取れ!」


 背後にいるシルエットは多くがただの作業機に追加装甲を施したもの。技術解放後に構築されたアルマジロには到底及ばない。

 支援車両の多くが半装軌車ハーフトラツク。迫撃砲だ。戦車駆逐仕様などは所有していない。


「装甲が厚いんだよ、あいつら!」


 半泣きの少年が言い返す。

 少年が搭乗しているシルエットが装備している兵装も旧式の60ミリ機関砲だ。アシア大戦で主流になった90ミリ機関砲など彼らにとっては贅沢品。何より弾薬が高く、手が出ない。


「くそ。なんだよ。占領政策って!」

「知るか。今言えるのは防衛ドームを守らないといけないってことだけだ!」


 彼がいる場所はパイロクロア大陸。L451防衛ドームの住人だった。彼らは自らの住居を守るL451防衛ドームの防衛隊であった。

 侵攻中の敵は現在アルゴナウタイから兵器供与を受け、勢力を拡大している組織【グライゼン】である。


「ぎゃあ!」

「もうもたねえ!」


 ワーカーに搭乗した防衛隊が一人、また一人と撃破されていく。その多くは助からないだろう。ファミリアの乗った半装軌車も爆散した。

 アルマジロは肩撃ち式の滑腔砲を主武器としている。遠距離の射撃戦ではじり貧になるだけだ。


「ちくちくとせめて来やがって。――そろそろだな」

「ああ!」


戦車から前線を押し上げたその瞬間――

 砂塵が舞う。


「な、なんだ!」


 一機のシルエットが砂中から飛び出したのだ。

 僚機が倒れていく絶望の曠野こうやに、ただ一機のみの伏兵として。


 古びた、傷だらけの旧式シルエットだ。手には刃こぼれしている試製大剣を持っている。

 砲塔を力任せに切断し、大きく跳躍した。いなくなった場所に砲弾が通り過ぎる。


「戦車の正面装甲など抜けやしない。ならば――」


 声を押し殺すように呟くパイロット。女性の声だった。

 戦車砲塔のさらに後方。車体後部に着地し、試製大剣を大きく振り上げた。


「きたな!」


 防衛隊が歓声を上げた。

 同時に試製大剣がエーバーⅠのリアクターを破壊する。停止も確認せず、すぐさま飛び退いた。


「行ける。突撃だ!」


 一機のシルエットが戦車を無力化したことで、防衛隊も勢いづいた。

 

「あ、あれはみたことあるぞ。TAKABAの旧式機だ!」


 アルマジロのパイロットが叫ぶ。

 その機体は技術解放前に製造された旧式機。TSW-R1ラニウス。


「――ッ!」


 パイロットは無言。獣のような姿勢で身を屈みながら走り、もう一機のエーバーⅠの履帯を切断する。

 襲いかかるバイソンを振り向きざま腕を刎ね飛ばし、その脚部装甲に試製大剣を突き立てた。

 MCSごと貫かれたパイロット吐血し、即死する。


 獣のようにしなやかに跳躍したラニウスは、周囲のアルマジロが放つ砲弾を掻い潜り、一機ずつ襲いかかっていった。


「運動性能が高い機体だ。下がれ!」


 アルマジロは超重装甲、バイソンも重装甲機体。近距離では相性が悪いと判断した敵指揮官が号令をかける。


 その号令を合図に周囲の敵が退く。この機体に近接戦はまずいと判断したのだ。

 戦車の履帯を破壊したラニウスが車体からMCSを抜いて敵に放り投げた。敵部隊は慌ててMCSを回収し退却を開始した。




 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 防衛隊は鹵獲した兵器を防衛ドームに運ぶ。


「早く回収したMCSを開けろ! 負傷者の治療を最優先!」

「MCSが歪んで。早く開けないと」

「ブルーノ! うわぁブルーノが!」

「落ち着け。――早くその棺桶から出してやろうぜ」


 戦闘のあとの日常。阿鼻叫喚の状況は戦場よりも騒がしい。

 格納庫内に悲痛な声があちこちで上がる。


 耳を塞ぎたくなる現場は毎度のことだが、リーダー格の男は的確に指示する。

 ラニウスも格納庫に帰投した。殿を務めただけあって装甲は被弾し、無数の弾痕が確認できた。


「よくやってくれたフラン。俺達が戦車を鹵獲できたのは今回が初。防衛の力になるよ」


 浅黒い長身の男がラニウスから降りてきたパイロットに声をかけた。


「……おつかれネイト。鹵獲を狙えた一輌分かな、無理が利かないから処理するしかなかった」


 フランと呼ばれたパイロットはまだ年若い少女だった。燃えるような赤毛を短めにしている。


「そうだな。人工筋肉が手に入らない…… シェーライト大陸ではもう次世代の装甲筋肉を採用しているってのにな」

「アシアに愛されし、恵まれた連中に見捨てられた私たちの気持ちなんてわからないよ」


 少女がぽつりという。


「日々弾薬がいつ尽きるかもわからない。支援もない。周囲の防衛ドームは二言目は『国家樹立目指して同盟を』だし。ストーンズの【アルゴアーミー】やら【グライゼン】やら。孤軍奮闘も限界」


 辛辣な発言にネイトも苦笑を返すしかなかった。


「せめてトライレームと連絡が取れたら、な」

「期待しすぎ。私達はアシアに見捨てられたんだから」

「そう言うなって。今までずっと封印されていたんだ。彼女にだって事情はあるさ」

「……どうだか。それにトライレームなんて企業が主体でしょ? お金がない私達に支援なんてあるはずがない」」


 取り付く島のない少女にネイトは肩をすくめる。


「60ミリ砲弾はある。ワーカーもね。でも、これだけしか買えない。確かに食糧は供給されているよ? でも先立つものない私達に企業が味方するはずがない」

「そうだな。今あるわずかな収入でやりくりするしかない」

「金さえあれば兄さんは死なずに済んだ……。このラニウスだって装甲筋肉にしてさ」


 少女が下唇を噛みしめながら呟く。


「俺がラニウスに乗るといっているだろう」

「ダメ。あれは私が乗るんだ。兄さんと一緒に戦う」

「あれはお前の兄貴じゃない。いい加減、前線にはでるな。お前に何かあったらそれこそあいつに――死んだガルフリッドに合わす顔がない」

「……その話はもうしないといったはず」


 少女は無言で立ち去った。


「すまん」


ネイトはただ、背後から声をかけるしかできなかった。言葉も無くその背を見送る。


 仲の良い兄妹だった。ネイトの兄ガルフリッドは有名傭兵で、TAKABAから発売されたラニウスにいち早く眼を付けていた。

 しかし、ある日シルエットに乗る間もなく、【グライゼン】の奇襲によって亡くなった。


 妹のネイトはそれ以来、防衛隊に参加している。誰よりも前線で、誰よりも無謀な作戦を買って出ている。

 今日の奇襲も、かのフェアリー・ブルーがアシア大戦で行った戦術を応用したもの。リアクターを最小稼働。機体を地面に埋め、通り過ぎた敵部隊をすぐ傍から襲う。

 遠距離から近付くというリスクを取ることができないため、こんな危険な作戦になるのだ。


「それでもフランのおかげで物資は手に入った。戦車をばらすか。三輌のうち、二輌は部品取りだな」


 背後から壮年の作業服を着た男が現れ、作業に入ろうとする。


「そうだな。――ラニウスの装甲材もまだ手に入らないか?」

「すまねえ。あれだけは無理だ。俺もフランにこんな応急処置にまみれた装甲は使わせたくないんだが」


 修理機が行う応急処置。弾痕だらけの装甲を応急処置で埋めている。孔を補修用の金属で埋めたところでその場しのぎにもならない。

 TAKABA社製シルエットの装甲材は中古市場では少ない。現TAKABAの主力製品であるTSW-R1A1はトライレームの本拠地があシェーライト大陸から流れてこない。実質的なメタルアイリス正規軍機だからだ。


「いや。無理をいってすまない。この周辺の防衛ドームはどこもかつかつだ」

「おうとも。マーダーにアルゴアーミー。味方はほとんどない。端まで逃げたら御統があるが…… 生まれた防衛ドームを捨てる気にはならねえな」

「そうだな」


 嘆息混じりに応えるネイト。このL451防衛ドームで生まれ育った。今更余所へ行けと言われても困るのだ。

 トライレーム発足時に多くの創造意識体の住人が消えた。その多くはファミリア。そして僅かなネレイスとセリアンスロープが、トライレームに参加するために。

 残ってくれたファミリアは八百名ほど。セリアンスロープやネレイスは二百名ほどだった。そして住人による防衛隊に参加希望者など、さらに限られる。


「戦車砲弾の回収はワーカーに作業させろ。ファミリアのみんなは運搬を頼む」


 人間の保持できる砲弾限界は120ミリ前後といわれている。それ以上は二人作業が推奨だ。

 作業機なら一人で作業できる。装甲を外すなども、施設権限を持つ者がいないため自由に使えない。彼らにE級構築技士を雇う余裕はないのだ。


「ベア二機、ワーカー一機、大量の装甲車を喪って、鹵獲できたのは戦車一機か。フランの足を引っ張っているな」


 一人呟くネイトに、別の作業者が声をかける。


「我々にアシアはいない。ならば生まれ育った地を守るためやれることをやるしかない」

「そうだなアルマジロも鹵獲したかったが、そこまで甘くないか。今回は死傷者も少なかったが……」


 作業者もまた思案している。このままでは消耗戦を強いられることは確実であり、ネイトへの負担も大きい。

 ダメ元の提案を口にした。


「俺達もトライレーム系の組織か、せめて傭兵機構に声をかけるべきでは」

「やっているんだ。しかしスフェーン大陸の彼らは遠すぎるんだよ。輸送手段も金もないんだ。このままだとインフラを維持するための金も尽きる。――やはり一攫千金を狙うしかだめか」

「ネイトが荒れる。やめろ」


 作業員は青筋を立てて制止する。彼が口にしたこと。それは危険な賭けに出るということだ。


「すまん。気の迷いだ」

「お前が指揮官なんだ。しっかり頼むぜ」

「ああ」


 そういって男は離れていった。

 ネイトは苦虫をかみ潰したような顔をしながら、自室に戻っていく。


「金に弾に燃料。何もかもねえな…… くそ。地球の革命屋の台詞だったか。『現実的になり不可能なことを求めるのだ!』 だっけかな」


 人々を指揮する羽目になったとき調べた、地球時代の有名な革命軍リーダーの言葉を思い出したのだ。


「こうも言ったっけ。『十字架にはりつけになるよりも私は手に入るすべての武器で戦う』。俺の心境にはぴったりだ」


 彼とて望んで指揮官になったわけではない。

 ただ生まれ育った防衛ドームを守るため、あらゆる手段を用いて戦うのだ。


 それが親友の妹を死地に置くことだったとしても。


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