国家形成戦争時代の幕開け

補修品番

 コウたちトライレーム遠征隊が帰還したのち、激動の日々が続いていた。


 幻想兵器を解体し入手した光学兵器装置の数々。

 マットのリュビア永住。

 そしてもっとも大きな衝撃が農耕と畜産という生活形態と、その交易品たる家畜や農作物だった。


 競売は凄惨ともいうべき戦場と化した。壮絶な競りとなったのだ。

 牛はどの勢力も渇望した。

 豚は頭数も多かったが、とくに王城工業集団公司が買い占めた。中国で肉といえば豚を指す。

 また幻想兵器による農耕の指導風景や、惑星リュビアに魅せられた人々は少なくなく、移住希望者が殺到した。


「これなら畜産をやったほうが儲かりそうだが、アシアではできないな」


 コウが思わず苦笑した。


「そうにゃ。食肉処理など、心理的抵抗が大きいにゃ」

「現アシア人の競売参加者はまずいないからな」


 文化の差というものは転移者とアシア人はかけ離れているといっていい。

 アシアでは二種の万能細胞、植物性と動物性の万能細胞をもとに原料となる食物が生産される。植物の自然栽培はあるが、畜産は極めて希だ。

 ファミリアの素材でもあるため、心理的抵抗はコウも理解している。


「だからといってここまでリュビアへの移民になるなんて」

「植民にならなければいいけどな」


 植民地という言葉に良い感情を抱かないコウが危惧を吐露する。


「大丈夫にゃ。リュビアがいるし。トライレーム代表のマットがいるにゃ。幻想兵器を隷属させることなんて不可能にゃ」

「それもそうか。テラスも手強い。しかし、みんな危険を本当に承知しているのか。豊穣な新天地というわけでもないのに」

「不安はもっともです。ですがそれだけ、皆さんは地球に近い生活、望郷の念に駆られていたということではないでしょうか」

「そんなもんかな」


 地球に戻りたいとは欠片も思っていないコウは憮然とする。

 何か一人だけ流行に乗り遅れたような、そんな気がするのだ。


「ギャロップ社の新社長と鷹羽会長がお呼びです」

「兵衛さんが何故いるんだ!」


 珍しい組み合わせにコウも驚く。


「詳細は聞いていません」


 犬耳がへにゃと垂れて謝罪するアキ。


「いや大丈夫。行けばわかるさ」


 若干不安を覚えながらも、コウはギャロップ社に向かうことにした。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ギャロップ社に到着したコウ。


 社長椅子に座る青年が深々と頭を下げる。

 頭とともに大きな狐耳も垂れていた。


「ようこそおいで下さいました。コウ様」

「社長なんだからコウ様はやめろ」


 新社長。それは構築技士でもないセリアンスロープの青年パルムだった。


 ギャロップ社の新社長にはパルムが選ばれた。マットの希望で、人間や構築技士以外のものが企業代表をしてもいいのではないかという提案を行ったのだ。

 元々ギャロップ社はアシアとコウに譲ってもらったという思いも強い。構築技士にしばられずに、セリアンスロープの経営参加という提案を行った。


「そういう条件ですので!」


 勝ち誇ったように笑うパルム。

 反対はなかった。アシア以外は。


 セリアンスロープは創造意識体。純人間ではない。また身体能力や知性も優秀な部類のものが多く、妬みの対象になると心配したのだ。

 しかしそれはあくまで表向きの理由。真の理由は、権力の座についたセリアンスロープが全智を駆使し人間を導く指導者になりかねないという危惧だった。ファミリアには杞憂だが、人間に近く、むしろ差別されていた側であるセリアンスロープは違う。

 アシアはこの胸の内をコウとマットにのみ打ち明けた。


「仕方ないな……」


 熟考した上で白羽の矢が立った人物こそパルムだった。アシア救出にも参戦し、なにより誰よりもコウに心酔している。コウに仇為すようなことはありえないし、不利益をなることなどもってのほか。自決しかねない。そういう意味では信頼の置ける人物であった。

 パルム自身は抵抗したが途中で考えを改めたらしく、いくつかの条件のもと社長就任の打診を受け入れた。


 サポートはミュラーをはじめとするトライレームの構築技士がつくことになっている。


「まあ、いいじゃねえか。今回は俺の頼みもあってな」

「そうですよ。コウ君。ギャロップ社の社屋はずいぶん和風に変わりましたね」

「居心地いいよなあ」


 緑茶を飲んでいた兵衛がからからと笑う。対面にはフユキが座っていた。

 今やパルムは兵衛の弟子といっていい。二人は日本文化溢れるギャロップ社にちょくちょく訪れるようになっており、すっかり顔馴染みとなっている。


「兵衛さんの?」

「ああ。お前さんがリュビアにいっている間な。確かにシェーライト大陸は平和だった。俺達も施設移管に専念した。しかし俺達が平和な分、スフェーン大陸とパイロクロア大陸の紛争は悪化した」

「それは聞いています。しかしケリーに決して感情で動くなと。全員は救えない。だから助けを求めてきたやつから余力で助けてやれと」

「俺もケリーの言うことには賛成だ。そして今回。俺と――きっとお前さんも気になる発注があったんだ。パイロクロア大陸のL451防衛ドームからな」

「パイロクロア大陸から発注?」

「そうとも。旧式機の補修部品だ。最初期の、量産試作用の装甲筋肉と、ラニウスの装甲材。可能なら中古を希望で、できるだけ安く。足りない分はローン払いということでな」

「それはどういう? A1型やA1改修用部品ではダメなんですか? ベアに比べたら、そりゃ高価だけど、量産効果で価格も下がってきたはず」


 ここで初めてフユキが口を挟んだ。パルムは神妙に三人の話を傍で耳を傾けている。


「はい。量産効果によって価格は下がりました。――しかしそれはスフェーン大陸にいるトライレーム関係者でのみです。大陸間の経済格差はかなりのものになってきています」

「どういうことだ。フユキさん。オケアノスが管理する以上、経済格差はある程度制御できるのでは……」

「金がな。ないんだろうな」


 寂しげに兵衛が笑う。お金がある、ない。そんな話はできればしたくない。

 旧式機の修理品を取り寄せることができないほどの資金難を思う兵衛。


「オケアノスの格差調整はあくまで平時の話です。我々トライレームは技術が導入され生産し、装備や家屋を喪い、それ以上に復興していきました。莫大な資金が動きました。しかし他の大陸は違います。それぞれの要塞エリアや防衛ドームに引き籠もり、経済活動を縮小。もはやアンダーグラウンドフォースを雇う余力さえありません」

「そんな……」

「今まで顕在化されなかった惑星アシアの病根ですね。アシア大戦で表面化したのです」

「アシア大戦で?」

「転移者がきてからも、図式はマーダー対要塞エリア等の各居住コロニーの住人でした。ですがそれは間違いなのです。本来はストーンズ対アシアという図式でした。惑星アシアの住人がその事実を認めたくなかったのか、傭兵機構がうまく誘導していたのか、そこらは不明ですが……」

「ストーンズ対アシアということを…… この惑星住人が? 当事者なのに?」

「それだけ惑星管理超AIは自然と調和し、そこにいて当たり前の存在だったのでしょう。しかし違った。それだけのこと」

「はい。アシア様がここまで出現、一部の勢力に力を注入することは前代未聞。惑星アシアの歴史を紐解いても無いでしょう。しかしリュビア様と同様、同じなのです。攻撃目標が自分なのですから自衛しなければならない。しかし、我々創造意識体を含め認識し辛い事象でした。アシア様を知覚するということが少なかったからです」


 パルムが唇を噛みしめながら言う。彼ら創造意識体の失態はコウによって挽回できた。


「おめえらは搭乗制限があったから発言力を抑えられていたこともある。リックみたいに人間組織と距離を置く決断ができるヤツはそういねえさ」


 兵衛がパルムを慰める。セリアンスロープ、ネレイス、ファミリアが集まったところで傭兵機構からは軽んじられるだけだろう。


「挽回はいくらでもできますよパルム。今やあなたにはその力があるのです。――話を戻しましょう。解放されたアシアの意志が顕在化。自己を防衛するためにP336要塞エリアやシルエットベースを強化。そしてトライレームの創設。さらにはオケアノスによる支援。構築技士がスフェーン大陸に集中した今、他大陸との格差は相当広がったでしょう」

「格差か……」

「アシアが他大陸の人間勢力まで気にする余力が無いのです。まずはスフェーン大陸の地盤固めが優先することは当然で援助はそのあと。――そして他大陸のアンダーグラウンドフォースの多くが旧式機に搭乗し、物資がない状態を強いられています」

「そうなるか……」

「ケリーの旦那はそこまで見ていたってことだな。そんな貧乏な地域から量産試作のラニウス部品を寄越せという意味。ラニウスA1を運用するための金属水素を作る施設なんかあるはずがない。A1なんか買ったって運用そのものができねえ上、それ以前にとにかく金がねえんだ」


 兵衛はぐっと茶を飲み干し、コウに言う。


「この依頼があるってことはだ。五番機や一番機の同ロット、量産試作八機のうちの一機が、現役でまだ戦っているってことだ。修理もできない、廃墟の五番機みたいな状態でな。いや、装甲材の発注をみると、補修だらけの酷い有様だろう」


 TSW-R1はEMD――技術製造エンジニアリングマニュファクチャリング開発&ディべロップメントが終了したのち、量産試作プロプロダクション機として生産された最初期ロットだ。マーケティングテスト機ともいわれる一種の量産前段階の少数生産ロットだ。かつての五番機もこのロットにあたる。

 テスト機とは違い、あくまで量産型の最初期ロットにあたり、自動車やバイクなどでも厳重に管理されていた。


「五番機同ロットが…… 五番機以上に悲惨な状態で戦っていると」

「な。他人事と思えねえだろ?」

「はい」

「心当たりは一人いるんだが…… うちの会社製シルエットの熱心なファンでな。マーダーとの戦いで亡くなったと聞いた。おそらく六番機か七番機の乗り手だな」

「マーダーと……」


 当時のラニウスでも、マンティス型相手には性能が足りていなかった。

 激戦ならば当然だろうと思う。


「TSW-R1は50機程度しか生産されてねえ。人工筋肉だって、装甲筋肉みたいな上等なもんじゃねえ。ただでくれてやるつもりはないが、まあなんだ。今のパイロットはしらねえ。中古で手に入れたか、彼の意志を継いだか。けどよ、乗ってる奴次第では支援してやりてえなと」

「わかります。どうやって量産試作の品番とわかったんです?」

「補修用品番だな。部品の発注書だよ。量産型ラニウスではなく、設変前の旧品番だった。新しい防衛ドームに移ったときに、新品番に変更したからな。もちろん形状はほぼ変わってない。量産試作型にだって使えるぞ。懐かしい話だろ?」

「はは」


 コウは苦笑した。地球ではTAKABA社員。設計変更によっては加工の違いも出てくる。新品番用にマシニングセンタのプログラムを組み直し加工する。

 マイナーチェンジでも設計変更による品番変更は発生するが、その多くは新しい形式に合わせた共用品番か、1ミリ以下単位の加工箇所が変わる程度。僅かな変更に過ぎず旧型新型ともに同部品である場合も多い。


「幸いなことに発注書にギャロップ社にクワトロ・ワーカーの発注方法を尋ねる質問も入っていたのです。自分の防衛ドームに残ってくれたセリアンスロープたちのためにも、どうか売って貰えないかと。私達もそんな苦境の防衛ドームがあると知ることができました。同士にクアトロ・ワーカーぐらいは送ってやりたいと思うのです」


 兵衛とパルムの言葉に、コウも頷いた。


「多くのファミリア、セリアンスロープはトライレームに合流した。――しかし貴重な人手を取られた防衛ドームはたまったものではないだろうな。……逆に言えばそこまでその防衛ドームを愛した、想いの強いセリアンスロープだ。無理がない範囲で援助はしたい」

「ありがとうございます。さすがはコウ様です」


 社長を引き受けた条件の一つはコウ様呼びである。ウーティスが劇薬だったかも知れない。


「そこでお前さんに、実際見てきて貰いたいんだ。勉強って意味もあるかもしれんがな」

「ぼくもお供しますよ。兵衛さんからの依頼ですがね。そんなものがなくても、付いていきますよ。トライレームの投資先になり得るかどうかの判断も兼ねています」


 コウに迷いは無かった。


「行きます。行かせてください。――リュビアにまで行ったのに、肝心のアシアを見ていない。パイロクロア大陸に行きます。そしてラニウスのパイロットを見極める。そうでしょう? 兵衛さん」


 兵衛は嬉しそうに頷いた。


「では支援はギャロップ社のほうで手配いたします。アシア様やアストライア様にも相談して、準備を進めて行きますがよろしいでしょうか」

「ありがとう。よろしく頼む。パルム」

「お安いご用です!」


 パルムは微笑みながら優雅に一礼をする。

 一瞬不気味な陰がよぎった気がしたのは、コウの気のせいだろう。

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