閑話 ネコと宇宙

「起死回生の一撃だ。せめてこれぐらいせねば」


 ストーンズの艦隊が宇宙空間を漂っている。

 残った宇宙艦は五隻。惑星リュビアを離れ、様子を窺っていた。


「ヘルメス様には決して手を出すなと」

「ええい。あんな超AIのいうことを聞いていられるか! あとから現れたくせに!」


 ストーンズという組織もまた一枚岩ではない。

 ヘルメスの思想を良しとしない者は多数いた。彼は享楽を追求しすぎるきらいがある。


 ヘルメスは創造主とはいえ、彼らももと人間。平等を追求しカレイドリトスに魂を転写した。その創造主が競争を促す気質があるのだから抵抗する者もまたいる。

 

「アシアからの艦隊が惑星を離脱する瞬間だ。確かに宇宙空間の戦闘は禁止だ。しかし成層圏、成層圏なら? 可能だ!」

「ですが……!」

「ええい。もうレーションは食い飽きただろう。おめおめ母星【キリニ】に戻るわけにもいかん!」


 彼らは惑星リュビアの人工月に潜んでいた。レーションは豊富にあるが、半神半人の身では同じ味のレーションを摂り続けることは辛い。

 肉体とはかくも辛いものだなと今更ながらに思い出す指揮官だ。

 

「我々は幻想兵器とやらのせいで惑星リュビアを喪い、おめおめと惑星アシアからの使者まで見逃すはめになる。なんらかの形を残さないと無能のそしりは免れん」


 彼らは超AIリュビアを制圧し、解析に成功した。多くのマーダーを生み出し惑星アシアに送り込み、アベレーション・アームズやアベレーション・シルエット技術をリュビアに生み出させ、ストーンズ内に共有させた。

 しかし幻想兵器の猛威の前に為す術はなく、あっという間に崩壊。逃げ切った宇宙艦は十隻にも満たない数であった。 


「40万キロ離れたこの距離での砲撃なら一方的だ。大気による減衰もない。やるぞ」


 その時であった。レーダーを監視していたオペレーターが悲鳴を上げる。


「報告します! 急接近で飛来する物体あり! ――秒速2000キロ以上です!」

「なんだと! 亜光速ミサイルの一種か?!」

「映像、でます!」


 最初の映像は真っ暗だった。光点が二つあるだけ。

 次の映像が恐怖だった。


 巨大な瞳。怒りでつり上がった、猫眼。赤い首輪に金色の鈴をぶら下げた黒猫だった。

 見る者すべてが恐怖する、怒りの形相である。


「ネコ!」


 絶句するオペレーター。

 バステトはコウに見せたことがない野生の貌を浮かべている。さらに悪魔のように瞳孔を細くし目を吊り上げて突進していた。彼女は大切なものを守るのだ。


「黒猫が! 秒速2000キロ以上だと!」


 指揮官が恐慌に陥る。流星のように飛んでくるネコなど聞いたことがない。


「10秒経過。交戦距離100秒!」

「宇宙艦サイズの黒猫か! ええい。迎撃しろ!」

「無理です。あの猫はシルエットサイズなのです!」

「なんだと…… ありえない!」


 次の瞬間、艦隊が大きく揺れる。


「猫後方の巨大艦影から砲撃あり! 巨竜型幻想兵器であると思われます!」

「猫の次はドラゴンか! どうなっておる!」


 援護砲撃を行ったもの。それは巨大な翼を広げた龍形態のバハムート。

 彼は友人を狙う下賤なものなど、許しはしない。


 対空レーザーを放つものの、バステトにかすりもしない。


「猫、衝突します!」

「ふざけるな。猫の体当たりで終わりなん……」


 バステトが体当たりし、ストーンズの宇宙駆逐艦はへし折れた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「超AIリュビアの名代であるエキドナが命じる。すべての幻想兵器よ。ストーンズを滅せよ」


 エキドナの、冷酷な声音。

 怒りを押し殺しているようにも思える命令だった。


『言われるまでもない。我が友を狙うなど言語道断の所業! 行くぞアウラール!』

『当然よ。そして汝だけの友ではないのだ。――我々クリプトスはアーサーの援護をする!』


 バハムートからアーサーとアウラールが率いるクリプトスが出撃していく。

 WDMを展開し、宇宙艦の砲塔をいともたやすく切断した。


「愚かじゃの。ストーンズよ。このまま母星へと去ねば見逃してやったものを。今や超AIたるリュビア。そしてポリメティスとテュポーンがいるこの惑星が、たかが月程度の距離が把握できないとでも思ったか」


 セトから声無き咆哮が上がる。宇宙空間で音こそ轟くことはないが、彼らの怒りが手に取るようにわかり、にんまりと笑うエキドナ。

 楽には殺さないと決めているのだ。石ころは永遠に宇宙に彷徨えば良い。


「テラスたちもね。このときばかりはみんなと仲良く、ストーンズを壊滅させましょう」


 ビジョンのアリマが、エキドナの隣にいた。


『テュポーン様の許可により、ヤマタノオロチ。ストーンズ艦隊に攻撃を敢行する。かのものは我が伝承の地より来たるもの。伊吹山の八岐大蛇の名にかけて、琵琶湖のナマズ如きに後れを取るものか』


 八首を持つ巨大なテラス、ヤマタノオロチが宇宙空間を征く。


『ファヴニール、我が敵を滅す!』


 別の巨竜型テラスもまた、ストーンズ艦隊に襲いかかる。

 アンティーク・シルエットで対抗しようにも返り討ちにあうストーンズ軍。


「二枚舌のアルビオンの姿が見えませんね」

「ちとおいたが過ぎてな。お仕置き中だ」

「おいた?」

「トライレーム艦隊の宇宙強襲揚陸艦に紛れてトライレーム艦隊にくっついていこうとしたのじゃ。一部の幻想兵器をそそのかしてな。すぐばれるというに……」

「それは困ったものですね。どんなお仕置きですか?」


 エキドナは無言で映像を投影する。

 右足を玄武、左脚をリヴァイアサン。鎖に縛られ、海溝を曳航中だった。

 両手をばたつかしているが、玄武とリヴァイアサンのパワーには遠く及ばない。


「これはいい薬になるでしょう。幻想兵器たるもの。リュビアを守らねばなりません」

「その通りでございます。テュポーン様。クリプトスでもあやつは例外。やはりアルビオンの名が付くだけはあります」


 宇宙戦闘は一方的な鏖殺であった。

 恐慌に陥ったものは、アンティーク・シルエットに搭乗して逃げ出した。虚空では行く当てもないというのに。

 そのエンジェルたちをアーサーやアウラールが追いかけ、背後から斬り倒す。


 別方角に逃げたものはテラスが喰らい、飲み込んだ。

 小型のシルエットと巨大艦がもとの幻想兵器とでは推力が違う。逃れることができるはずもなかった。


「もう残り一隻ですか。ちょうどいい」


 アリマが呟く。

 逃げようとした宇宙駆逐艦は進行方向の空間がゆがみ、暗黒に侵食されていく。

 

「テュポーン様。その最後の攻撃は……かなり無理をされておる」

「あの攻撃は兄さんが力を貸してくれたのです。これが何を意味するか」


 唇の端を吊り上げ、笑うアリマ。


「ヘルメスはさぞや驚くでしょうね。――タルタロスから攻撃を受けるなど、想像も付かないはずです」


  宇宙駆逐艦が闇に飲まれ、宇宙は再び何事もなく、星々の煌めきを映し出していた。

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