帰路
トライレーム艦隊が惑星アシアへの帰路につく日がきた。
多くの交易品が積み込まれている。
「生きた牛、豚、ニワトリ…… 純白のリネン――亜麻布ですね。ハベトロット作の布ですか。これは縁起が良さそうです!」
ハベトロットがリネンを用いて織る布は聖なるものとされ、呪いを解く効果があるという。英国由来の伝承だった。
「我々も多くの物資を提供しましたが、予想以上の交易となったにゃ」
品目を確認しているアキとにゃん汰が食い入るようにリストをチェックしている。
『リネンは紀元前八千年前の古代エジプトから使われておりました。古代ギリシャでは純白のリネンは高級品として重用されています。近代まで鉄と並び普遍的な素材でした。かの救世主の遺骸を包んだ聖骸布もリネンと言われております』
アストライアがリネンについて説明を行う。コウはよくわからなかったが、日本だと麻のことらしい。
「天然の蜂蜜まであるんだぜ…… 信じられん」
ヴォイが今にもよだれを垂らしそうな勢いだ。
「惑星アシアでは肉も野菜も全て合成だ。合成肉は美味くて何の問題もないが、惑星リュビアは要塞エリアが機能を停止し、最低限の食糧供給さえ許されなかった。幻想兵器によって地球の畜産が推奨され、復活する。不思議だ」
『幻想兵器の神髄はそこかもしれません。喪われた知識。自然の智慧。多くは羊飼い、耕作、狩猟の神々がいて、神と自然が一緒でした。そして文明が喪われた惑星リュビアには必要なものだったのです』
「本来なら惑星アシアでは畜産や農耕さえも禁忌に近いものだったはず。それがこの星では許された。いや、推奨されたのです」
アキが呟く。それは一つの推論。
「惑星アシアの転移者を中心に、移民や開拓を望む者が多く現れる可能性がある。いや必ず出てくるだろうな」
「出るでしょうね。間違いなく。これらの交易品、トライレーム内だけでも莫大な価値となりましょう。本来ネメシス星系ではありえない天然物なのです」
コウが微妙な顔をする。
「でもあの牛、危険だろう。豚なんてほぼ猪だぞ、あれ。鶏なんて飛んでるし」
野生が過ぎる家畜たちだ。惑星リュビアで家畜化が始まって一年も経過していない。ほぼ野生種といっていいだろう。
「牛は危険なものにゃ。豚は家畜化された猪にゃ。コウのいた時代の鶏は家畜化が進みすぎただけで、原種は飛ぶことも可能な鳥にゃ」
「そうだったのか」
まさか畜産について考えることになるとは思いもしなかったコウだ。
「レルムで分解された幻想兵器由来の光学兵器部品も大量にありますね」
「A級構築技士で分けるとしても、幾らでも構築できそうだ」
「光学兵器は存在していましたが、実用化に耐えうるものは少なかったですから」
「威力のみならレールガンのほうが優位性はある。Dライフルは言わずもがなだ」
「小口径レーザーの威力は小口径機関砲程度。ただし、弾数無制限ときたら話は別です」
兵装開発担当のアキはその脅威を実感する。
「資材は限られる。なくなったらまたテラス狩りしないといけないからな」
「運用コスト以上に、初期投資が高くつきそうです」
「そういうこと。だからしばらくはA級構築技士の研究用だよ」
コウは呟いた。
自分が持ち帰るものが、惑星アシアのシルエット開発環境にどのような変化をもたらすか。
全てが手探りだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何度言ったらわかるのです黒瀬さん。連れていけませんからね」
「そこをなんとか……」
「俺からも頼む」
「ダメです。元いた場所……じゃなく惑星リュビアから連れ出せないのですよ。納得してください」
仁王立ちのエリに、黒瀬とハイノが拝み倒している。渋い顔の衣川。
イズモの艦外の四人を見守るハヤタロウ。
「私も連れて行きたいのだ。ハヤタロウを…… だが、彼はヒュレースコリアで生み出された存在。超AIリュビアの一部でもある。ハヤタロウ……」
泣き声で惜しむ衣川にエリがため息をつく。
「私だって犬派だから連れて行きたいのですよ! 我慢しているんです。ほら、ハヤタロウが一番わかっている!」
ハヤタロウは尻尾を振って三人を見守っていた。
「必ずまた会いに来るからな!」
「相棒! またな! ウォーン」
「く。ハイノの犬語が羨ましくなるとは……」
そのやりとりを眺めているコウたち。海岸沿いに停泊しているアストライアの付近。砂浜の上にいた。
エメ一同にアストライアのビジョンも傍にいる。
沖には見送りにきたバハムートの姿もあった。
「ありがとう。バステト。またな」
「にゃうん!」
大きな瞳を輝かせてバステトはそっと頭を垂れた。
その巨大な頭部を撫でるコウ。
「それでは達者でな。コウ」
『さらばだウーティス』
アーサーが近付いてきて、バステトにまたがる。中にいるのはなんとエキドナだった。エキドナは契約者にはなれず、着席しているだけだ。
バステトは大きく跳躍し、バハムートの上に降り立った。
「ありがとうアーサー。しかしそのメンバーで何をするつもりだ」
明らかに過剰戦力と思われる、そうそうたる顔ぶれ。
『リュビアに頼まれたことがあってな。急ぎ対応する』
リュビアの頼みなら難事だろう。納得したコウは大きく手を振った。
「そうか。またな。アーサー。エキドナ。そしてバハムート!」
バハムートに向かって手を振る一同。
バハムートも胸びれを大きく上げ、手を振り返す。
『では皆様。ポリメティス様とステロベスがお待ちです』
モーガンが姿を現す。
「わかった。すぐに行く」
振り返ると、いつの間にか龍形態に変形していたバハムートが天高く舞い上がっていく。
見上げるコウとエメ。
「ねえコウ。私、惑星リュビアにきて本当に良かったと思う」
「俺もだよ」
「コウがリュビアを助けたいと言ったとき、正直にいえば無謀だと思った。でも、これだけは言える。コウが正しかった」
「無謀だったな、我ながら」
コウが笑う。
あの時、何かしなければと思い込んでいた。遠い目標を見すぎていたかもしれない。
「それでもだよ」
コウはじっと見詰めるエメに返す言葉がない。
照れ隠しに、また上を向いてバハムートを見上げる。もう豆粒のようだった。
「行こうかエメ」
「うん!」
別れの挨拶をするため、一同はレルムへ向かった。
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