必ず君のもとへ

「コウたち大丈夫かな……」


 マットはレルムでコウたちの帰還を待ちわびていた。

 パイロットでもない彼が同行することは気が引けたからだ。まだ艦の指揮を執る方が向いている。


「案じるでない。任務達成したと連絡があったではないか。あのメンバーで失敗はないであろう」


 かつてリュビアだったセリアンスロープ体である、エキドナが請け負う。


「そうなんだけどさ」


 そう話している時だった。


「マット!」


 そう呼びかけられ振り返った。

 アシアと同じ衣装をした、見慣れぬ褐色肌の美少女がそこにいる。

 

「……リュビア!」


 雰囲気ですぐに悟ったマットが喜びの声を上げる。

 リュビアがマットの腕の中に飛び込んだ。


「ただいま! マット。これが本来の私だ」

「おかえり。リュビア。成功したようで何よりだ」


 二人は見つめ合い、そして気恥ずかしそうに微笑んだ。


「ほんに仲がよいのう。お主等は」


 茶化すように笑うエキドナ。


「安んじるが良いリュビア。子を為したいなら妾が依り代となって巫女役をやるぞ。これでもお主の一部じゃからな? 可能であろう」

「突然何をいう、エキドナ! 淫婦のようなことを!」


 突然自らの分身にそのようなことを言われ、顔を真っ赤にするリュビアだった。

 硬直するマット。一足飛びの話どころではない。


「バビロンの大淫婦と並ぶ娼婦の代名詞じゃぞ、妾は」


 エキドナは中世の世では、邪悪な娼婦として描かれていたのだ。

 冷やかしが終わったのか、二人から離れコウの元へ向かうエキドナ。自分がいては進むものも進まないと判断したからである。


「私が産みだした存在とは思えない…… すまないマット」

「いいんだ。リュビア。――ぼくは一度アシアに帰る」


 その言葉を聞いて、リュビアは俯いた。


「――そうか。……そうだろうな。当然だ」


 寂しげな微笑みを浮かべるリュビア。明らかに落胆している。


「マットとクアトロ・シルエットを作るための試行錯誤。楽しかった。地下工廠で寝食を共にし、一つの目標に向かって」

「何をいっているんだい。これからも一緒だよ」

「え?」

「会社の引き継ぎをして、次のトライレーム艦隊の遠征隊で惑星リュビアに戻ってくる。必ず君のもとへ。――少しだけ待っていてくれないか。リュビア」


 息を飲んだリュビアが、次の瞬間破顔した。


「マット!」


 思わぬマットの言葉。

 二人は手を取り合い、誓い合った。


「……そこは飛び込んで抱きしめるところじゃろう。焦れ焦れじゃなあ。こう、強引に押し倒して……」


 二人を遠目で眺め一人でぶつぶつ呟いているエキドナに、現れたアシアがぼそっと言った。


「あなたも少しだけリュビアでしょ。本体の背中を押しまくる分体もどうかと思うけどね?」

「それはいわない約束じゃ。アシア殿。それぐらいしないと仲が進まないではないか。あれ、妾の本体じゃぞ」

「まあね……」

「マットがこの地で生きることを決めた、か」


 友人の決断を少し寂しいと思うコウ。それでも喜ばしく、誇らしい。


「俺達はアシアに帰るよ。よくここまで付き合ってくれた」

「そうね。コウの帰りを待っているよ。コウの帰る場所はアシアなんだから!」

「そうだな」


 コウは力強く頷いた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『やはりフラックは帰るのか』

「ごめんね。アーサー」

『君がいたからこそ、私は活躍することができたのだ。礼をいうのはこちらだ』


 本来の姿に戻ったアーサーと会話するフラック。

 巨大な白銀の騎士の声は、心なしか優しい。


「アーサー様がいた――エキドナだった場所にリュビア様が格納されるようです。ビジョンのアーサー様も捨てがたいのですが、やはりこのお姿こそ我らの主に相応しいかと存じます」


 モーガンがコウに告げる。アナザーレベルシルエットはリュビアを護る、幻想兵器の代表でもある。


「しかしアーサーの城はこのレルム。リュビアの護りはどうなる?」

「火車とバステト、ケット・シーやハベトロットたちが移り住むようです。人間の多くもリュビア様の元に集うでしょう。幸いレルムと場所も近く、何かあればポリメティスへデータ移送も可能です」


 アシアと同様、データ移動は可能なようだ。ストーンズはそのために惑星管理超AIを同時に抑える必要があったのだ。

 今や海溝の底と工廠中枢を根城にしたリュビアを同時に制圧することは難しいであろう。


「それなら安心できる。鉄壁の護りだ」


 火車とケット・シー。エキドナの工廠で無双している閉所に強い幻想兵器。

 さらに七つものパンジャンドラムを自在に駆使する、花嫁の守護者ハベトロットがいる。これ以上ない戦力だ。


「クリプトスとテラスの仲裁は行いません。そこはご了承を」


 アーサーとフラックが別れを惜しんでいる間に、アリマがコウに告げる。

 コウは首を横に振った。


「マーダーの因子が込められたテラスの行動原理は、新たな惑星秩序の一つだ。人間とテラス。お互いの存在が双方の生存資源となった今、争いは避けられない。テラスによる人間保護は苛烈だからな」

「生きていればいい、だけですからね。ただ人間を絶滅させることはないと思いますし、人間側の組織化も進みました。均衡は取れつつあります」

「問題はストーンズの再侵攻だな」

「そこは望むところです」


 アリマが邪悪に笑った。このときばかりは本性を見せる。


「その時ばかりはリュビアかぼく、もしくは双方によって全力で反攻します。リュビアからの提案で、ぼくが断る理由は一切ありません。ご安心を」


 その表情から、苛烈な報復を匂わせるアリマ。


「リュビアもさすがに奴らに手心はないか」

「当然です。自己消滅寸前に追い込まれ、護るべき惑星住人が大量虐殺されたその恨みはぼくの破壊衝動に匹敵するほど。――その激情がテュポーンと連動し、動かしたのでしょうね」

「納得だ」


 リュビアとアリマが敵対する理由は一つもない。

 テュポーンという存在にとって敵はオリンポス十二神と味方する勢力のみ。人間には無関心だ。


「ありがとうアリマ。約束を――フラックが帰るまでの間、アリマでいてくれて」


 それはコウの願い。アリマとの約束であった。


「どういたしまして。しばらくはアリマでいますよ。幸いポリメティスやアーサーとも良好な関係を築けました。昔のぼくではあり得ないことです」

「では俺がまたこの惑星にくるとき、再会できるかな?」

「アリマに飽きてなければ、できますよ」


 アリマが無邪気に笑う。


「はは。それでいい」


 コウも同じく笑い返し、手を差し出す。アリマは一瞬固まったが、すぐに握り返した。


「ではぼくもフラックとお別れの挨拶をしてきます」

「わかった」


 少年がフラックの元に走り出す。

 コウは優しい眼差しで二人を見守った。

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