Welcome home! Me!

超深海帯ヘイダルゾーン――ハデスの領域といわれる海溝のなかでももっとも深い場所での作業よ。アイドロンたちも慎重ね」

「冥界の神か。オリンポス十二神ではないんだな」

「カウントされない場合が多いね。超AIとしてのハデスは――行方不明よ」

「行方不明?」

「ゼウスに破壊されたとも、落ち延びたともいわれているけどね。ヘルメスが落ち延びたのならハデスが隠れていても不思議じゃないかな」

「超AIとしてのハデスはどんな人柄だったのだろう」

「ギリシャ神話と同様よ。等しく平等で多くの英雄にチャンスも与える性格。愛妻家で謙遜する神性がモチーフ。ゼウスのような強引さはない。人々の死と再生を司る公平な超AIだった」

「そうか。ギリシャ神話でまともな大神の話では初耳だ」

「否定できないわ…… ゼウスもポセイドンもアレだからね……」


 真剣に悩むアシアにコウが思わず微笑む。


「それでもハデスが出てこないことを祈るな。死者を引き連れて冥府の神が蘇るなんて洒落にならない」

「そうだね。あとヘルメスと因縁がある関係だから敵にはなりにくいと思う」

「ヘルメス、地味に敵が多くないか……」


 バハムートから アナザーレベルシルエットであるリュビアと、その護衛のネレイスが駆るニクシー部隊が発進する。

 最深部の海中にも関わらず不安を一切覚えない自分たちに、彼女たちもまた自らを〔海の娘〕だと自覚した。


『頼んだぞみんな』


 その言葉に大型アイドロンたちは嬉しそうに応じ、慎重に積み重なった大型宇宙船を除去する作業に移る。


「手伝えることはないかな」

『海は彼らの領域。任せたほうが安全だろう』

「それもそうだな。ニクシー部隊、何かあったら頼むぞ」

「こちらブルー。了解」


 ニクシー部隊の隊長に何故か指名されたブルーが応答する。


 慎重に慎重にアイドロンたちがゆっくりと、古びた宇宙艦を取り除く。

 明らかに動力が生きているものもあった。


「人間なら発狂しそうな作業だ。地球での海洋関連の作業潜水士は、それほどの仕事だった」


 衣川がその作業を見入る。アイドロンたちの丁寧な仕事ぶりに感激しているのだ。


「作業潜水士ですか。海底ケーブルの設置など、深海作業する人たちですよね」

「そうだよ。年収は一千万。景気がよかったときはその倍はあった。半年潜水作業に専念し、長期休暇を取るようなライフスタイルになる」

「想像がつかない」

「過酷で危険だからこその高級と待遇だよ」

「だろうな……」


 リヴァイアサンが巨大なヒレで少しずつ宇宙艦を動かし、それを支えている別の宇宙艦を玄武が口に挟み引っこ抜く。

 ぼんやりと発光する部分が見え始めた。


「あれは……」

「アナザーレベルシルエットのリュビアに本体が反応しているのね」


 緊張を隠せない、パイロットであるフラック。


「いくよ。リュビア姉ちゃん」

『大丈夫だよフラック。行こう』

 

 ゆっくりとリュビアが光に向かって降りていく。やがて姿が見えなくなる。シルエットや宇宙艦の残骸がトンネルのようになっていた。

 眩しく発光する方向へ降下する。


「中はどうなっているんだろう」

『空洞だよ。中にあったものは、惑星リュビアを創造するために使ったからね』

「すごい……」


 途方もないスケールの話に、絶句するフラック。


「文字が浮かんだ…… Welcomehomeおかえり! Me!私!かな?」

『そうだ。地球英語だよ。ウーティスは同世代の人間なのに苦手らしいが』


 フラックの緊張を解すかのように、コウを引き合いに出すリュビア。


「日本語のほうが難しいよね」

『まったくだ』


 機体が扉に触れる。

 すっと溶けるようにアナザーレベル・シルエットは吸い込まれていった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コウたちが見守るなか、再びアナザーレベル・シルエットが浮かぶ上がる。


「フラック! 無事か!」

「……コウ兄ちゃん? ごめん、何故か気を喪っていて。怖くなかったよ。無事」

「そうか」

「私がいてフラックを危険な目に遭わせるはずがなかろう」


 後部座席から声がする。

 フラックは驚いて慌てて振り返った。


「リュビア姉ちゃん?」

「そうだとも。アシアと同じようなビジョンだが」


 後部座席にいる少女ははにかんだような笑みを浮かべた。

 アシアのような薄めの褐色肌。輝くような金髪に、切れ目の整った顔立ちの美少女だ。雰囲気はアシアとはまったく異なる。


「おかえりリュビア」

「ただいま。アシア」


 アナザーレベルシルエットの後部座席に向かってアシアはリュビアの帰還を祝う。


「おめでとう、でいいのかな。リュビア」


 コウが戸惑いながらも声をかける。


「それでいいんだよ、ウーティス。ありがとう」


 セリアンスロープの時と雰囲気は同じリュビア。ほっとするコウ。


「そしてみんなも。ありがとう」


 バハムート艦内が歓喜に沸く。トライレーム艦隊は最大目標を達成したのだ。


「でもリュビア姉ちゃん、吸い込まれて――」

「自分を分割したんだよ。あまり離れていては地表を管理することもできないからね。ここに私の表層意識の何割かを本体に残して、残りを地上に移すんだ。この機体を制御し、アーサーと交代できる程度をね」

「防御重視ね。でも今はそれが最適解かな」

「そうだ。どのみちクレイがない私自身、後がない。ならばここでリュビアという自我を死守したほうがいい。幸い、ここにはアイドロンたちがいる」


 アイドロンたちもアナザーレベルシルエット周辺に集まり、彼らの創造主たるリュビアの帰還を喜んだ。


「フラック。戻ろう。バハムートへ」

「うん!」


 バハムートが再びネレイスとリュビアを回収する。


「ん。あれは」


 バハムートからの映像が揺らぐ。

 リュビア本体が地中深く沈んでいったのだ。


「本体の私は地軸をずらす以外何もできないんだよ。必要なものは全て惑星に放出しているからね」

「それだけでも十分な気がするけれど」

「そういうわけにもいかないの。しばらくは幻想兵器に守ってもらう必要はある。私を護る、という意味ではテラスでさえ味方だからな。テラスにはマーダー因子があって行動原理に口は挟めないけれどね」

「それが新しい惑星リュビアの体系ならば許容するしかない。ストーンズに支配されるよりはね」

「そうだ。人間を有機肥料になど二度とさせない」


 その言葉にリュビアの強い決意が込められていた。


「そしてこういうこともできる」


 リュビアのビジョンがバハムート内にある戦闘指揮所のコウの目の前に現れた。


「……セリアンスロープのリュビアしか知らないからな。新鮮だ」


 コウは目の前のリュビアに話し掛ける。龍人型セリアンスロープ体しか知らないコウにとっては、このリュビアは初対面だ。


「そうだろう? だから言っただろ。美少女だと」

「否定はしない」


 コウとアシアが顔を見合わせて微笑む。


「帰ろうか。リュビア。マットが待っている」

「そうだな。相棒が待っている。早く会いたいな」


 バハムートはその声に応えるかのように、レルムがある方角へ向かっていった。


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