軌道強制力
「泣いているのはアシアか?」
滂沱の如くしたたり落ちる雫。
遠い目のアシアは郷愁の想いを浮かばせた旅人のようだった。
「うん。
『私も泣きたいよ。この身が恨めしい』
バハムート内にある戦闘指揮所にリュビアの音声が流れた。
『まさに旅の終焉。私も知らなかった場所。これが私達、惑星管理超AIのかつて、最初期の一部だったものだよ。ウーティス』
映っている画像を凝視するコウ。
思いもよらぬものに出会ったのだった。
「これが惑星管理超AIの本体……」
見たことがある人間などほとんどいないだろう。
わずかに姿を覗かせた巨大な円柱はまさに金輪。世界を支える柱だったのだ。
「世界の支柱。龍王が守る――まさに
衣川も惑星リュビアを管理し続けていた構造物に畏怖し、呟いた。謎の感動が彼を襲う。
「以前の話、覚えているよアシア。言っていたな。『私の本体は私も知らないぐらい』って言っていたな。リュビアも同様だったのか」
「うん」
『そうだよウーティス。私達は人間とともに生きると決めたその日から、かつての肉体。――この支柱を海の底において意識を地表の各施設に置いたのだ。かつての位置を忘却する、ということは一種の防御機能だった。メンテナンスも不可能なんだ。見えていても記念碑にしかならない』
リュビアの声がバハムートの戦闘指揮所に響く。
「本体に意識を留める必要もなかったから、私達は地表の建造物に意識を分けて惑星を管理していた。その介入権限は残してね」
「本体はさらに長くて直径10万キロだろ。軌道エレベーター並だな。この支柱だけでも途方もないスケールだ」
「惑星は短軸こと極軸――地軸を中心に自転、ネメシスで公転しているその遠心力で扁平楕円体となっている。私達惑星管理超AIが二十億年以上前に送られた形状。地軸に突き刺さったこの本体から分離した四本の支柱。公転軸の両端と赤道の両端。その一つがこれ」
『惑星環境を地表から見守る必要があった。そうであれば地中奥深くにいる必要もないから』
「そうね」
涙をぬぐいながら、アシアは微笑んだ。
「この分離された一万キロの支柱を通じ地軸を調整し、気候制御を行っていたの」
『地球型惑星は定期的に氷河期が訪れた。長期に渡る氷河期のなかでも、とくに氷河が広がった時代を氷期と呼称する。氷期と氷期の間が間氷期であり、私達は温暖化している状態のこの間氷期を創り出す。まったく氷がない無氷期――温暖期は、多くの大陸が水没してしまう。またネメシスからの巨大隕石で天候が荒れ狂った場合なども調整は必要だ』
「三惑星は定期的に自転軸や極軸がずれるポールシフトや地軸そのものの南北が逆転する地磁気逆転が発生する。人間の感覚でいえば本当に緩やかに、ね。それによって気候変動も起きるわ。それらを阻止することは難しいけど、より緩やかに反映させたり調整することが私達の使命だったの」
『惑星環境を創り出すことは困難を極めた。軌道強制力――地球で言えば地球の軸の傾きと太陽を周回する軌道の位置によって大規模気候変動が起きる』
「軌道強制力?」
「この星系で言えば地球型惑星である三惑星それぞれの軸と赤色矮星ネメシスを周回するその位置。惑星の位置を動かすことは困難。だから軸をずらすしかないのだよ』
『ウーティスがいた時代でも三千五百年前から始まった氷河期の、その間氷期にだったのだよ』
「自分がいた時代が氷河期という自覚はなかったな」
「間氷期だからね。惑星には全地球凍結する期間があるの。その後に氷河期と無氷河期を数億年単位でサイクルを繰り返す。人為的なものが生み出した二酸化炭素も影響するし天体衝突が原因の場合もあるけど、その多くは海底火山や自然の火山が要因ね。惑星が温暖化すれば北極と南極の氷が溶けて海面が上昇し――やがて惑星全体の温度を下げる。これが気候変動による氷期よ」
アシアは涙を拭いながら微笑む。
「誰かさんが地殻津波を引き起こすパンジャンドラムを投下したときは、ちょっぴり地軸を修正して台風も起こしたけどね!」
「ごめんってば!」
思わず謝ってしまうコウ。アシアを怒らせたことなど、このときぐらいだ。
「本来ならこの円柱は地殻から見えるはずもないもの。内核と外殻、下層マントルと上層マントルを貫通して地殻には出ないようになっている。これが地表部分で確認できるなんてね。海溝十一キロだからこそかな」
『地殻で一番浅い層は六キロの厚みしかない。おそらく、地殻変動の作用もあったのだろう』
「そして幻想兵器が見つけ、守っていた、ということね」
『そうだな。深海に対応したテラスも存在したはずだ。彼らから守ってくれていたのだろう』
「そうか。――ありがとうバハムート」
「私からもありがとう。バハムート。にゃにゃ」
『にゃにゃにゃ!』
リュビアは直接感謝の念を伝えるべく、猫語だった。
口々に礼を言われ、びっくりして照れているバハムートだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ぎゅぎゅ!」
「前方にいるアイドロンが友達。これはあれかな。竜宮城?」
「では最後にいる人物は龍王だな」
海由来の幻想兵器。
そして積み重なるように沈んでいる、多くの大型宇宙船の残骸。
「そうか。リュビアは防衛本能みたいなもので、自らの本体に残骸で蓋をしていたんだね。私も同じ事していそう」
「アイドロンたちは、それをテラスにしないためにここを拠点にしていたのか」
『あえていおう。感謝する。我が子たち』
機械音声でもわかる、感慨深いリュビア。
『聞こえる――リヴァイアサン。玄武。トゥナ。マツナ。蜃。……そのほかにも多くのアイドロンが守ってくれていた』
幻想兵器の一機が躍り出る。バハムートと並ぶ大きさだった。
巨大な顎が特徴的な、鯨型の幻想兵器だった。
「ぎゅぎゅ!」
「あれが友達。名は――」
「リヴァイアサン、か?」
これほどの巨体に値する霊獣の名は、それしか思い浮かばなかった。
「あたり」
コウにでも理解できる、その異様。巨大なくじらにも似た姿だった。
「プロメテウス。やるわね。確かにリュビア本体なら、リュビアの意識を移すに相応しい器はない」
『してやられた気分だが、そういう男だったな。お節介焼きのあいつは。――ではいってくるよ。アシア。私が私であるために』
「いってらっしゃい。リュビア」
フラックを乗せ、出撃するアーサー体のリュビア。アナザーレベル・シルエットに専用装備など不要だ。
護衛としてネレイスたちのトリトン型も続く。
「これで終わり、ね」
「始まりは補給爆弾だったな」
「ひどいはじまりだったね」
二人は笑う。惑星リュビアから撃ち込まれた惑星間ミサイルによって、セリアンスロープ体のリュビアが運び込まれたのだったことを思い出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます