スーパーキャビテーション
大量の小型バハムートが現れる。すべてビジョンだ。
それぞれ人数を分け、順に艦内を説明していく。通訳は猫型ファミリアかセリアンスロープがいる。どうしても詳細を伝えたい場合はバハムートが空中に文字を書いて伝えてくる。
コウとアシアたちは宇宙艦の中枢であろう場所に連れて行かれた。
「ここが戦闘指揮所か。座れって?」
しきりにバハムートが指し示す席。どうみても艦長席である。
「俺が座っていいのかな」
「コウ以外誰がいるのよ」
「そうか……」
コウが座ると、嬉しそうに飛び跳ねるバハムート。
その隣にアシアのエメが座る。
「バハムートありがとう。段取りが上手いな」
「見事なものね。さすがは守護龍。交流できないリュビアが少し可哀想ね」
「肉体を手に入れるまでだ」
バハムート本体の視界が映し出される。凄まじい速度で深海を潜航中だ。
にゃん汰たちも別のバハムートに案内され、この場にいる。戦闘指揮所に慣れないフラックが居心地悪そうだった。
「アストライアに聞いたが宇宙艦は深海の圧力に耐えられるらしいな」
本来圧力対策は深海ではなく、木星など超重力を持つガス惑星を想定していた機能らしい。
「ゆっくりした深海探索か。こういうのもいいな」
「バハムート、たまに音速を超えているよ?」
「水中だぞ?」
「水中で」
「どんな原理で、そんな速度が……」
コウが呆然とした。地表ですら音速を超えることに試行錯誤しているコウにとって、巨大艦であるバハムートが水中で超音速に達していることに驚きを禁じ得ない。
バハムートが画面を指差す。そこにバハムート艦隊としての詳細画面が映し出された。
「これは……スーパーキャビテーションを利用した噴流推進。流体力学だね。キャビテーションは圧力差により水に気泡が発生する現象。魚雷なり潜水艦なりの物体が高速の流体中を動くとき、背後に水蒸気の泡が生じることによって起きるの。物体が気泡に絶えず包まれると表面の大部分が濡れないまま保たれて、物体と周囲流体との摩擦を小さくしている。キャビテーションの効果によって物体の周囲にある液体は気化しているの。宇宙艦の推力が可能にするわ」
「宇宙艦という点が重要なのか」
「水中航行する物体がスーパーキャビテーションの恩恵を最大限に受ける場合にはプロペラが使えないの。魚雷には最適」
「水中を進む物体を気泡で覆う必要があるためだね。プロペラがあると、そこで途切れてしまう」
衣川が説明する。
「ロケット魚雷の如く、深海を猛進しているのか。場所はプロメテウスが示した海溝だけど、バハムートは何かしっているのかな?」
コウに話し掛けられたバハムートはアシアのエメと会話する。
「ギュギュ!」
「にゃあ?」
「ぎゅ!」
「にゃにゃ!」
あれで意思疎通が本当にできているのか、と思うコウだが口には出さなかった。
傍で聞いていたにゃん汰も驚いてバハムートをみている。何か驚愕することがあったらしい。
「俺も猫語を覚えたいな……」
「人間には無理にゃ……」
にゃん汰も辛そうに事実を告げる。
「しってた」
「でもバハムート、とんでもないことを教えてくれたよ。自分が知っている中でもっとも古い建造物のもとへ連れて行くって。自分が守っている場所でもあるっていってた」
「もっとも古い?」
「ひょっとしたら惑星開拓時代のものかもね。艦船でないとしたら、星間航行も可能な居住コロニーかな」
「そんなものまであったのか」
「あの時代は何もかも飛び抜けていたから。コロニーなら技術封印で動かない可能性も高い。人類の人口が減りすぎて必要が無いもの、でもあるしね」
「それでも動けばリュビアの器に」
「間違いなく!」
バハムートが深度を表示する。
「現在は深海三千メートルよりさらに深くか……」
「深海帯ね。巨大クラゲや甲殻類の類いはいそうね。深海六千五百メートルからは超深海帯。さらに下層となる八千五百メートルの領域が魚の住むことができる限界なの」
「水圧か」
「そう。この領域にまで下ると生物がタンパク質を作ることが困難になる。海溝の最深部一万メートルだと100Mpaの圧力だしね。今回の改装型トリトン型がなんとか動けるかな、ぐらい。MCSは大丈夫だけどね」
「元作業機兼脱出ポットだもんな」
「そういうこと。開拓時代や惑星間戦争時代や超重力惑星用のシルエットもあった。深海運用は資源採掘用だね。ほとんどはロボットが担当だよ」
人口が減少したことで、地下居住区や深海施設の需要は減ったのだろう。深海での作業が必要な資源にのみ、活用されたようだ。
「古代の建造物か。どんな船だろうか」
一直線に目標へ向かうバハムート。深海一万メートルを目指していた。
深海八千メートルの地点でレーダーに表示される。
「これは……なんだ?」
コウも唖然とする異質さ。
「確認できない大きさだね。バハムートの処理能力をもってしても形状が計測エラーが表示されている」
アシアは沈んだ顔をしている。
「にゃにゃ?」
「ぎゅぎゅ!」
隣にいるバハムートと会話しているアシアが、コウに通訳を行った。
「とても大切な場所だから、今は友人たちに頼んでみてもらっているって」
「友人たち、か。複数人いるんだな」
優しいバハムートが海中で孤独でないことに安堵する。
「迎えにきたみたいね」
「あれか……」
巨大な円盤状の物体が近付いてくる。
機械でできているが、形状はウミガメの甲羅であった。
「コウ君。まさかあれはガ……」
「カメですね。巨大亀です」
絶句する衣川に機先を制すコウ。
「あの友達の名前を教えてくれるか。バハムート」
「ぎゅぎゅ!」
「玄武だにゃ」
にゃん汰も納得の霊獣である。
「納得だ。しかしバハムートに玄武、そしてまだアイドロンがいるならよほど大切な場所なんだな」
「そうね…… きっとこの星の金輪。世界の柱よ」
「アシア?」
アシアは思うところがあるのか、言葉少なだった。
「たぶん、そうかなって。バハムート。よろしくね」
「ぎゅぎゅ!」
目的地に向かって推進するバハムート。
中心部に辿り着く。
「半径300キロ以上の、円柱だと…… 直径は計測不明」
「そうだね。直径は私とリュビアにはわかるよ。惑星楕円体。地球型惑星は自転しているから、形状は扁平楕円体になるの。その短軸――に刺さっている建造物ね。直径約十万キロ以上の円錐型惑星管理物から放たれた、惑星を操作する四本の支柱。その一つ。この支柱だけでもおよそ一万キロはあるの」
「え?」
すらすらと解説するアシアを凝視するコウ。バハムートがアシアのエメを見ながらおろおろと狼狽している。
アシアのエメが涙をとめどもなく流していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます