再会の約束
「ところでプロメテウス。相談だ。WDMの再現は難しいと思うが、現行シルエットで似たようなことはできないかな? 可能な範囲を教えてもらえないか。もしくはヒントを」
コウは話題を変えた。せっかくのプロメテウスとの会話だ。WDMに近い現象を再現する武器が欲しいと願ったのだ。
「喜んで。ではアストライア。手伝ってくれるかい?」
「承知いたしました」
「WDMは現行シルエットでは不可能。五番機など装甲筋肉採用ならなおさらね。でも似たようなことは可能か検証する。まず個体とは何かから始めようか。温度が下がって粒子の運動エネルギーが小さくなって粒子間に働く結合力で粒子が規則正しく密に並んだ状態。冷えると固まるというヤツだね。絶対温度であるケルビンと摂氏をよく使うね」
「ああ。金属加工できる範囲でもコールドというぐらいだからな」
五行重工業のコールドブレードも同様での命名規則、冷間加工のことだ。一般的にはケルビンではなくセルシウス度でやりとりしていた。水の融点が0℃、沸点が100℃と身近な単位だ。
「そしてプラズマは固体化する現象は数々ある。ダクトプラズマの結晶は-272.15 ℃にて確認される。ウィグナー結晶やクーロン結晶と呼ばれるものだ。コウのいた時代でも、ダクトプラズマのクーロン結晶を用い機械構造を持たない宇宙船の理論を構築途中だった」
「真空でのみ結晶化できるから宇宙船に応用できるということか」
「そうだね。プラズマで部品を作るとはSF感があるだろ? クーロン結晶は重力の影響を非常に受けるからね。宇宙船限定だ。そして武器として使いたいコウにとって必要なのはこちらではない。プラズマを凝縮して固体化する技術。そうだろ?」
「高圧物理学か!」
「そう。金属水素の原理。たとえば酸素。酸素は6GPaで固体になり、100Gpaで金属になる、これは結晶構造が変化し、分子の電子状態が変わるからだ。酸素が固体になると色彩が鮮やかになるんだよ? このような現象を分子解離というんだ。これもウィグナーという学者が予想して提唱した原理で、それは実証された。この理論の応用ならアストライアやアルゲースたちの力になる」
「地球にない理論は俺達では使えない、だったな」
「ウィグナーはどんな絶縁体でも圧力次第で金属になると予言した。それこそ金属水素は代表例だ。そしてWDMそのものを創り出すことができなくても、色々な応用法はある。そこで高周波と高出力レーザーを用いた――」
プロメテウスによる講義が始まった。それはアストライアはじめ、アベルやモーガンも耳を傾ける内容だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「現行技術でも、ここまで可能なのか」
「さすがはシルエットの基礎を作った超AIですね」
コウが感嘆する。
AIたちはそれとは別に高速で通信を行い、情報の交換や技術の最適化を図っている。
「五番機自体の恩恵は少ないかな。ごめんね」
「十分だ。味方が強くなれば、五番機もより戦える」
プロメテウスが提示した、新たな兵装の数々。
確かに五番機には恩恵が少ないかもしれないが、プロメテウスは現行技術を褒め讃えた。光学兵器や電子励起爆薬を使わない縛りでここまでの火力を実現したことは、彼にとっても驚嘆に値する出来事だったらしい。
あとでアキとにゃん汰に伝えようと決意するコウだった。
「我らの工作技術もアップデート。いや、より現行の解放技術最適化されたというべきか。コウの力になるだろう」
「そうだなアルゲース。これでさらに良きものが作成可能になることだろう」
アルゲースとステロベスがいまだにリアルタイムで情報を処理している。
惑星開拓時代、惑星間戦争時代の技術と現行の解放技術で応用可能な技術の最適化を図り、より複雑な作業が可能になるように調整している。
「――そろそろ時間だな。楽しかったよコウ! みんなもね!」
WDMから始まり、現在のコウが所有している技術の限界値や、また応用可能な話をプロメテウスは積極的に行った。アリマとポリメティスもその演算をサポートしている。
またプロメテウスとコウと話している間に、高速通信でAIたちは情報を共有し、高めていた。
アストライアとエイレネは深々と頭を下げた。ホーラ級AIもまた思いもがけぬバージョンアップを果たしたと言えよう。
「もう時間か。早いな」
「仮釈放中の身だからね。アリマみたいに半身だけ封印なら良かったんだけど。ポリメティスの演算能力とタルタロス封印組であるアリマが、ぼくが出現しやすいような場を作ってくれたから」
「なかなか厄介な封印でした。よほどヘルメスを怒らせたんですね」
「さんざん煽ったからなあ」
「見たかったなあ。ぼくが生まれる前の出来事ですし」
やりすぎたと思っているのか、プロメテウスも身に覚えはあるようだ。
「コウ。アシアのエメ。みんな。またね」
「また会おう。プロメテウス。必ず」
再会の約束。とても大事な約束だ。
プロメテウスも同様。約束とはとても大切な思いの言葉。
「嬉しいね! ああ、必ずまた会おう!」
そういってプロメテウスはにこやかに笑い、ふらりと出かけるように消えてしまった。
コウはしばらく、プロメテウスのいた場所を眺めて佇んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
五番機がバステトの背に乗って、海岸にいる。コウの背後にはアシアのエメ。
「そろそろかな」
「幻想兵器に搭載されるとは、こんな体験はめったにないだろうね」
衣川が興奮している。
背後にはハヤタロウに乗ったアラマサとバックパックと化したアコルス。彼らもすっかりトリオだ。
アラマサのMCSには後部座席に衣川があった。こんな機会はないと強引に乗り込んでいた。
他にもアーサーに入ったリュビアと、フラック。アキとにゃん汰のエポナがいた。
「このメンバーに何かあったらネメシス星系壊滅ね」
そうアシアが笑うほど豪華メンバーである。
「私達がいます」
ネレイスが応える。彼女たちは深海対応されたトリトン型クアトロ・シルエットである〔ニクシー〕をレルムで製造したものだ。深海対応型に改装されている。
各ラニウスもガス惑星探査用装備を改装したものを装備している。深海一万メートルにも対応しているが、機動力は皆無だ。
「おそらく今回の旅路、最後の航海、冒険かな」
アシアがコウを見上げ、にっこり笑う。
とても楽しそうだ。おそらくエメもまったく同じ想いなのだろう。
「冒険はいいな」
「最高。惑星作った本人達が未知なる領域だらけになるなんてね!」
「しかし危険も伴う」
『大丈夫だ。海の守護神がいるからな』
巨大ななまずが顔を出し、首をきょろきょろさせた。
トライレームを見つけると嬉しそうに近付いてきたのだった。
砂浜を這いずるように上陸するバハムート。
「なまずって地面にいけるんだっけ」
『陸上移動を行う種も多いぞ。肺があるからな。クララ――ウォーキングキャットフィッシュは有名だ』
コウの疑問に生態系スペシャリストのリュビアが回答する。
「クララが立って歩くのか。いや、なんでもない。ビワコオオナマズも産卵期は陸に上がるはずだ」
衣川の脳裏に何がよぎったのか、誰もわからなかった。
「ハッチが開いたな…… なまずに乗るのか」
「大丈夫だよ」
アシアが笑いながらコウに語りかける。なまずに乗って深海体験など、そうないのだ。
「よろしくな。バハムート」
「にゃ!」
コウとバステトがバハムートに語りかけ、ハッチから乗船する。
他のシルエットも続いた。格納庫は見慣れた規格をした構造だった。
「うん。普通の宇宙艦だ」
「そうね。普通以上に普通……」
とことこと格納庫に近付いてくる人影があった。
それは人間サイズになったバハムートのビジョンだった。
バハムートはシルエットを見上げ、ちょこんと頭を下げた。二股の尾びれを脚のように使って歩いている。
「格納庫に降りよっか」
「ああ」
アシアの提案にコウは承諾し、おそるおそるコックピットから外にでる。
ひょこひょこと近付いてきたバハムートに対し、コウは片手を差し出した。バハムートはびっくりしたかのようにコウを見上げ、嬉しそうに両手ならぬ両エラで握りしめた。コウも両手で握り返す。
続いてアシアも両手で握手する。
「ギュ! ギュウ!」
嬉しそうに鳴くバハムート。
「にゃあ」
猫語で会話するアシア。
「とってもとっても歓迎します! だって」
「よろしくな。バハムート」
バハムートは頭を下げて返事をした。腰が低い龍神だなと思うコウ。
トライレームのパイロットたちも降りてバハムートと挨拶する。にゃん汰は猫語で会話中だ。
「なまずって鳴くんだな。初めてしった」
コウが気になったことを呟く。
『声帯はないから胸びれをこすり合わせて鳴くんだ』
「生物は奧が深い……」
そんな彼らを満足げに見守る猫型アイドロンのバステト。
「良い奴だなバハムート」
『シルエットの身である自分が恨めしい』
バハムートと交流する人々が羨ましいリュビアだった。
「リュビア姉ちゃん。もう少しだから我慢しなよ」
フラックがリュビアを慰める。
『良い少年だな君は。アーサーが契約者に選ぶのもわかるよ』
少し気恥ずかしそうにフラックは鼻をこすった。
「宇宙艦としての機能は完璧ね。ずっと手入れをしていたのかしら」
「いつか人を乗せたくて?」
「そうにゃ。ずっと誰かが、多くの人間が乗ることを待っていたのにゃ。大願成就らしいにゃ」
「これからはもっと乗せることになるさ」
コウは確信している。今はトライレームの人員だが、これからバハムートには惑星リュビアの人間も多くが搭乗することだろうと。
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