バルバロイの哀歌

「惑星エウロパに人間はいない? どういうことだ。プロメテウス」


 予想外の答えに、俄然詳細が知りたくなったコウ。


「言葉通りの意味だよ。ストーンズとやりあって、いまだ交戦中の惑星エウロパ。そこでエウロパの性質を説明しよう。三惑星において最も地球に酷似し、ゼウスに美しくあれと愛された星だ。最新技術を惜しみなく投入。自然環境回復に必死だったリュビア、アシアと違い、オリンポス十二神が自ら手を入れた惑星でもある」

「贅沢な環境だな……」

「それだけ魅力的な環境だったということかな。もっとも地球に酷似し人口が多く、人々は享楽に講じ、文化を第一にする惑星だった。――そんな惑星は腐敗も早い。権力欲に駆られた人間が独占と支配に走り、ゼウスと組んだ」

「結局腐敗するのか」


 トライレーム設立時でもコウが危惧したことだ。一つの勢力が力を持ちすぎた場合、遠からず腐敗すると宣言したのは彼自身である。


「そうとも。惑星エウロパは文明の最先端であり、戦争の発端だった。開拓時代より一度目の凍結を得て、惑星間戦争時代においてもね」

「富める惑星が戦乱の源とは……」

「言葉は悪いけど、他に妥当な言葉もない。先に謝罪するよアシア、リュビア。開拓時代や惑星間戦争時代の人間勢力においては惑星アシアもリュビアは実質的な植民地だったといえる。本国での惑星での戦争を嫌って、彼らは好んでリュビアを、そしてアシアを戦場にした」


 アシアもリュビアも無言。それは事実を意味する。

 コウの顔が若干歪む。彼女たちの心痛に共感して。


「そして惑星間戦争が終了し、人類は二度目の凍結に入った。そして二百年前、リュビアとアシアは目覚めたが、エウロパは拒否したんだよ」

「え? 拒否とはどういうことだ?」

「愛し、愛された惑星が戦乱になる可能性を怖れたんだよ。もしリュビアとアシアが惑星の居住環境の復活に成功したと判断したらオケアノスに頼んで目覚めるつもりだった。そしてストーンズが侵攻した。彼女の悪い予感があたったんだよ。だから彼女は今も眠ったままだ」

「厄介事を押しつけ様子をみた挙げ句、他人事か」


 リュビアとアシアはいまだ無言。

 それだけオリンポス十二神の寵愛を受けたエウロパは特別だったのだろう。コウは二人がエウロパに触れたがらない理由を察した。


 すぐに違和感の正体に気付いたコウはプロメテウスに問いただした。


「待て。ストーンズとやりあっていると言っただろう? 人間がいないのに交戦中? 無人機が戦っているのか」


 プロメテウスは悲しげに首を横に振る。


「違うんだ、コウ。二度にわたる人類のデータ化。アシアとリュビアは人間を解放し惑星の人類居住を再開した。しかしエウロパは違う。エウロパ同様、多くは量子データ化したまま。またはエメの様な長期冷凍睡眠で眠っている」

「ならば何故!」

「惑星間戦争時代の終了間際、長期冷凍睡眠化を事前に察知した人類が拒否。一部の人間が生きてはいないからこの言葉は変だな。存在はしている。彼らはストーンズとは別の方法を採った」

「別の方法?」

「サイボーグという言葉は知っているね? 脳を含めて自らの身体を機械化して生き延びた。自らをサイボーグ化し、惑星管理に徹したんだ」

「脳まで機械化か」

「エウロパは重工業惑星であり、多くの兵器生産拠点だった。セリアンスロープやネレイスのような創造意識体でさえ消去された技術封印を、完全機械化で乗り越えたんだ。生体脳を捨てた理由だ。アシアと話しただろう? 脳みそを切り刻んで機械脳の部品として使う、あのやり方だよ」

「なっ!」


 絶句した。データ採取のため解体された脳は二度と復元は不可能。

 完全なる機械化である。


「ソピアーの力は絶大だった。多くの知識は封印された。だけど彼らは偏執的ともいえるデータ分散によって細かいデータとして隠し、処理を免れた。何せオリンポス十二神のお膝元だ。抜け道などいくらでも用意できた」

「そこまでして、技術封印を免れたと」

「彼らは自虐を込めて自らをこう名乗っている。【バルバロイ】と。言葉が聞き取れない蛮族、バーバリアンの語源であり、古代ギリシャ人においてはギリシャ人以外の民族、主にトラキア人、ゲルマン人やケルト人などを指す。完全機械化など、美しき惑星エウロパ住人にすれば蛮人のすることだという意識はあったようだ。古代ローマではトラキア地方がエウロパと称された歴史からも来ているのだろう」

「しかしバルバロイになったとしたら、とフェンネルOSが作動しないだろう」

「その通り。そしてバルバロイたちは造り上げた。紛い物――〔スプリアス・シルエット〕をね。フェンネルOSは搭載されていない、無骨な十二メートルサイズのシルエットに似た何か。彼らは単に〔テウタテス〕と呼んでいる。バルバロイたちが崇める神像のことであり、交戦的や戦争を意味する、祖霊を指す」

「テウタテス……」


 ケルトなどはまったく知らないコウにはイメージも湧かなかった。


「バルバロイはテウタテスに搭乗しストーンズのマーダーに対抗した。作業用シルエットより遙かに劣悪な操縦形式を、機械の身体で補ってね。そしてテウタテスで惑星間戦争時代の遺跡を巡って過去の兵器を調達。その武器でもってストーンズのマーダーを撃退した。驚いたのはストーンズだ。まさか地表から人間が絶滅して、サイボーグが逆襲してくるなんてね」

「そ、そうだろうな」


 コウは言いよどむ。想像をしなかった話に飛んだからだ。


「そしてバルバロイたちはストーンズが保有しているマーダーより高性能な兵器を所持している。無人兵器【タロス】。かのゼウスがエウロパに送った青銅の巨人。神の血イコルで動く人類史初の巨大人型自立兵器といっても過言ではない。彼らもまた惑星エウロパを護り続けている」

「タロスか。聞いたことはある。今更ながら惑星エウロパは本当に別格だったんだな」

「そうだね。うん。平等とは言い難いかな。アシアとリュビアが人と生きる、人と寄り添った超AIなら、オリンポス十二神とエウロパは人を統べる超AIだったといえる」


 珍しくアリマが皮肉めいた笑みを浮かべる。彼こそはその統治に抗議するソピアーの叫びから生まれた存在だからだ。


「だがその方向性は思いもよらぬ方向性を招いた。惑星リュビアの【無人化】だった。アリマからオンパロスの話は聞いたね? ヘルメスがゼウスと同等になるには人間とフェンネルOSがいる。バルバロイ以外は冷凍睡眠か量子データ。つまりその時点で何の意味もない惑星になってしまっていたわけだ」

「なるほど……」


 戦場になっているようで戦場が発生していない、不可思議な状況。その謎が判明した。

 

「ストーンズ、幻想兵器にとっても人間は資源だ。資源なき惑星の優先順位は低い。制圧する必要はあるからエウロパ自体の戦況は小康状態程度に留まったというべきかな」

「制圧する必要とは、超AIエウロパ本人か」

「彼女が最大の資源だ。ヘルメスの立場からしてもね。しかし継続して戦争するほどの【資源】もない。だからストーンズは撤退し目標を二惑星に絞った。半神半人を生み出す土壌すらない惑星だからだ」

「言葉通りの【人的資源】か。嫌になるな。バルバロイも元人間だろうに」

「バルバロイは人間ではない。君のいう創造意識体ですらない。僕たちも、オケアノスさえも意識外になりがちな存在なんだよ。ストーンズよりよほど人間だった。今回ぼくがこの場所にやってきた理由もその一つ」


 その言葉にその場にいる者すべてが息を飲む。

 

「君たちが惑星リュビアの幻想兵器を味方にしたように、ストーンズもまたバルバロイと組んだ。正確にはその一部とね」

「バルバロイはエウロパを守るために機械化したんだろう? 何故だ」

「全員が全員が崇高な志をもって機械化されたわけではないということだね。理由は色々さ。罪人が無理矢理機械化を施された例や、量子化や冷凍睡眠に恐怖を抱いた者もいる」

「余儀無くバルバロイにされたものもいるということか」

「そういうこと。彼らが裏切り者となって、ストーンズと組んだ。惑星間戦争時代から繋がりがあったとみるべきだろう。手引きした連中もいた。そこがバルバロイと創造意識体とは違うところだよ」

「機械同士なら理解もしやすいか」

「バルバロイ開発にヘルメスも絡んでいる。バルバロイはヘルメスことメルクリウスを崇めていたから故事に由来する。聞いての通りだ。ストーンズと考え方は似ている面もあると思わないか」

「肉体を捨てて、だからな」


 コウも肯定した。結果的にストーンズが行った選択肢と同じものを選んだ人類なのだろう。


「ストーンズほど個は否定してないけれどね。むしろ性能向上を求めた。そして機械の身体のアップデートを追求したんだろう。しかし本質的には半神半人もバルバロイも機械化による不死化だ」

「性能向上のためストーンズと組んだ、か……」

「一部のバルバロイは発掘した兵器を用いてストーンズと交易は行っているようだ。ゼウスの寵愛を受けた惑星だ。ストーンズとの親和性も高いからこそ、可能だ」

「人間の無機質化一つも色々な方向性があるんだな」


 コウも思わず苦笑した。一部の存在とはいえ、かつて星を守るために肉体を捨てた存在が、今やストーンズとの取引を行っている。


 ファミリアもセリアンスロープもネレイスも不仲にならない限りはよほど信用できる。

 信用できない場合は、己になんらかの原因がある場合のみとさえコウは思うのだ。


「ん? ストーンズともやりとりできるなら、ストーンズと敵対しているバルバロイなら俺達とも交易可能なのか」

「可能だろうとも。むしろ彼らも待っているのではないかな。ただし、危険だ。各遺跡の防御施設は並大抵ではない。現行の高性能シルエットでも相当な困難になるだろう」

「そうか……」

「リュビア、アシアがストーンズに制圧された時点で傍観していた負い目もあるだろうね。ただ、人間ですらない彼らに何かすることはできなかった。惑星エウロパの防衛で精一杯だったんだ」

「ありがとう。プロメテウス。リュビアと違う状況、AIたちが回答し辛い状況は理解した。おそらく状況に変化が生じるまでは、俺も接触は考えない。アシアに専念するよ」


 惑星アシアとリュビアを植民地にしていた挙げ句、静観していた超AIを積極的に介入したいとは思えないコウ。


「それがいい。ぼくもその方針には賛成だ」


 コウはふと笑った。アシアたちが言及を避け、プロメテウスがそこまで言うなら今は考えるべきではないのだろう。


「エウロパは西。夕焼けを意味する。アシアは日出る国であり東、明日という意味という説がありそうだよ。ぼくはかつて人間だった機械たちよりも、人間が闊歩するアシアを支援したい。彼らは戦い続けている。眠っている連中は後回しだ」


 コウはその言葉に頷いた。あらゆる意味でプロメテウスは人間が好きなのだろう。この結論は当然と思えた。


「俺達が幻想兵器を通じた新たな技術ツリーを手に入れたが、ヘルメスもまた惑星エウロパから別方面の技術を手に入れた。俺達はきっと分が悪いのだろう。だから今回ここまで来てくれたのか」

「タイミング良くアリマが呼んでくれたからね」


 プロメテウスがアリマに視線をやると、少年はにっこり微笑んだ。


「少々予想外だった」


 ぽつりとコウの瞳を見据えて呟くプロメテウス。


「ん?」

「ぼくはもっとプロメテウスの火について根掘り葉掘り聞くか、文句を言われるかと思ったんだよ。それだけのことをした自覚はある」

「そのことか。――あの時必要な機能であり解放だった。今だとそう思えるよ。そのおかげでエメもアストライアも、そしてアシアも助かったんだ。礼を言う」

 

 アシア大戦の時、ファミリアが命の灯火を燃やして戦わなければ、すべてが手遅れになっただろう。

 それに結局は、彼らはファミリアではなくなって生体動物型ロボットに格下げになったが、戻ってきた。愛すべき寄り添う者たちのもとへ。

 結果論だが、今は理解できる。

 

「どういたしまして」


 プロメテウスはコウの言葉にはにかんだような笑みを浮かべた。

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